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第31話 自然の御馳走

 ジードの言葉はクロロの胸に深く突き刺さり、己の不甲斐なさを浮き彫りにさせる。

 ホント、迂闊だった。クロロは酷い後悔に苛まれる。

 もっと冷静に見極めが必要だった。

 麻痺毒は時間経過で治る可能性もあるし、後々後遺症が残るとしてもそこに至るまでには時間に猶予があったのだ。それに対し、出血毒に関しては解毒して出血を止めない限り回復薬や回復魔法も意味を成さず、放っておくと1時間もしないうちに確実に死に至らしめる。

 自らの落ち度によって取り返しの付かない事態に発展してしまうとは……。

 クロロはあらゆる手段を模索するも打つ手立てが無かった。


「ちょっとぉ〜? そっちが静かになったのに一向に戻って来ないから様子を見に来たんだけど……もう魔物退治は終わったわけぇ?」


 突然、向こうからエリザベットが辺りをキョロキョロと警戒しながら現れた。


「嬢ちゃん! 伏せろっ!!」


「えっ!? 何っ!?」


 唐突に遠くからジードが強い口調で訴えてきた!

 何事かと困惑するエリザベットは言われるがまま体を伏せた! すると、間髪を入れずに体がすくみ上がるほど強烈な発砲音が響き渡った!!


「キャァァァァァ……!!」


 エリザベットは思わず悲鳴を上げた!! 頭の中はもうパニック寸前である!

 なぜ私にこんな事をするの!? 私が何をしたっていうの!? 待機しろとの言い付けを守らなかったから? それとも何か遊びの延長? それにしても度が過ぎてる! それらしい理由など皆目見当もつかないわ!

 ……などと極度の緊張と恐怖の中で自問自答していると、一周回ってだんだんと腹が立ってきた!

 このままじゃ納得できない! 言い返えしてやらないと気が済まない!

 何なら事の次第で本件を途中で取り止めてやろうかという気さえ起こっている。


「嬢ちゃん、もう良いぜ」


 目を閉じてしゃがんでいるエリザベットにジードが声を掛けた。エリザベットはそれを合図にジードに向かって溜まった鬱憤をぶち撒ける!


「ちょっと!! 何なのよいきなり…………えっ!?」


 怒り任せに向かって行こうとした矢先、足もとに体の半分以上を欠損した魔物の死骸が転がってるのに気が付いた。

 エリザベットは察した。

 おそらく、この辺りで羽音を立てずに身を潜めていた魔物が、この混乱に乗じて奇襲を仕掛けて来たのだろう。しかし、その魔物に狙われていた私をジードが逸早く気付いて救ってくれたのだと。

 そういう事なら先ほどの非常識な行いも合点がいく。

 エリザベットは飛んだ勘違いをしていたのだと態度を改める事にした。


「危ないところを助けてくれたのよね? ありがとう」


「無事だったら良い……」


 どこか浮かない表情をするジードが気になったエリザベットは、彼が見つめる先に目を向けた。すると、顔の七穴しちけつから出血しているアシルの姿が目に入った!

 これは只事ではない。一目見てそう悟ったエリザベットは、慌ててアシルのかたわらで処置に当たっているであろうクロロに詰め寄った。しかし、クロロは険しい表情で一点を見つめたまま、こちらに見向きもせず何の反応を示さない。

 ただ無駄に時間が過ぎていく現状に居ても立っても居られなくなり、エリザベットはクロロの肩を揺すり強引に呼び掛ける!


「エ、エリザ……?」


 やっと反応を示したクロロはなぜ私がここに居るのか状況が掴めていないようだった。

 どうやら彼は袋小路に入り込んでしまったが、それでも持てる知識を総動員して治療法を見出そうとする余り、周りが見えなくなってしまっていたみたいだ。


「何があったか、説明なさい」


 クロロはエリザベットの問い掛けにハッと我に返り、斯々然々(かくかくしかじか)と事情を説明する。


「わかったわ。それじゃあ、あとは私に任せなさい」


 エリザベットは事情を聞くなりアシルの側で跪き、ロッドを構え意識を集中し始めた。

 クロロもジードも一体、何を仕出かすのかと呆気に取られているうちに、地面に横たわるアシルの真下に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がった!

 そして、傷ついた自警団を癒した時みたく柔らかな光がアシルの体を包み込んでいく。


「その苦しみ、私が解き放ってあげる……ケアウェル!!」


 エリザベットが魔法を唱えると、アシルを包み込んでいた光が一層強く輝き、そのまま瞬く間に消え去った。


「はい、もう大丈夫よ! アシルの出血毒はきれいサッパリなくなったわ」


「ほ、本当に大丈夫なのか?」と、ジードがそう疑いたくなるほど、エリザベットはいとも簡単に手際良く治療を済ませた。

 実際、アシルの出血は止まり表情も安らいでいる。

 紛れもなく毒が消え去ったというのが見て取れる。


「驚いた……嬢ちゃん、今の魔法は?」


「ケアウェル。状態異常を消し去る治癒魔法よ」


「治癒魔法って……スゲェじゃねぇか嬢ちゃん!! 回復魔法に加え治癒魔法も使えるとはな!!」


「あ、当たり前でしょ! 回復魔術師ヒーラーなんだからこれくらい出来て当然よ!」


 ジードの過剰とも思える賛辞を受けるエリザベットは、逆に素直に喜べず内心とは裏腹に強がって見せた。

 一方でクロロは、"当然"と言ってのけた彼女に対して、それでも彼女の魔法が卓越した制御のもと発動しているのだと再認識していた。

 あの必要最小限の魔力消費に魔法陣構築の正確性、そして、強い精神力。これらが上手く成り立ち魔法発動までの早さと効力の高さが生まれている。

 きっと同じ魔法でも他者と比べるとその差は歴然だろう。


「ありがとう。エリザ、お見事です。本当に助かりましたよ」


「礼には及ばなくてよ」


「容態はすっかり安定していますね」


「そうね。ただ、今は気を失っているようだけど、もう少ししたら目を覚ますんじゃないかしら?」


「……でしたらアシルが目を覚ますまでの間に【自然の御馳走(ナチュラルトリート)】を探しに行って来ますね!」


「何? ナチュラルトリートって?」


「ご存知ないですか? 平たく言えば"自然によって育まれたできた天然の嗜好しこう品"ってなとこですね。まぁ、取り敢えずここで待ってて下さーーい!……」


 急に思い立ったクロロは、何のことか理解できないでいる仲間を置き去りにして、一人森の奥へと消えて行った……。


「あ〜あ、行っちまった……そういえば、ロードランナーはどうしたんだ?」


「シュナイゼルの事?」


「誰だよソイツ」


 突然耳にした聞き覚えのない名前。

 怪訝けげんに思い、つい聞き返した。


「誰って、あのロードランナーよ」


「ちょ、おま、ロードランナーに名前なんか付けたのかよ!?」


「そうよ? 悪い?」


「悪いこたぁねぇけどよぉ、これっきりの関係なんだぜぇ?」


「あの子はね、ロードランナーの中でもかなりのイケメン。それでいて紳士なのよ!」


「いや、聞いちゃいねぇし!」


「この雑木林の中、あの子は一人残され心細くなっていた私を安心させようと長い尻尾で包み込んでくれたの……だからあの子には、かの有名な英傑の名前をあやかって"シュナイゼル"って名付けたの!」


「シュナイゼルっていやぁ、今から数代前の魔王を討伐した勇者パーティーのうちの一人、【流麗りゅうれい】の異名を持つあのシュナイゼルか? いつの時代だよ」


「だって、この鋭くも憂いを帯びたエキゾチックな目に、一枚一枚美しく滑らかな肌触りのウロコ、そして、風のように颯爽と走る姿はまさに! 世の女性を虜にしたと謳われるシュナイゼル像そのものなのよ!」


「そ、そうか……好きに例えるのは良いが所詮トカゲだからな。流麗が聞いたらきっと泣くぜ?」


 ジードはこのご時世になってトカゲに例えられた英傑の事を思うと、不憫に思えてならなかった。


「あっ! そうだ!」と、エリザベットは気になっていた事を思い出した。

 イービルホーネットに襲われかけたあの時、遠くの敵に対してどうやって攻撃したのかをジードに尋ねた。

 すると、ジードは腰に携えていた銀色の金属で作られた筒状の武器を見せてくれた。

 それは大きく分けて3つのパーツで構成され、Z型に折り畳まれていた。

 使用時はそれらを連結するというのだが、予め連結するパーツ同士がヒンジで繋がっており素早い開閉を可能にしている。

 更に詳しい説明を受けたのだが、専門知識ありきの専門用語だらけの説明だったために理解に苦しんだのだが、魔法発動のプロセスに置き換えると似たような構成の作りだったため、それで理解ができた。


「確かにこれなら攻撃範囲も広がるし、あの威力なら対応できる敵の種類も増えそうね」


「だろ? ちなみにこの武器の名前は"銀星銃イスカ)"! クロロが発案・設計して、それを基に鍛冶屋である俺の親父が製造したんだ!」


「ハァーーッ!!? サポーターのクセに新しい武器を考案したですってぇーーーーっ!!?」


 林の中にエリザベットの驚嘆する声が響き渡る!! 


「ハッ!! ど、どうしたんだ!?」


「おっ、目が覚めたかアシル」


 エリザベットの声に釣られ、気を失っていたアシルも驚いて目を覚ました!


「僕は気を失って……そうだっ!! 敵は!? どうなった!?……あ? あれ? 体がラクになってる……ん? エリザ? どうしてここに?」


「んん〜〜〜……もおっ!! サポーターって何!? どこからどこまでサポートするのがサポーターなの!? 定義がわっかんないわっ!!」


 イマイチ状況が読み込めていないアシルの裏でエリザベットは頭を悩ませていた。

 エリザベットの頭の中はもう何が何だか。

 考えを巡らせる度概念が崩れていく。


「ねぇ! アンタたちはどう思ってるの!?」


 エリザベットはパーティーとしてどう思っているのか、率直な疑問を彼らにぶつけた。


「だって……なあ?」


「うん。クロロだからね」


 一度顔を見合わせた2人は答えになってないような事を言う。


「ダメだこいつら。考える事を諦めてる……!!」


 どうやら「考えるだけ無駄」というのが答えらしい。


「お〜〜〜い! 皆さ〜〜ん!!」


 言ってるそばからクロロが戻って来た。

 両手に何か持っている。


「ちょっと! どこ行ってたのよ!?」


「"御馳走"ありましたよ〜! ホラっ!」


 クロロは満面の笑みで手に持った物を掲げてみせた。

 なんとそれは蜂の巣だったのである!

 討伐したイービルホーネットの巣なのだろうか、手には計5つの蜂の巣が握られていた。

 それを見るなりジードもエリザベットも一瞬身構える。


「安心して下さい。これはイービルホーネットの巣ですけど、巣の主はいませんので」

 

「いやいや安心つってもよぉ、それのどこが御馳走なんだよ?」


「同感ね」


 いぶかしむ2人に対してクロロは得意気に話し出す。


「イービルホーネットのオスは土や木クズを混ぜたものを固めてこのような丸型の巣を作るのですが、その巣を気に入ったメスが卵を一つ産みつけます。すると、オスはその卵を成虫になるまで子育てをする。そんな習性を持った蜂なのです」


 クロロは巣の穴がある上部にナイフを入れカットする。途端、辺りにあま〜い香りが漂う。


「う、嘘……言われてみれば、なんか凄く甘い香りがするわね」


「熟れた果実みてえだな」


 いぶかしんでいた2人は手のひらを返すように甘い誘惑に乗せられている。

 するとクロロはその辺に落ちている木の枝を拾い、ナイフを使って先端を綺麗に削って尖らせ串を作る。そして、あらかじめカットしていた巣の上部の穴にブスリと突き刺した。


「では、"自然の御馳走(ナチュラルトリート)"……とくとご覧あれ〜〜!!」


 そう言ってクロロが蜂の巣から掬い出したのは、両手に収まるほどの大きさの蜜の塊であった!


「イービルホーネットのオスは孵化した子に与えるエサとして、卵が孵化するまでの短い間に栄養満点の蜜を蓄えるのです。それが今回手に入れた"自然の御馳走(ナチュラルトリート)"の正体です!」


 串に刺された蜜の塊は薄黄色で光が当たると透き通り輝いて見える。まるで艶めく琥珀のようで、エリザベットはその美しさに思わず、ワァ〜、と嘆声を漏らし心を奪われる。


「ハチミツ……これがか?」


 確かにジードが戸惑うのもわかる。一般的なドロドロとした液体ではなく、このハチミツは水分含有量が少なく形状を保ち続けているからだ。

 透き通っているのにも拘らずここまで高粘度なのは、混ざりものが一切ない純粋な蜜のみを濃縮しているからである。

 今まで見た事もないタイプのハチミツを前に、口に運んだ時の事をついつい想像してしまい、早くその答え合わせをしたいという欲望に駆られる。

 実際、早く早くとエリザベットは準備をしているクロロのことを急かし、復調したアシルも待ち侘びているようで、しきりにこちらの様子を窺っている。

 そうして蜜の塊が面々に行き渡ったところで、各々が手に持った蜜の塊と向き合う。

 緊張から解放され、なんとなく覚えた口寂しさを埋めるのにはちょうど良い大きさだ。


「では皆さんいただきましょう!」


 クロロの合図を皮切りに、それぞれが口に運んでいく。

 黄色い宝石のような美しいビジュアルを崩す罪悪感を生むほどに、艶やかな表面にかぶり付く。

 ある程度の弾力を感じ、それに負けじと強引に歯を立てると、思いのほかそのまますんなりとみ切れた。

 途端、豊潤且つ濃厚な甘さが口の中を席巻する。

 想定していた答えとは随分と違っていたが、良い意味で裏切られた気分であった。

 続けて、この粘弾性物質を咀嚼そしゃくする。

 吸い付くような食感を残しつつも、粘性特有の歯に絡みつく嫌な粘り気がない分、純粋に素材の甘さを感じられる。

 時折、口に含んだものの中に結晶化した部分が混じっているのだが、そのおかげか口の中で細かくなるに連れ甘さが増しているように感じる。加えて、シャリシャリとした食感がアクセントとなりその相対感がまた面白い。

 口に含んだ時の強烈なインパクトが有りながらも、喉を通ればシンプルな甘みだけが残るのは天然素材だからなのだろうか。

 この後腐れ感の無さが一口、また一口と夢中になって食べ進めれてしまう要因となっているのだ。


「いやぁ〜……美味しかった! 確かにこれは御馳走だね!」


「これを知ってしまったら他のハチミツは食えねーわな」


「屋敷のシェフが作るスイーツより美味しいわ!」


 口々に開かれた絶賛の嵐。

 終わってみれば凶悪な毒を持つ魔物から得たという事をつい忘れてしまうほど、圧倒的幸福感で満たされていた。


「私は……コレが書かれた書物を見た時からずっと、一度でいいから食べてみたい、そう思っていました……」


 クロロの目には薄っすらと光るものがあった。


「念願叶ったということだね」


「はい……最っ高に美味しいです!」


 "自然の御馳走"は冒険者たちに至福のひとときと、今後の活力をもたらしたのだった。


「そうだ! あと一つ余ってるのですが、みんなで分けますか?」


「だったらシュナイゼルにも分けてあげて頂戴」


「誰です?」


「シュナイゼルっていうのはね……」


「その話はもういいよ。悲しくなるからさ」

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。


よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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