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第27話 ファルオルヴ家の人々

 クロロらは小高い丘を進み屋敷の正門へとたどり着いた。

 屋敷を囲っている塀は左右見渡しても、遥か向こうまで続いていることから、広大な敷地を有していると計り知る。そして、見上げるほど大きな鉄製の縦格子の門扉は、来る者を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。

 それを更に顕著にしているのが甲冑を着込み槍を持った2人の門衛である。

 正門に歩み寄ろうとすると、互いに持っている槍を傾けて門扉の前で交差してみせた。得体の知れない者どもを拒んでいる。

 門衛の1人がこちらに話しかける。


「貴様ら何者だ? 何用で参った!?」


 それはドスの効いた声と威圧的な態度だった。


「私たちはダリスの冒険者です。この度は、こちらにクエストの依頼主がいらっしゃるということで参りました」


 クロロは門衛に物怖じせず毅然とした態度で受け答えをし、持っていた依頼書を門衛の顔面近くにかざしてみせた!


 門衛は依頼書を奪いとるように荒っぽく取りあげるとそれに目を通す。


「ほぅ。貴様らがか……事情は聞いている! 良かろう。入れ!」


 そう言うと、交差した槍を互いに真っ直ぐに立て道を開く。


「くれぐれも粗相のないようにな。頼んだぞ!」

 

 1人が両開きの片側の門扉にある通用口用の門扉を開け立ち入りを許可した。

 クロロらは屋敷に向かって先へ進む。

 厳格な雰囲気の塀の外とは打って変わり、塀の中は解放感にあふれた景色が広がっていた。

 懇切丁寧に手入れが成された庭園は、木々が風に揺れ、水が流れ、花が咲き誇る。色鮮やかな蝶もそれに寄り集まり、長い玄関アプローチは見るものを愉しませる。

 庭園を進んで行くと、そこには煉瓦レンガ色を基調とした豪奢な屋敷が建っていた。遠くから見えていたあの屋敷だ。

 暫く進むと、屋敷の玄関ポーチに人影が見えた。

 こちらが向こうの存在に気づいたのを勘づいてか、深々とお辞儀をする。それは玄関ポーチに着くまで続けていた。


「ようこそおいで下さいました。クエストを受注して下さいました冒険者の皆様で御座いますね。私、このファルオルヴ家より屋敷の全てを仰せつかっております執事のモーゼスと申します」


 頭を上げた男性はその様に申した。ありのままに歳を重ね、白髪頭の長い髪を後ろで束ねて黒いリボンで結っている。丁寧に切り揃えられ蓄えられた口髭はなんとも徳がある。

 黒を基調とした執事服の出で立ちは格式高い家柄を象徴し、歳の割に伸びた背筋に堂々とした立ち振る舞いは名家の執事を名乗るのに相応しい。


「エリザベット様がお待ちです。さっ、どうぞ屋敷へお入り下さい」


 クロロ達は玄関を通され広間サルーンに案内される。

 床全体に絨毯が敷かれ、随所に装飾が施された長椅子やテーブルが並べられており客人に居心地の良い寛ぎの空間を与える。


「では、私はエリザベット様に皆様がお越しになられたとお伝えて参りますので、こちらにて暫しお待ち下さい。何か用件が御座いましたら、そちらの使用人にお申し付けくださいませ」


 広間の隅にかしこまった態度の若いメイド服姿の使用人がゲストにカーテシーをする。

 手厚い対応に慣れないアシルとジードは、雰囲気に飲まれ返す言葉が見つからない様子。





*******





 ―――コン、コンッ!


 モーゼスはある一室の扉をノックした。


「モーゼスです。お嬢様、例の依頼を受注された冒険者の方々がお見えになられました」


「わかった。すぐ行くわ! 先に大広間にお通しして差し上げて」


 部屋の扉を隔てて中から若い女性の声で返答があった。


「承知致しました」


 モーゼスはそう言って再び広間へ向かった……。

 部屋の中では窓際の椅子に座る貴女と侍女の姿があった。

 窓から差し込む光を浴びる貴女の長く艶めく淡水色の髪は、侍女の手によって優しく丁寧にブラシでかれ、まるで朝日に煌めく川のせせらぎのようだった。


「お嬢様、本日はどの様に?」


「そうね。タイトロープからの後ろ髪も編んで纏めて頂戴」


「かしこまりました」


 侍女は貴女の要望に従い、束ねた髪を数本手際良く髪を編み、髪型を整えていく。


「ねぇねぇ、ミト! 依頼を受注した冒険者って、さっき部屋から見えた3人組よね!」


「おそらく。そのように存じます」


「見たところ察するに、1人はウォーリアで、もう1人は騎士といったところかしら。あと1人は……分からないわね。変なヤツ」


 それを聞いた侍女は口角を上げて体を小さく縦に揺らす。


「ふふふ……」


「どうしたの、ミト?」


「あっ、いえ。なんだかお嬢様が楽しそうにされておられるので、つい私も釣られてしまいました」


「べ、別に楽しくなんかないんだからね!」


「つい先日まで就学されておられた、【冒険者養成機関アカデミー】に向かわれる姿を思い出しましたわ」


「そ、そんなにだったかしら?……まあでも、お父様に無理を承知で何度も頼み込んでなんとかお許しを得たものね」


「その時のお二人の口争いには私ども肝を冷やしておりました」


「就学中もお父様に首席でないと即退学という制約を設けられてて大変だったわ!」


「しかし、お嬢様は制約通りに冒険者育成機関を修了されましたね。あれから、苦学をともにされた方々も先ほどの冒険者同様、クエスト依頼をこなしておられるのでしょうか?」


「わからないわ……私は、その者たちとは扱いが違うもの……」


 貴女は窓の向こうに見える景色を眺めた。


「そんなことはございません! お嬢様も名家のご息女という肩書きに縛られず、思い通りにされてもよいとミトは思います! 未来の結婚相手もそう、雷に打たれたかのような、そんな出会い方をされた相手と自由に恋愛し、結ばれる将来も……」


「そんな事、お父様が許すはず無いわ……結局、冒険者教養機関の就学だって、お父様は私をボナフォルト家との関係を築く為のコマとして就学を許可したようなものだし、増してや結婚の相手だなんて……」


「旦那様も色々とお考えがあってのことなのでしょうけど……ここだけの話、目に余りますから」


「けどミト、あなたの言う通りよ。私はそんな目論みの手駒になんかならないんだから! いい加減お父様の拡大主義に付き合わさるのもウンザリ。さっさとこんな抑圧された雁字搦がんじからめな生活と訣別したいわ……」


 ミトはモヤモヤを抱えながらも客人のもとへと赴く貴女のため、髪を纏め上げると同時に気を取り直す。


「はい、お嬢様。髪を整え終わりましたわ」


 貴女は鏡に越しに髪型を確認する。


「うん! 相変わらず完璧ね!」


「勿体無きお言葉でございます」


 どうやら期待以上に仕上がったようだ。


「では、向かいましょうか」





*******





 広間には大きな額縁の絵画やインテリアが並ぶ。


「さすがファルオルヴ家の屋敷だな」


 ジードは飾られている品々を観覧している。


「僕は暫く言葉を失っていたよ」


 アシルは暮らしの違いに呆気に取られていたようだ。


「これだけ優雅な暮らしぶりなら、報酬の1000万メルスも頷けますね!」


 壁を隔てた向こうから足音が響く。

 モーゼスが広間サルーンに戻って来たようだ。


「失礼いたします。冒険者の皆様、お待たせしまして申し訳ありません。間もなくエリザベット様もおいでになられますので、こちらへどうぞ」


 クロロら一行はモーゼスに案内され、屋敷の回廊を歩く。

 向かう間、屋敷の内装に興味を惹かれたクロロは堪らずモーゼスに話しかける。


「立派なお屋敷ですね。昔ながらの建築様式とお見受けしますが、そこに現代の建築技法も盛り込まれ、美しさが細部まで行き届いており大変見事です」


「お褒めに預かり誠に光栄に存じます。私がこのファルオルヴ家に厄介になった頃、先代の当主であられました、"ガレス・ファルオルヴ様"がダリスに腰をお据えになられる折に建造されたと聞いております」


「ほう。では先代の当主様は元々ダリス出身ではなく、別の町から婿養子で来られたのですね」


「左様でございます。ですので生家と同じ建築様式を採用されたとのことです。当時、世間では【グラウンド・ゼロ】の弊害といいましょうか、元小国だった町は領主となった者との関わりを深くするため、そういった事がされていたようです」


 モーゼスは口髭をひと撫でし、話を続ける。


「先代はかつて【聖騎士クルセイダー】と言われるジョブを与えられ、相当腕の立つお方であられました。生家もまた町を取り仕切る名家だったと伺っております。しかし……」


 突然、流暢に話すモーゼスの表情が曇り、クロロは疑問を抱いた。


「聞いても?」


 モーゼスは重い口を開く。


「……その生家はもう、無いのです」


「無い?」


「生家が無いというより、町自体が"壊滅"したのです」


「町が……壊滅!?」


 モーゼスからのショッキングな発言に、クロロはもとよりアシルとジードも耳を疑った。


「はい。町自体が魔族侵攻により滅ぼされたのです。」


「魔族侵攻だって!?」


 人族と魔族の対立による厳しい現実を突き付けられる。


「先代には有智高才の天才と言われた兄上様がいらっしゃいまして、先代の故郷はその兄上様が名家の責務を果たしておられました。しかし、町が魔族の襲撃に遭い、その一報を聞いた先代はすぐに兵を率いて故郷へ向かわれたそうです……しかし、時既に遅く、町は惨憺さんたんたる有り様に変わり果て、兄上様も魔族によって命を奪われたのです」


 モーゼスは長い廊下から見える庭園を眺め思いを馳せる。


「先代当主も魔族との戦いに身を投じ、戦況は更に熾烈を極めました。そして両軍、最後まで生き残った魔族の首領と先代当主との一騎討ちとなりましたが、勝敗は相討ちという結果に終わりました……」


 モーゼスが丁度話を終えると、大きな扉の前で止まった。


「少々長話が過ぎました。歳を取りますとどうも。お客人を昔話に付き合わせてしまい申し訳ございません……どうぞ。こちらが大広間にございます」


 モーゼスは扉を開けクロロらを大広間へと通した。

 人族として生きることを選んだ元魔王は、自らが魔族侵攻に大いに加担している事実を再認識し、複雑な心境であった。


「では、私はこれにて……」


 そう言うとモーゼスは去って行った……。


「ス、スゲェ〜! 何だこの部屋!」


「う、うん。何だか緊張するね」


 アシルとジードは目に映るものに心奪われ、落ち着かずにはいられないでいる。

 大広間には明らかに美術的価値を供えているであろう、重厚なデザインの長四角の大きな机があり、その四方すべてに同じデザインの椅子が綺麗に並べられていた。

 大広間の使用人は客人が腰掛ける椅子まで案内し、一同は順に腰掛けるのだった。


「おい、あれ見てみろよ」と、ジードが指を差す先に、マーブル柄の石質で出来た大型のマントルピースがあり、大広間をより一層荘厳な雰囲気に際立たせているようだった。しかし、よく見るとマントルピースに不自然な窪みがあるのだった。


 ーーーガチャ!


 大広間の奥の扉が開く。

 すると若い女が厳粛な態度で大広間へと入って来た。

 真っ先に目を引くのはその整った顔立ち。思わず見惚れ、ため息が溢れる。

 これだから男性は……なんて思われそうだが、顰蹙ひんしゅくを買う気を起こさせないほど、誰が見ても目を惹く美少女である。

 更に、負けず劣らず彼女の身なりも目を見張る。

 青藍色のドレスワンピースに革のコルセットベルトを巻いたスタイルで、袖や裾、襟元など要所に黄金の糸で高貴な模様の刺繍があしらわれている。

 そこはかとなく身に付けた装飾品も気取った感が無く、好印象を受ける。

 一見、取っ付きにくさは感じさせないけども、"名家の生まれ"と聞けば誰しもが心底納得するであろうカジュアルエレガントな佇まいであった。


「どうぞ、お嬢様」


 使用人はマントルピース前の議長席の椅子を引き、若い貴女は一連の流れに従いそこに着席する。

 使用人はそのまま扉の前で一礼し、大広間から退室する。そして、扉が閉まる音と同時に貴女が口を開く。


「よく来てくれたわね! 私がクエストを依頼した"エリザベット・ファルオルヴ"よ!」


 開口一番から伝わる、物怖じしない堂々とした立ち振る舞いは、こういった場を数多く経験しているからだろう。悪く言えば"気の強い女"だろうか。そんな印象を受ける。


「はじめまして。僕は戦士ウォーリアのアシルです。こっちは……」


「ジードだ。ジード・クラフトス。ガードナーだ」


「私は2人のサポーターをしております、クロロです」


「サ、サポーター!?」


 途端、エリザベットの眉間にシワが入り、疑いの目が向けられる。

 エリザベットと目が合った瞬間、クロロは彼女の心情を察した。

 おおよそ、冒険者と比べられて下に見られているのだろう。しかし、クロロは平然とした態度で振る舞うことにした。


「どうかされました?」


「い、いえ……では、このような形で確認することは大変失礼だとは思いますが、私の依頼内容にあなた達の力量が見合うかどうか知りたいので、あなた達パーティーのこれまでの実績を教えて頂けますか?」


「では、僕が」


 名乗り出たのはアシルだった。


「僕たちは素材採取や人助け、護衛や救助、捜索などのクエスト依頼も引き受けているのですが、大半は魔物討伐のクエスト依頼を中心に引き受けています。僕たちがどれくらいの力量なのか、分かりやすいものを上げると、第1級討伐対象である"グリフォン"を討伐しました」


「だ、第いっ!? えっ、ええっ!? グ、グリフォンですってぇ!?」


 エリザベットは驚きのあまりその場で立ち上がった!


「う、嘘でしょ!? グリフォンっていえば、数々の被害をもたらしていた獰猛な魔物でしょ!?」


「はい」と、アシルは淡々と返事した。

 彼の目を見る限り嘘では無さそうだとエリザベットは感じた。


「つい先日も、第2級討伐対象の"ヒュドラ"も討伐しました」


「ハァ〜ッ!? ヒュ、ヒュドラまでぇ!?」


 更なる驚きの事実に、反応するエリザベットの声も裏返る。


「私も耳にしていたわ。ノルブレイ湖に棲みつき、討伐に向かった冒険者たちをことごとく退けてたっていう、難攻不落となりつつあった魔物じゃない!?」


「はい」


 アシルはまたしても淡々と返事をした。

 一体、討伐まで至るのに、どんな戦い方をしたのだろうか?……と、疑問に思ったエリザベットは考える。

 きっと大勢の冒険者たちで挑んだに違いない。でなければグリフォンやヒュドラといった凶悪な魔物相手に勝ち目なんて無いだろう。いや、無い。

 エリザベットは心の中で言い切った。

 この動揺はそう決め付けるくらいでないと気持ちが落ち着かないと思ったからだ。


「いやぁ〜、どれも大変だったけどよぉ、今思い返してみても討伐できたのは、クロロがいてくれたからなんだよな〜」


「そうだね。それに限らず向かう道中や野営にしても、クロロが色々と気遣ってくれるから、心身の疲労を感じにくいのも討伐成功の要因の一つになっているよね」


 アシルとジードはこれまでの依頼を振り返り、クロロを依頼成功の立役者であると称えて持てはやす。


「いやいや。私のこと買いかぶり過ぎですよ! お二人の実力が凄いからじゃないですか!」


 クロロは過大に褒められたまらず謙遜した。


「サポーターさんを偉く評価してるようだけど、別の冒険者からの応援や、他の優秀なメンバーのお力もあったのではなくて?」


「いや、他にメンバーなんていないぜ? パーティーメンバーは俺たち3人だけだぜ?」


「それに僕たち、今まで別の冒険者に応援を要請した事は無いよ」


「えっ!? ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」


 そんなまさか!? 有り得ない!!

 自分の思いの範疇を優に越える事実に、心の中は否定し続け、素直に受け入れられる事が出来ない!

 しかし、彼らの偉業は実戦に素人の自分でも理解できる。

 凶悪な魔物相手にたった3人で挑み討伐。実質戦っていたのは2人。相当な実力の持ち主なのだろう。けれども、そんな彼らがこのサポーターに一目置いている。非戦闘員でありながらどんな活躍をし、勝利をもたらしたのだろうか……?

 嘘のような本当の話、驚嘆しっぱなしのエリザベットは呆れるかたちで着席する。


「と、取り乱してすまなかったわね……事実なら私のクエスト依頼も朝飯前かもしれないわね……わかったわ。認めましょう」


「では?」


「ええ。あなた方にクエスト依頼を正式に依頼するわ」


 クロロら3人は互いの顔を見合い、一先ず依頼主に認められた喜びを分かち合う。そして、クロロは依頼主に問う。


「早速ですが、今回の依頼の詳細をお聞かせ願えますか?」


「えぇ。わかったわ。あれは……」


 ここまで話したところで、突然エリザベットは話すのを止めた。

 部屋の外が急に慌ただしい。

 何故だか屋敷の使用人達が騒ぎ立てているようなのだ。

 エリザベットは話を切り出せず、不満を募らせる。

 クロロ達も慌ただしい雰囲気に気が気でない。


「ちょっと失礼……」


 業を煮やしたエリザベットは、ついに我慢の限界に達し立ち上がった。そして、外の者に注意を促しに大広間の扉を開けた。


「何事っ!? 客人をお呼び立てしてるのよ!!」


 扉を開けたと同時に鉢合わせたのはミトだった。


「あっ! お嬢様! 申し訳ございません! 今しがた当主様がお戻りになられたのです!」


「お父様が!?……早いわね。もう話をつけて来たっていうの!?」


 理由は定かではないが、当主である父親に先手を打たれたらしく、エリザベットはばつの悪そうな顔をする。


「あの!」


 咄嗟にエリザベットは呼ばれた方を向く。


「ご都合がよろしくないようでしたら時間を改めますが……」


 状況を汲み取ったクロロがエリザベットに提案をする。


「えっと……私も状況が掴めないわ。申し訳ないけどほとぼりが冷めるまで待って頂けるかしら?」


 エリザベットも収拾がつかない状況に少し困惑した様子。


「クロロ。嬢ちゃんがそう言ってるんだ、気長に待とうぜ!」


 ジードは椅子に浅く腰かけ榻背とうはいにもたれ掛かり、手を頭の後ろで組み、だらしのない格好で既にくつろいでいた。

 すると、轟足とどろあしで歩く足音が聞こえて来た!

 同時にその轟足の原因となる感情をなだめるように話し掛ける声も聞こえて来る。


「まったく! 何だ! あのクラウスの態度は!! こっちからわざわざ出向いてやったというのに!!」


「お義父様! それにつきましては誠に申し訳ありません!! 父が有らぬ決断を下すなど私も予期しておりませんでしたので……」


 荒々しく声を上げる男は大広間の前まで迫って来た!


「……何が自警団は既に手一杯だから手が回らないだっ!!」


「ですので、代わりに私直属の自警団から例の物を回収に向かわせましたので……」


「当然だっ!!……ん? 誰か居るのか!?」


 そう言うと男は威勢良く大広間に入って来た!

 着飾ったオーバーコートの背中には名家の家紋が施されている。そう、この男こそがファルオルヴ家の当主にしてエリザベットの父、"パウロス・ファルオルヴ"その人である!

 目が隠れるほど伸び垂れ下がった前髪や、口元に生やした無骨な髭は名家の当主らしからぬ様相だが、己の美学を貫く潔さはむしろ、名家としての尊厳を尊重しているのかもしれない。

 そして、その傍らにはパウロスに媚びを売る男がいる。彼の名は"トロワ・シャトレイル"。

 ダリス四名家の一つ、シャトレイル家の三男である。

 町で見かける自警団の団服の上からシャトレイル家の紋章が背中に入ったチェスターコートを纏っている。その事から重責を担う役職に就いているのだろう。

 特徴的なのは眉の上で前髪を切り揃えキノコの様に膨らませた髪型。個性的でありながらもどこか上品さを兼ね備えている。

 そんな彼もまた、今回のファルオルヴ家の騒動の解決に一役買っているらしい。


「お帰りなさいませ、お父様」


「エリザベット、何故そんなところに居る?」


 エリザベットはパウロスの口調や態度から、シャトレイル家との交渉が思うようにはいかなかったのだと瞬時に察知する。

 一方で、普段お帰りなさいなんて言わない娘の態度を不思議に思ったパウロスは、半ば強引に大広間へと立ち入ろうとするのだった。

 ところが、大広間の入り口にはミトが立っており、パウロスの進路を僅かに塞いでいた。すると、有ろう事かパウロスはミトの肩を掴み払い除けたのである!


「どけぇっ!!」


「キャッ!?」


 華奢なミトの体はよたよたとヨロめき壁に体を打ち付けた。挙句、そのまま壁にもたれるかたちで座り込んでしまった。

 エリザベットは慌ててミトの元へ駆け寄る。


「ミト! 大丈夫!?……お父様っ!! 名家の当主といえどこのような乱暴な行為、許されませんわっ!!」


「フンッ! そんな所に突っ立っておるのが悪い!」


 パウロスの聞き捨てならない言動に、エリザベットは激しい怒りを覚え、パウロスを睨みつける。


「お嬢様、私は大丈夫です。何ともありせんので心配なさらないで下さい」


「ミト……」


 ミトは事を荒げまいと必死の様子。

 そのある意味献身的な姿に居た堪れなさを覚え、エリザベットはミトを労わる。

 2人の事など目もくれず、パウロスはクロロたちの存在に気づいた。


「この者どもは?」


「私がお呼び立てしたのよ。例の件を冒険者に依頼したの」


「フンッ! こやつらに依頼せずとも、既にトロワ直属の自警団を向かわせておるというのに。無駄足になるやも知れぬな」


 パウロスは当人らを目の前にしているのにもかかわらず、ぞんざいに扱う。


「時間が惜しい! 私は役務に戻る!!……トロワ!!」


「ハッ!!」


 従順な返事をしたトロワは、パウロスに向け直立不動の姿勢をとり、握った右手拳を胸に当て敬意を表する。


「お前の自警団が帰来次第、直ちに報告するように!」


 そう言い残し、パウロスは取り巻きを従え大広間を後にし執務室へ向かうのだった。


「承知いたしました!」


 トロワは頭を下げた姿勢を維持し、パウロスを見送るのだった……。


 嵐が去った後のような静けさに包まれた大広間。

 パウロスの姿が見えなくなった頃合いを見て、トロワは頭を上げる。そして、前髪をかき上げながらエリザベットを見下すように話しかける。


「フゥ〜……。いやまったく、君の父君にも困ったものだよ。なんの断りもなくいきなりシャトレイル邸にやって来るんだからなぁ。団員の都合なんてすぐにつけれる訳ないから、パ……父様も断るに決まっている!……まっ、その件も僕の厚意で労力を貸してやったんだ。感謝してもらいたいものだねぇ……なぁ? エリザベット?」


「私は礼などしないわ。お父様とアンタとの間で講じていることでしょ? 私は私でこの件の問題解決に努めているのだから」


「ふん。素直じゃないねぇ……それで? コレが君の解決策かい?」


 トロワは顎に手を当て品定めするようにジロジロと冒険者たちを見る。


「この者たちが……ねぇ?」


 あまりに失礼な態度にクロロは嫌悪感を覚える。

 トロワは自分たちの風貌を見て、自らの振る舞い方に明らかな線引きをしているからだ。


「一見パッとしないが、本当にこの冒険者どもに解決などできるのかなぁ? 僕の直属部隊も冒険者に引けを取らない精鋭たちばかり。成果を持ち帰って来るのも時間の問題だと言うのに……」


「この者たちの事をとやかく言わないで頂戴! 私がお呼び立てした客人よ! 貴様も名家を背負う立場ならば、これ以上の無礼は慎めっ!!」


 エリザベットは父親に負けず劣らずの凛とした姿勢でトロワを非難した!


「ぐっ……!」


 トロワは屈辱感を味わい奥歯を噛み締めるも、それをグッと堪え冷静さを取り戻すと話を切り出した。


「先程の無礼、名家の一大事をともに救おうとしている者としてあるまじき行為だった。誠に申し訳なかった。この通りだ……」


「い、いえ。僕たちは……」


 アシルはトロワの掌を返したような改まった態度に、どう返せば良いか分からなかった。


「では、僕はこれにて失礼する! 冒険者諸君よ、健闘を祈っていますよ」


 きびすを返し大広間を歩き去っていくトロワ。その心中は悪意に満ち、本人も気付かぬまま雑言が口から溢れ出ていた。


「クソッ!……今に見てろ! あんのじゃじゃ馬娘め! これまでお前らから受けた僕の恨み、晴らさせてもらうからな! それに、ヒヒッ……どんな奴らを差し向けようが、お前らの思惑通りにはならないのは目に見えてるんだ……ヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒ……」


 トロワの雑言は更にエスカレートする!


「この一件は懸案のまま終わる。そして、名家の地位を守る為、エリザベットは僕にこう言うんだ。"助けて下さい……"ってな! ヒヒッ、僕は助ける見返りに服従を誓わせ、僕の言い成りにさせる! それからは調教、陵辱し、僕のモノを自発的におねだり出来るようになってから純潔を散らす!! そんで遊ぶだけ遊んで飽きたら、そうだなぁ……団員の性の捌け口にでもしてやろう……もうすぐだ、もうすぐエリザベットのその姿が拝める……。ヒヒッ、ヒヒヒヒ……」



 ーーーバタンッ!



 部外者は立ち入りを禁ずる。周囲にそう分からせるかのように、大広間の扉はあからさまな音を立てて閉ざされた。


「なんだアイツ? いけすかん野郎だな!」


 ジードは陰口を叩く。


「あのトロワって人、お義父様と言っていたね? 肩書きはシャトレイルだったけど……」


 アシルは率直な疑問を投げかける。


「一応、私の婚約者よ。私はそんな気、更々無いんだけど、お父様の名家至上主義の一貫で有無を言わさず決められたのよ。政略結婚ってやつね」


「名家も色々大変なんですね」


「ほんと、嫌になるわ……」


 もと居た席に戻ったエリザベットは諦めにも似た表情で微笑んだ。


「さっ、この度の騒ぎと無礼を働いた事、誠に申し訳なかったわ。さて、状況も落ち着いたことですし、気を取り直して依頼内容をお伝えしましょうか」

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。



エリザベット初登場回になります。

当初の性格のモチーフは、かの有名な転生もの作品の代名詞のキャラ、「◯リス」だったりします。

エリザベットはお嬢様としての礼儀をわきまえつつも、不器用でちょっぴり世間知らずな等身大の年頃の少女として書けたらなと思っています。



よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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