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第29話 エリザベットのチカラ

 ファルオルヴ家の庭園ではアシル、ジード、クロロが装備やアイテムの確認をしながら仕度中のエリザベットを待っていた。


「そうだとは思っていたけどよぉ、名家の人間ってただのんびりと優雅に暮らしてるんじゃなかったんだなー」


「そうだね。豪華な暮らし振りだったけど、それもその当時の名残りなのかもしれない。身を粉にしているからこそ、家を守る為に執事や使用人がついている。そんな風に思えた」


「でも、ここの当主はそれとはまた別の、もっとこう……固執した思考の持ち主でしたね」


「確かにな。あの横暴さは別モノだ」


「常に己の野心に飢え、その障害となる者は遠慮なく排除する。そういったやり口はいずれわざわいとなり自らに還ってくる」


「わかるぜ。もしそんな奴が冒険者だったとしたら、ソロならそれで構わねぇが、パーティーにいりゃあ、俺ならそんな奴真っ平ゴメンだからな」


「特に魔物討伐は一抹の不安さえも命取りに繋がり兼ねない、常に死と隣り合わせだからね。パーティーで行動するなら仲間内で足並みを揃えておかないと窮地に陥った時、脱することが余計に困難になる」


「なぁクロロ。あの嬢ちゃんを連れて行って、本当に大丈夫か? あの親だぜ?」


「彼女は大丈夫ですよ。なぜならあの時、真っ先に使用人の方を庇ったじゃないですか。身分関係なく手を差し伸べる優しい心を持った聡明な女性ですから」


 クロロはきっぱりと言い切った。

 仲間内でも一目置かれているクロロだからこそ、彼の発言には皆が納得するだけの説得力があった。


「待たせたわねっ!!」


 噂をすれば影が差す。

 振り返ると噂の当人が両手を腰を当て鼻息荒く意気揚々とした面構えで立っていた。

 装いも新たに、上は白のコルセットブラウスにフード付きのチェスターコート。下はプリーツラップのショートパンツとニーハイブーツ。

 屋敷の時とはまた違い、可憐さの中にも上品さを魅せるスタイルであるが、これから町の外で行動するには、あまり似つかわしくない装いである。

 ただ、下の組み合わせから垣間見える素肌は男心をくすぐらせ、とやかく言う者はいなかった。


「このむさ苦しいパーティーに紅一点! この私が華を添えてあげる!」


 突拍子もない彼女の発言に、居合わせた者たちは困惑し、誰も返す言葉が見つけられずにいた。


「もぉっ! 何よぉっ!! 何とか言いなさいよアナタたち!!」


 いつまで経っても何の反応も返って来ないことに、痺れを切らしたエリザベットは癇癪を起こした。


「まったく! 淑女に対しての扱いが雑過ぎない!? この格好を褒めるとか、もっと気の利いた言葉を掛けれないのかしら?」


 続けて文句を垂れるエリザベット。


「なぁクロロ、やっぱこいつ置いてかないか?」


 ジードからの告げ口にクロロは苦笑いで返す。


「そこっ!! 聞こえてるわよ! 置いてかないでよ!!」


 エリザベットは間髪を入れずにツッコミを入れる。

 このパーティーに新しい風を吹き込むこの同行者。しかし、彼女の自己中心的な振る舞いは出発前にして既にパーティーを翻弄し、歩調を乱し兼ねない不安材料になりつつあった。

 これでは先が思いやられる。

 そう思い、クロロはエリザベットのもとへと歩み寄る。


「何よ?」


 エリザベットは何か言いたげに向かって来るクロロを見ても動じないどころか、むしろトゲトゲしい反発心を露わにする。


「エリザベットさん、わかっていると思いますが、町の外は常に危険と隣り合わせです。いつ誰が死んでもおかしくないのです」


 クロロの真剣な眼差しに、エリザベットは生唾を呑み込んだ。

 クロロは続ける。


「私は仲間が窮地に陥らないよう常にあらゆる可能性を考慮し、最善を尽くしていますが、それでも危険に晒し、挙げ句、窮地に立たせてしまう事があります。そんな時、仲間同士で助け合い、窮地を脱しなければなりません」


 彼が何を伝えたいのか、エリザベットはすぐに理解した。

 おそらく彼はこう言いたいのだろう。

 目的の達成や生存率を高めるには、予め仲間との意思疎通を深め、意識を共有し、お互いの弱点を理解し補完することが大事なのだと。そう言いたいのだ。

 その辺りの"冒険者の行動心理がもたらす現象と可能性"については、冒険者養成機関アカデミーで学んだが、実際ただの机上の空論に過ぎないのも知っている。これらは実践して得られ、経験を重ね築いていくもの。

 ならば、私は素直に彼らを尊重しなければならない。


「みなまで言わなくともわかったわ!…………その……わ、悪かったわね……さっきのは私なりに皆んなとの関係を和まそうとしたかっただけなんだから」


「そ、そうだったのですね。つい真に受けてしまいました。では、よろしくお願いします。エリザベットさん!」


「エリザ…………エリザでいいわよ」


 エリザベットは赤らめる頬を隠すようそっぽを向き、いきなりそんなことを言う。きっと彼女なりにチームワークを高めようとしてくれたのだろう。その不器用な態度の中から見せた可愛さに心がくすぐられる。


「そ、それに見たところアナタ達、私と年も変わらないようだから好きに呼ばせてもらうんだから!」


「分かりました。改めて、よろしくお願いします。エリザ!」


「さ、さっさと行くわよっ!! 時間が惜しいんだから!!」


 強めの口調で先行するエリザベット。これが照れ隠しなのはみえみえだった。









ー ダリス近郊 エーゲル大平原 ー



 一行は町の出口にて、モーゼスが手配した四輪のワゴンを牽引するロードランナーに乗り込みダリスを出発。そして、出発から約2時間、手綱を握るクロロは、未だ続くこの広大な平原の中、ただひたすらにロードランナーを走らせていた。


「あ〜あ、せっかくの町の外だというのに、これじゃあ味気ないわね」


 ワゴンの縁に体を預けて身を揺らしているエリザベットは、遠くを眺めながらため息混じりに声を漏らした。

 エリザベットがこう言うのも分からなくはない。

 先程、町の出入りを預かる自警団からしつこいくらいの審査を受け、最終的にモーゼスが計らってくれたおかげで通してもらえた。

 おそらく名家の娘であるがゆえに、一般の者と比べ町の外に出るのは容易ではないのだと思われる。

 エリザベットにとって町の外に出るという事はきっと特別な筈。にも拘らず彼女がああ言ったのは、いつまで経っても変わり映えのしない景色がずっと続いているからだ。

 確かに初めのうちは様々な動植物に心を躍らせる姿を見せていた。それもキャーキャーと奇声を発し、やかましいくらいに。

 徒歩でゆっくりと見て回るなら幾分かマシだろうが今は事を急ぐ。そんな悠長は許されておらず、只々流れて征く景色を見ているだけというのだから尚更当然だ。


「あとこの揺れ! なんとかならないのかしら!?」


「文句を言わないで下さいエリザ。急いでるんですから多少の揺れは我慢して下さい」


 ムスッと不機嫌な顔をするエリザベットだったが、唐突にある気掛かりだった事を思い出した。


「そういえばクロロ、クローネ・スピネルが嵌め込まれていたところの異質な魔力を私が気にしていたこと、よく気付いたわね」


「そうですね。あの異質な魔力の残滓ざんしについては、大広間に通された時から感じていました。エリザはしきりに気に掛けていたようだったので、もしやと思ったのです」


「やっぱり! アナタ、魔力感知能力があるのね……という事はどんな魔法が使えるのかしら?」


 マズイ。

 クロロはほんの一瞬、ばつが悪い挙動を見せる。

 クロロにとって魔法を使える事は秘匿。なぜなら、自分クラスの魔法の使い手となると即座に手練れと知れ渡り、冒険者になれだのなんだのと、目立ちたくない自分にとって都合が悪くなる可能性がある。


「いや〜……魔力感知能力はあるのですが、魔法はからっきしで……ハハ、ハハハ……」


「そうなのね。それだけ優れた魔力感知能力を持っていれば魔法適性は高いはずなのに……残念ね」


 これ以上の詮索は困る。

 こんな時は理由を取り繕って切り抜けるに限るのだ。

 すると、クロロの目に話題を変えるにはちょうど良いものが留まった。


「それよりもホラっ! 見て下さいよあそこ! 泉がありますよ! 一度休憩しましょう!」


「いいぜ。ロードランナーも走りっぱなしだからな。休ませたほうが良いだろう」


 皆の賛成が得られ、街道から少し脇に外れた木々に囲まれた泉に到着。

 爽やかに吹き抜ける風は草木や花、水面を揺らし、風景に彩を加える。しかし、エリザベットの耳はそれらに混じり、何やらこの世に在らざる不気味な微音を捉えた。


「ね、ねぇアシル? 何か聞こえない?」


「何か?…………うん、確かに聞こえるね」


「……ぅぅ……………ぅ…………」


「いやぁぁぁぁぁ……!!」


 エリザベットは唐突に絶叫し、反射的にアシルの後ろに隠れ小刻みに震えだす!


「どうしたっ!? 何があった!?」


 その悲鳴を聞き、皆がエリザベットのもとへと一堂に会して周囲に注意を向ける。


「わ、私、こういうオバケ系がダメなのよぉぉ……!!」


「大丈夫だよエリザ。"亡霊ゴースト"や"屍食鬼グール"、"彷徨う死体(コープス)"等の"不死生命体アンデット"は"月の導き(ムーン・ディバイン)"に救いを求めて活動する習性があるからこんな真昼には現れないよ」


「で、でも……」


「シッ……! 静かに!」


 クロロの指示にエリザベットは自らの口を塞ぐ。


「……うぅ……だれ、か……」


「これは紛れもない人間の声です!」


「うそっ!?」


「すぐ近くです! しかし、かなり衰弱してます」


 一同は警戒を解き、すぐさま声の発生場所の特定を急ぐ!!


「あそこです!! あそこに人が倒れています!!」


 急いで駆け寄ると、団服姿の男数名がうめき声を上げて倒れていた!

 草木の影に姿が隠れて気付かなかったが、不気味な声の正体は彼らであった!

 察するに、"名家の証"奪還に派遣されたトロワ直属の精鋭部隊だろう。幸い全員意識はあるようだが、共通していえるのは体に複数の切り傷を負って一歩も動けそうにない様子であること。


「大丈夫かい!? 何があったんだ!?」


 アシルは呻き声をあげる者の内の1人に問いかける。が、その者は満足に受け答えもままならない!

 事態は緊急を要している!


「クロロ! 早く彼らに回復処置を!!」


 アシルの指示にクロロは「わかりました」と返しつつ、既にバックパックからポーションを取り出していた。そして、処置を施そうとしたのだが、なぜか自警団のもとには先行してエリザベットの姿があった。


「ここは私に任せて」


 処置が急がれるこの状況で何をしようというのか、彼女の気迫になかば圧倒されるかたちで皆は動向を見守る。

 すると、エリザベットは腰に携えていたロッドを取り出した!

 チェスターコートにすっぽりと隠れて気付かなかったが、先端に小さな魔石が装飾された魔法職専用のロッドだ!

 先ほどまでの怖がっていた姿とは打って変わり真剣な表情で凛と立つ彼女。そして、ゆっくりと瞼を閉じクルクルとロッドを回しながら魔法術式を構築していく……!

 忽ち、倒れ込む自警団を囲むように大きな魔法陣が浮かび上がると、構築を終えたエリザベットは魔法を唱える!


「汝に再び立ち上がる力を……ヒーリング!!」


 魔法が発動されると負傷者を柔らかく優しい光が包み込み、苦痛に歪んだ表情がみるみるうちに安らぎの表情へと変わっていく!

 負傷して衰弱しきった体が回復したのだと手に取れるように分かった!

 エリザベットは続け様に負傷者を順にヒーリングを施していく。

 次第に意識を取り戻す自警団の面々。


「な、なんだ……? これは……?」


「俺たち、傷が、な、治ってるぞ!!」


「なぜだ、何が起きた……?」


「でもよぉ、俺たち助かったんだ……!!」


「うおぉぉぉーーーっ!! 助かった! 助かったぞーーーっ!!」


 自警団たちはその場から立ち上がり、先ほどまでの姿が嘘のように仲間同士で復活の喜びを分かち合い、歓喜するのだった!


「ふぅ……」


 一頻り魔法発動を終えたエリザベットは、彼らを見て一先ずホッと胸を撫で下ろした。


「スゲェじゃねぇか嬢ちゃん!」


「まさか回復魔法が使えるとはね」


 アシル、ジードは彼女の功労を称賛すると、フッフッフッフッフッ……と、不敵な笑みを浮かべたエリザベット。


「驚いたかしら? これが私の"チカラ"!! そう! 何を隠そう、私は"回復魔術師ヒーラー"だったのよ!!」


 エリザベットはどうだと言わんばかりに高らかに宣言して踏ん反り返る!

 界隈がちょっとした褒め称える会を催している中、エリザベットが回復魔法の使い手であると知ったクロロはある考えを巡らせていた。

 というのも、彼女ならばこのパーティーが抱える問題を解決できるやもしれないと思ったからである。

 別に回復魔法を使えたら誰でも良いという訳ではない。クロロはエリザベットに回復魔術師ヒーラーとしての素質の高さに興味を惹かれたからだ。


 そもそも魔法を発動するためには自らの魔力を消費して魔法陣を構築するのだが、まず、おのれの意識の中で魔法の種類、属性、性質、威力、位置方向など、発動したい魔法に必要な情報を形にした術式をそれぞれ描き、その術式を順に重ね合わせるイメージで結合していき一つの魔法陣を構築し発動する。そして、上位の魔法になればなるに連れてその度合いは増していく。

 当然複雑(ゆえ)にそれらを見誤れば不発や暴発だって有り得る為、知識と集中力が要求されるのだ。

 また、魔法を発動する上で重要な事がもう一つ。魔法発動までのプロセスは術者の精神状態が大きく左右されるという事だ。つまり、あらゆる状況に置いても正確に発動出来る強い精神力が必要なのだが、その点、彼女はあの状況でも全く動じる事なく事に当たっていたし、魔法陣の構築も正確且つスピーディーで一切の無駄が無かった。

 よって、彼女の高い魔力制御能力と、あの気の強いの性格は、魔法職に適したこの上ない才能と言えるのだ!


「さすがです! エリザ!」


 そんなあわよくばな期待を寄せ、クロロも立て膝を突いてパチパチと手を叩いて持て囃すと、エリザベットは益々気を良くする。


「でもよぉ、俺は"回復魔術師ヒーラー)"っていやぁシスター・ロザリーみたいな慈愛に満ちた人がなるもんだと思ってたぜ」


 水を刺すようにジードが突拍子も無いことを言い放った。その発言は当然の如くエリザベットの癇に障る。


「ちょっとアンタ! 聞こえたわよっ!! アンタの言うロザリーさんがどこのどなたか存じませんが、それは一体どういうことぉ!? 何が言いたいわけぇ!?」


 ジードはエリザベットにズカズカと言い寄られて必死に釈明するのだった。


「……まったく。やっぱりアナタたちは淑女に対しての扱いが全くと言っていいほどなってないわね! 私だってね、【慈愛の女神エルロフ】を崇敬し、そのご加護を授かってるんだから! ホント見くびらないでもらいたいわ!」


 エリザベットはそう言ってのけると、気を取り直して歓喜止まぬ自警団のもとへ。


「どう? 他に痛むところは無い?」


「おお! 感謝する! 貴女様が我々の窮地を救って下さったのです…………ね?」


 自警団たちは恩人に駆け寄るも、その恩人がまさかエリザベットだと知るや否や表情を一変させる。


「……げっ!? エリザベット様ぁ!? な、なぜ、こんなところにぃ!?」


「『げっ!?』とは何よっ! 『げっ!?』とは!! 私が回復魔法を使えたら悪いのかしらぁっ!?」


「い、いえ! そそそそそのようなこと、め、滅相もございません〜っ!!」


 再びズカズカ食って掛かるエリザベットに自警団たちはタジタジと尻込みをする。


「ハハハ……やっぱりエリザの性格からして想像がつかないのも分かるよ」


「…………………………………」


 アシルの発言はまさに火に油。場の空気は一瞬にして凍りつく!

 巻き添えを食らった者たちは皆、恐る恐るエリザベットの方に目を向けた。

 当の本人はというと、眉間の辺りをヒクヒクと歪ませ唇を食いしばり目が血走っている!

 まさに鬼のような形相である!

 案の定気分を害しているのは明らかだった。

 世間一般の"回復魔術師ヒーラー"のイメージ像と乖離かいりしている彼女の実像。不躾な態度をとり続けた結果、とうとう彼女の堪忍袋の尾は切れ憤慨するのだった!


「い、いい加減にしなさいよアンタたちぃぃ〜〜っ!! 私をコケにするなんて……ゆ、許さないんだからぁ〜〜〜っ!!」

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。


よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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