第30話 追う者たち
ー ファルオルヴ家 屋敷通用口 ー
「ハァ〜〜……」
「どうしたんだよ? 深いため息なんかついて」
「だってよぉ……屋敷の中じゃあ名家の当主や要人やらが豪華な飯と美味い酒を飲み食いしてんだろぉ〜? 片や俺たち自警団は飲まず食わずで警備だぜぇ?」
「まぁそう言うな。それが仕事だ」
「あ〜〜あ〜……いいなぁ〜……」
晩餐会が開かれている屋敷の通用口の警備を預かる自警団の2人組は怠慢を働いていた。
「おいっ! 貴様ら!」
「……ハッ!!」
突然、背後から聞き覚えのある声に呼ばれ、速攻で態度を改め直した2人は慌てて振り返った。
「こ、これはトロワ様!」
声の主はこの晩餐会の警備を指揮するトロワであり、その姿を見るや否や団員2人は敬礼する。
「何か変わったことは無いか?」
「ハッ!! 今のところ不審な者や騒ぎなど確認しておりません!!」
「そうか。なら、貴様らはこの持ち場から正面玄関の警備に加勢してくれたまえ。あそこなら時折、中の様子も窺えるからな。多少なりとも気が紛れよう」
「ええっ!? よいのですか!?」
「構わん」
これまで肩書きを振り翳して扱き使ってきたあのトロワからの思いがけない言葉に、団員2人は不思議そうに顔を見合わせた。
「ではここの警備は?」
「ここの警備は僕が代わりに務めてやる! たまには指揮官自ら下働きしなければ下の者に示しがつかんからなぁ」
「おお! そのお心遣い、感服致します!」
「では、そう言う事でしたら我々はこれにて……」
団員2人は再びトロワに敬礼した後、そのまま指示された場所へと向かった。
2人を見送ったトロワは不敵な笑みを浮かべ、外の暗闇に向かって話しかける。
「オイッ!! いるんだろ!?」
すると、遠くの暗闇に赤く光る眼光が二つ、ギラリと浮かび上がるのだった……。
◇
「なるほど。晩餐会の時、トロワから当初の予定に無かった指示を出されたんだね?」
「ああ。そしてその後クローネ・スピネルが何者かに盗まれたんだ」
「そうか……わかった。ありがとう!」
アシルはトロワの疑いの件について、自警団の話をもとに新たな確証を得るのだった。
次いでクロロが尋ねる。
「それで貴方達はどうしてここで倒れていたんです?」
「ああ、実は俺たちはここで"盗賊団"の頭、【シモン】に追いついたんだ!」
「シモンは一人でアジトの方へ向かっている途中だったようだ」
「でも何か様子がおかしかったよなぁ。前屈みで両肩を垂らし、おぼつかない足取りで虚な表情で何かブツブツ呟いていたんだ。それに……」
「それに?」
「いや、盗賊なら普通は身のこなしを重視してナイフや片手剣、弓や投擲武器を扱うと思うのだが、シモンの奴、自分の背丈ほどもある"大剣"を振り回して襲って来やがったんだ!」
「盗賊が大剣? それは確かに不可解だね」
団員が口々に言うシモンに対する違和感に、アシルは顎に左手を添え思案する。
「しかも大剣持ちのくせにその特有の難点を物ともしない人間離れした動きで攻撃して来るもんだから、俺たちは全く歯が立たずあの有り様だ」
「人間離れした動き……ね」
クロロはシモンとは別に異質な魔力の線について憶測を立てる。そして、一つの判断を下す。
「自警団の皆さん。この奪還依頼の裏には魔物が絡んでいると推測されます」
「ま、魔物だと……?」
「魔物が絡んでいる可能性がある以上、ここからは魔物の知識がある私たち冒険者に任せてもらえないでしょうか?」
「わ、わかった。俺たちはここまでにするよ。町に帰ったら依頼主のパウエル様に依頼中止の詫びを入れるとしよう」
自警団の面々はクロロの提案に素直に応じるのであった。
「貴方たち! ファルオルヴ家のためにここまで身を尽くして働いてくれたこと、心から感謝するわ!」
エリザベットはファルオルヴ家の人間として、ここまで任務を全うしてくれた自警団たちに感謝を述べる。
もしかすると、その事もあっていの一番に回復処置を行ったのかもしれない。
「そんな! 寧ろ感謝するのはこちらなのですから! 私たちも貴方たち冒険者の御武運を祈っております!」
自警団たちは先へ進む冒険者に敬意を表して見送るのだった。
*******
クロロたちを乗せたロードランナーは、再び盗賊団のアジトを目指して風を切って走る。しかし、クロロは行く先を思うと胸騒ぎがしてならなかった。
自警団の話をもとにトロワとシモン、そして、異質な魔力がどのような因果関係があるかを推測するのだが、やはりその中でも看過できないのは異質な魔力の存在だ。
裏で暗躍しているであろう魔物は何かしらのかたちでシモンに干渉している可能性が高い。
となれば単なる名家の証を奪還するだけでは済まない可能性だってある。
手綱を握るクロロの手に力が入る。
それから街道は木々の茂る雑木林へと伸び、一行はその中を駆け入っていく。
この雑木林を抜けると、目的地まであと少しというところ。
暫く進むと、クロロの耳は何やら不快で纏わりつくような低い音をキャッチした。
「シッ!……皆さん、聞こえますか?」
「一瞬……だけど僕にも聞こえた、いや、今ははっきりと聞こえてる」
「耳障りな音ね……この音を聞いてると頭がおかしくなりそうだわ」
「何の音なんだ? わかるのか、クロロ?」
クロロは目を瞑り、更に詳細に聞き分けていく……。
「……高速で動いてる羽音……しかも一箇所どころではありません……複数ヶ所……おそらく魔物……今もこちらに向かって急速に近付いています」
この羽音が威嚇と警鐘を鳴らしている音なのだと知り、場の空気は一気に緊張感に包まれる!
「ねえ!! このままだとすぐに追い付かれてしまうんじゃないの!?」
「そうですね……アシルとジードは戦闘準備を、そして、この先でロードランナーを停止させますのでエリザはそこで待機。我々は追って来る魔物をエリザに近付けさせないよう距離を取って迎え撃ちます!」
あれよあれよという間に戦闘状態へと突入する!
緊張感が高まっていく中、各々が自分を見失わないよう心を落ち着かせ覚悟を決める。
クロロがロードランナーを停止させると、即座にアシルとジードが後方へと飛び出し、来た道を駆けて行った!
「すみません、エリザはロードランナーを見張ってておいて下さい!」
クロロもそう言いながらアシルとジードの後をすぐさま追い駆ける!
「ちょっとぉーー! 私だって力になれる事があると思うんですけどぉーーーーー!!」
エリザベットは離れて行く背中に向かって叫ぶのだが、その叫びも虚しく一人取り残されるのだった。
一方、魔物のもとへ向かうアシルとジードは、羽音の聞こえ方から間もなく魔物とかち合うところまで迫っていた!
「おっと危ねぇ!!」
何かがアシルに向かって放たれた!
咄嗟に反応したジードが盾でアシルを庇う!
甲高い衝撃音が周囲に響くとともに、細長い物体が地面に落ちた。
まだ姿の見えぬ魔物からの先制攻撃だろう。二人の足はここで止まる。
「アシル! 見てみろよコレ! 針だ!」
「針?……ほんとだ! 針だ!」
地面に落ちている長い針は人の親指ほどの太さもあり、針先からは青色の粘液がドロリと垂れていた。
「どんな魔物かはある程度予想してはいたが、この針の大きさから察するに、敵は相当デケェな……」
「うん、実体を見る限りそのようだね」
アシルとジードは、針が飛んできた方へと武器を構える。すると、木々の隙間を縫うように体長60センチメートルはあろうかという大型の蜂がその姿を曝け出した! その数、全部で4体。
胸部と腹部の間がキュッと括れた瓢箪型ボディは、警戒色である黄色と紫を交互に重ねた縞模様を纏い、高速で動く薄く透き通った二対の羽からは、あの耳障りな低い羽音を掻き鳴らしてる。
更に、空中で停止飛行していたかと思うと、時折変則的な動きを織り交ぜている。まるで、こちらを翻弄しているような挑発的な動きである。
「あれはイービルホーネットです!」
2人に追い付くなりクロロは早速敵の情報を伝達する。
「頭部の触角は匂いと発せられる羽音の振動で自分との位置関係や大きさ、動く速さなどを即座に把握する役目があり、遠くから腹部の毒針を射出して攻撃します。また、不用意に近付けばあの六本の脚で掴まれたら最後、身動きを取れなくなったところを骨をも食い千切る大顎で捕食されます!」
「エグいな……」
「でも、尻込みなんてしてらんないよ!」
「おうよ!! 行くぜぇ!!」
盾を前に構えたジードが先行し、身を潜めるかたちでアシルがその後に続き、イービルホーネットとの距離を詰めて行く!
その間も四方から幾つもの毒針が射出され、前方から来るものはジードが盾で、左右から来るものはアシルが不滅の剣で弾いていく!
「ぐっ……!?」
突然、アシルの左足に痛みが走った!
運悪くグリーブの隙間に攻撃を受けてしまったのだ!
だが、瞬時に耐えられる痛みと分かったアシルは、目の前の魔物を殲滅する方が先決と考え、そのまま戦闘を続行する!!
そして、アシルは4体の内の1体を攻撃対象に定め、クロロの助言を念頭に置き、気迫を込めて斬り掛かって行く!!
「はぁぁぁぁぁーーーー……!!」
アシルは目にも止まらぬ斬撃を幾度となく繰り出すも、イービルホーネット相手ではそれら全て虚しく空を切る。
ここまで躱され続けられてしまうのは、クロロが言っていた優れた感覚器のせいだろう。
焦りと苛立ちが募るが、それらは勝機を逃す要因となる。常に状況を俯瞰し、冷静でいなければならない。数ある師匠の教えの中の一つだ。
勝機を見い出す為には攻撃の手を緩めてはならない。実際、イービルホーネットを回避行動のみに留め、攻撃する隙を与えていない。徐々に追い詰めているような気がする!
すると、その粘り強い攻撃が功を奏したのか、斬撃が僅かにイービルホーネットを掠め、体勢が崩れたのだ!
アシルはその一瞬を逃さない!!
「ここだぁっ!! 剣技・虚空閃っ!!」
素早い垂直の斬り上げに、イービルホーネットは左右真っ二つとなる!!
「ヨシっ!! 1体目!!」
漸く1体撃破した!
素早い飛行に特化したこの手の魔物は、身軽さを重視するあまり見かけに寄らず案外脆く、当たりさえすればすんなり攻撃が通る。
一方、イービルホーネットを2体同時に相手しているジードは、相手の素早い動きに対して持ち前の動体視力を駆使し、飛んで来る毒針や顎の噛みつき攻撃などを盾で防ぎ、攻撃の機を窺っていた!
「食らえ!! シールドブロウっ!!」
ジードは盾を力強く振り払い突風を巻き起こすと、イービルホーネットは2体とも突風に煽られ隙が生じた!
透かさず、メイスを立て続けに叩き込み2体の撃破に成功する!
「あと一体!! 行けっ!! アシル!!」
ジードは4体目に向かって再びシールド・ブロウを放つ!
煽られバランスを崩したところをすぐさまアシルが仕留めに掛かる!
「終わりだ!! 煌牙瞬鳴と……」
アシルが剣技を放とうとした時だった。
急に視界が歪み始め、平衡感覚を失う!
まるで、水を掻き混ぜたところに塗料を垂らした液面のように、どんどん視界が渦を巻いていく。
当然ながら立つこともままならず、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
自分の体に何が起こっているのか、訳もわからないまま、取り敢えず立ち上がろうと試みる。しかし、立ち上がろうにも体に上手く力が入らない!
尚も諦めず立ち上がろうと試みるが、おかしな事に、逆に身体の自由が奪われていく感覚を知る。
容態は時の経過とともに悪化の一途を辿っているのだ。
「オラァッ! コイツ! 近付くなっ!!……おいアシル!! こいつは俺に任せとけ!!」
ジードはアシルが仕留め損なったイービルホーネットのカバーを買って出る。
「アシル!! 大丈夫ですか!?」
アシルの異変に気付いたクロロも直ちに向かう!
遠目からだったが、アシルの容態を見る限り麻痺毒の症状だと推察する。
負傷には気付いたものの戦闘に支障をきたすものでなかった為、状況を鑑みて戦闘続行と判断した。ただ、その考え以上に毒性が上回った。……ってなとこだろう。
アシルのもとに向かうがてら手に取った麻痺治しを到着と同時に処方する。
「すまない……ヘマをした」
「良いってことですよ」
クロロはアシルの左足に毒針が刺さったような痕があるのに気が付いた。
やはり、これか。
十中八九これが原因であることは間違いあるまい。
クロロの素早い処置のおかげで、アシルは体の麻痺状態が急速に回復していくのが分かった。
ところが、今度は気管の辺りに違和感を覚え、堪らず咳き込んだ。すると、本人でも驚くほどの夥しい量の血反吐を吐いてしまう!
「オイッ! どうなってやがる!?」
アシルが仕留め損なったイービルホーネットを代わりに撃破して戻って来たジードは、アシルの状態を見るなり血相を変える。
「これは……麻痺と出血の状態異常を併発してます!」
「併発だと……?」
「麻痺毒の方は処置しましたが、出血毒の処置ができていません!」
「なら、早く治してやってくれよ!」
ジードは処置を施さないクロロにヤキモキする。
「……できないのです」
「えっ?……できないって、なぜだ!?」
「私が精製した麻痺治しと止血薬は同じ物から精製したので、一度に両方使うと多量摂取によるショック症状を引き起こす危険性があります。迂闊に処置できないのです」
「じゃあ、ただ死ぬのを見てろってのか!? 他に方法は無いのかよっ……!!」
読んでいただき誠にありがとうございます。
皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。
※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。




