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第28話 名家の証

「本題の前に、ファルオルヴ家の内情を知っておいてほしいの」


 話を切り出したエリザベットは一呼吸置いた後、続けて話し出す。


「我がファルオルヴ家は先代を早くに亡くし、当時、まだ十代にも満たなかったパウロスが後を継いだの。当然、他の名家やその臣従、家人などから長きに渡り蔑まれ、ファルオルヴ家の実在理由そのものが危ぶまれたそうよ。でも、そのような風潮に屈せず、ただひたすらに名家の再建の為に一意奮闘し、その姿は次第と見下していた者たちの意識を変え、徐々に功績も認められたファルオルヴ家は"ダリス四名家"の名に恥じないまでに再興したのよ」


 ファルオルヴ家のサクセスストーリーに、アシルは感銘を受けている。

 こう言った話が好きなのだろう。


「その皺寄せと言ってはなんだけど、身内の苦労も相当なものだったそうよ。母も私を産んですぐに体調を崩し、程なくして死んでしまったわ。そんな事も相まって、先ほどご覧いただいた通り、お父様は性根が曲がった性格になったのだと思うわ」


「ま、一理あるかもなー」


 ジードのデリカシーに欠ける発言にも、他人事のように軽くあしらう彼女。自らもその偏見や皺寄せを被り、苦労してきたのだろう。


「そして、ここからが本題。一昨日のこと、各名家の当主、要人をこの大広間に集め、ファルオルヴ家の再興を銘打った晩餐会が開かれ、事件はその時に起きたの……」


 エリザベットが言うにはこうだ。

 晩餐会の最中、突然会場全ての明かりが消えたのだという。

 会場は暗闇に包まれ、その場に居合わせた者たちに動揺が広がる中だった。


「盗賊だー!! 盗賊が【名家の証】を盗んだぞーっ!! お前たち! 盗賊を捕らえろーーっ!!」


 その知らせとほぼ同時に窓のガラスが割れる音が響き、会場に明かりが戻った。

 しかし、その知らせ通り、マントルピースに嵌め込まれていた【名家の証】である【クローネ・スピネル】が、何者かによって盗まれていたのである!

 すぐさま会場に居合わせたトロワが機転を利かし、警備に当たっていた自警団たちに盗賊の捕獲の指示を出したのだが、残念な事に、盗賊を見失い逃げられてしまったのだという。


「有ろう事か、ファルオルヴ家の重要な催事に名家の象徴が堂々と盗まれ、パウロスは大勢の賓客の面前で恥を晒す結果となったわ。その落胆さときたら、さすがに私も同情したわ……」


 エリザベットはお手上げのポーズをとる。


「これが事件の真相。それであなた達には名家の証、"クローネ・スピネルを盗賊から奪い返す"、というのが私からの依頼。この依頼はファルオルヴ家の名誉もかかってるわけだからそれなりの報酬を用意するのは妥当でしょ?」


「なるほどな。納得だ」


 ジードは報酬理由に合点したらしく頷く。


「一つ質問いいかな?」


「何かしら? 戦士さん」


「盗まれた名家の証、クローネ・スピネルとはどういった代物なんだい?」


「そうね、お教えしましょう。遥か昔、魔族領との境にそびえ立つ【オルオー山脈】にある【カトラ大洞窟】。当時、カトラ大洞窟とその周辺地域をファルオルヴ家が所有していたらしいのよ。洞窟内は魔力で満ち溢れ、長い時間を経て結晶化した高純度の魔石が洞窟内の至る所で産出されていたの。その中でも更に長い時間と純粋で高密度な魔力によって結晶化した緋色の尖晶魔石が産出された。緋色の尖晶魔石はその偉大さと輝きからクローネ・スピネルと名付けられ、以降、名家を象徴する証として代々受け継がれてきたの。市場価値で言うと……そうね、100億メルスはくだらないんじゃないかしら?」


「ハハハハハハハ……!! まったく想像がつかねぇ値だ!」


 ジードは規格外の数字に思わず笑ってしまうのであった。


「クローネ・スピネルは、いつもそこのマントルピースに嵌めらていたの」


 エリザベットはマントルピースの大きな開口部の上部を指し示した。そこには大人の拳大ほどの大きさで、雫の形をした窪みがあった。


「クローネ・スピネルの表面には我がファルオルヴ家の家紋でもある、エルロミシアの花と月を掛け合わせた紋章があしらわれているの」


「エ? エルミ? エロ? え? なんて?」


 花にうといジードは花の名が全く頭に入っていかないようだ。


「エルロミシアの花……いつもうつむき加減に咲く白いラッパ状の花は、実は夜になるとその花が夜空へと向けられ、月明かりに照らされる花弁の一枚一枚が白く淡く、美しい装いを見せるのが特徴の夜行性の花。この近辺ですとエーデル大平原の水辺に多く分布していますね」


 唐突に淡々と解説を述べたのはクロロ。


「あら? あなた、意外と詳しいのね?」


「つい先日、手にする機会があったもので」


「拳大ほどの大きさの魔石と言ったね……だとすると、いったいどれほどの魔力が秘められているんだ!?」


 アシルはクローネ・スピネルの秘めた魔力が想像の範疇を超えていることに戦慄していた。なぜならば、使い方によれば兵器となるからである。

 一方、クロロはというと、事件の真相を聞いてから神妙な面持ちで考え込んでいた。


「クロロ、何か言いたそうね?」


 エリザベットはクロロの様子を見て質問を促す。


「はい。事の内容を伺った限りでは冒険者に依頼する重要性が見当たらないのですが、やはり自警団に依頼して解決する方が妥当な気がします。これってつまり……」


「そう! そこなのよ! サポーターさん!」


 よくぞ聞いてくれた! と言わんばかりの表情でクロロの話を遮ったエリザベット。


「何か理由があるのかい?」


 アシルがエリザベットに問う。


「クローネ・スピネルが盗まれた当時、この屋敷や敷地は自警団の警備が十分なほどに敷かれていたの。だから盗賊が安易に侵入するなんてまずあり得ないのよ!」


「ほぅ……ってことは自警団、もしくは自警団を指揮していたシャトレイル家がこの事件に関与している可能性があるってことか!……なんだ、面白くなってきたじゃねぇか!」


 今まで依頼内容に関心が無かったジードも話に乗っかってきた!


「そうなの! そしてクローネ・スピネルが奪われた時、周りがわからないほどの暗闇の中、なぜマントルピースに一番遠い位置にいたトロワが犯人は"盗賊"とわかったのか。あの会場の状況下で盗賊と断定できるのは明らかに不自然なのよ! だからシャトレイル家の誰かが関与してるとなると"トロワ"が盗賊と何らかの繋がりがあるってことだと思うの!」


「ああ、決定的だね。そうなると疑いが残っている以上自警団に依頼できないのは頷けるね」


「お父様はこの事については気付いてないようだったし、元から人の意見に聞く耳を持ち合わせていないような人だから私の独断で冒険者に依頼したの」


 アシルとジードは事の真相を知り、覚悟を決める! だが、クロロの表情はまだどこか納得のいかない顔をしている。


「オイッ! クロロ? どうしたんだよ? ハラでも痛てぇのか?」


 ジードはクロロを問い詰める。


「いえ、そうではないのですが、あそこ……」


 クロロはマントルピースにあるクローネ・スピネルが嵌め込まれていた窪みを指差した。

 その行動にエリザベットはハッとする。彼女も思い当たることがあるようだ。


「ここがどうかしたのか?」


 そこに何があるのか理解できないジードは更にクロロに問い詰める。


「エリザベットさんは気付いてましたよね?」


「え、えぇ……断定できなかったから言わなかったのだけれど……」


「2人して何なんだよ!? 教えろよ!」


「実は、そこの窪み、クローネ・スピネルと思われる魔力とは別の魔力を僅かに感じるんです」


 アシルとジードは思いがけない事由に驚愕する!


「エリザベットさん、思い違いでもいいですから、思い当たるところを僕らに話して下さい」


 クロロはこの一件の裏に潜む闇について確証を得たくエリザベットに問いかけると、エリザベットは戸惑いつつ口を開いた。


「実はクローネ・スピネルが盗まれた時、私はマントルピースの目の前にいたのだけれど、その時、犯人から異質な魔力を感じた気がしたの……でも、一瞬のことだったし私意外あの会場にいた人は誰もそれに気付いていなかったから……」


「異質な魔力か……クロロ、君はその魔力についてどう推測する?」


「現時点では確証は得られてないので断定できませんが……この事件は単なる名家の証の強奪に留まらず、根底には魔物が絡んでいる可能性もあるという事です!」


 エリザベットは驚嘆する。

 自分の勘違いかもしれなかった些細な不安が、サポーターの彼が肯定した事で確証的事実となったのだ!

 一体彼は何者なのか。

 あのごく僅かな魔力の残滓ざんしを感じ取るだけでなく、初対面の自分に魔力検知が備わっているのを把握するだなんて……魔力を操るジョブでもないただのサポーターなのになぜ? 本当に彼はサポーターなのか?

 エリザベットは彼のサポーターの枠に収まらない実態に度肝を抜かれていた。


「魔物か……そうとなれば尚のこと俺たち冒険者の出番だぜ!」


「ああ! その通りだとも!」


 その場から立ち上がり決起するジードにアシルも同調する。


 コンコン!……と誰かが扉をノックする。


「失礼。お取り込みの中のところ申し訳ありません」


 ノックの主はモーゼス、傍らにはミトの姿があった。


「お嬢様。先程、犯人の尻尾が掴めたとの報告がありお伝えに参上いたしました」


「このまま聞かせて頂戴」


「では……各方面からの目撃情報によりますと、主犯格の者の名は【シモン】という男です。その後の目撃情報や足取りからして間違いないかと。シモンは盗賊団の頭であり、40名からなる仲間を率いて【ファントムハンズ】と名乗り悪事を働いているようです」


「ファントムハンズか……確か、ダリス近郊で交易商人や御者ぎょしゃが襲われる被害を近頃よく聞くようになったな」


「うん、ギルドでも行商人護衛のクエスト依頼が増えている」


「もしかすっと、そいつらの仕業かもしんねぇな」


「お2人が仰る一連の被害との関係性は分かりませんが、盗賊団は【古城マリキューロ】をアジトにしているようです」


「盗賊か……益々あのトロワってのが怪しいぜ」


「古城マリキューロはダリスからだと、ロードランナーを使えば半日ほどの距離。今から向かえば夕刻には到着する」


「では、そちらはこちらで手配致しましょう」


「おお! 助かるぜ!!」


「では、アシル、ジード。早速向かうとしましょう!」


「ああ! 盗賊を引っ捕えてクローネ・スピネルを取り返しに行こうぜ!」


「それと、トロワとの関係を裏付ける証拠を吐かせよう!」


「だな!」


 クロロたちは依頼達成に向けファルオルヴ家を後にしようと動くのだった。


「待ちなさいっ!!」


 藪から棒にエリザベットがクロロらを引き止めた!


「な、何でしょう?」


「私もその依頼に同行させなさい!」


「「「「「…………えっ!?」」」」」


「えっ?……って何よ? 何か都合でも悪い?」


「ええ〜〜〜〜〜っ!? 依頼主のあなたをですかぁ!?」


 突拍子もないエリザベットの発言に、その場に居合わせた誰もが耳を疑った!!


「いやいや! 危ねぇって!! ピクニックに行くんじゃねぇんだぞ!?」


「そうですともお嬢様! なりませぬ! なりませぬぞ! どうか、ここはひとつ冷静に、冷静に……!」


「そうですよぉ〜、エリザベットお嬢様! おやめください! ミトも心配ですぅ〜!」


 ミトもモーゼスも、ここにいる誰もがどうにかこうにかエリザベットのご乱心を鎮めようと必死に説得する!


「私は至って冷静よ! なんたってこの者たちはクローネ・スピネルがどんな物かわかんないでしょ? いざ奪い返しても、全くの別物でしたぁ〜。じゃ話になんないでしょ!? 実物を知る者が行かなくちゃ!」


「な、ならば、お嬢様でなくとも私たち屋敷の者が同行しますゆえ!」


「何言ってるのよっ!? 屋敷の中に内通者がいる可能性だってあるんだからね!」


 確かにエリザベットの言うことには、もっぱら理に適っている。

 モーゼスは手も足も出なかった。


「そして何より、この者たちと話してみて、こぉーーーんなにも心が踊ったことは久しくなかったわ!! 特にサポーターのあなた!! あなたにすっごく興味が沸いたわ!」


「えぇっ!? 私にですか!?」


「そうよ! サポーターの枠に収まらないあなたの活躍、この目で見てみたいの!!」


「おいおいやめとけって、ほんと遊びじゃねぇんだ! 何が起こるかわからねぇんだぞ?」


 ジードは再度、エリザベットにさとす。


「ふんっ! 見くびらないでもらいたいわね! 私だって冒険者がどういったものか心得てるつもりよ! それにただ名家の娘として悠々自適に生きてたわけじゃないわ! それなりの教養や手解きを受けて冒険に必要なすべを身に付けてるんだから! それに、あなた達パーティーは直接攻撃が主体なのよね? それならば"私のチカラ"はあなた達の手助けになれると思うのだけれど?」


「チカラ?」


 自信たっぷりな彼女が言うチカラとは何なのか。クロロは些か興味が沸く。しかし、それを問い掛けるのは今ではない、そう思いグッと堪えた。

 父親同様、強情で異論を認めない性分のエリザベット。

 こうなった時のエリザベットは自分の意見を決して曲げないことは、モーゼスは嫌というほどよく知っており、諦める以外選択肢は無いのだ。


「冒険者の皆さま、確かにそうなのです。差し出がましいこととは存じますが、お嬢様はつい先日まで冒険者育成機関アカデミーに通われ首席で修了されました。ですので実戦経験こそ少ないですが、皆さまのお役に立てる事があると思うのです。どうか冒険者の皆様、宜しくお願い致します」


「お、お願いしますわ!」


 モーゼスの深々と頭を下げて許しを乞う姿に、エリザベットも同じく頭を下げて頼み込む。


「わかりました……そこまで言うなら」


「えっ!? いいの!? やった〜〜〜っ!!」


 根負けを喫したクロロは仕方なくエリザベットの同行を許すのだった。

 エリザベットは喜びを爆発させる!


「そ、そうだわ! だったらすぐに支度をして来るからちょっと待ってて頂戴! ミト! 手伝って!!」


「は、はい! お嬢様!」


 くして、今回のクエスト依頼、名家の証・クローネ・スピネルの奪還は、クロロ、アシル、ジード、エリザベットの4人で古城マリキューロに向かう事となった。









「失礼いたします。旦那様……」


 執務室にモーゼスが入室すると、窓辺に立つパウロスが屋敷を出ていく4人の姿を眺めていた。


「旦那様。お嬢様が依頼された名家の証の奪還クエストに、自身も同行されることになり先程出立されました」


「そのようだな」


「その、よろしかったのでしょうか?」


「フンッ、構わん。好きにやらせておけ。但し、ファルオルヴ家の名誉を損なう事態にでもなれば即刻勘当だがな」


 常時気難しい顔のパウロスは不気味に微笑むのだった……。

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。


よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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