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第26話 一攫千金クエスト

「そこに居たのかっ!! 魔王ノワル!! 我が名はガルシア! 【勇者ブレイバー・ガルシア】だ!! 今こそ、長きにわたり我ら人族を苦しめる諸悪の根源である貴様を、正義の名の下にこの手で討ち取ってやるっ!!」


 いきなり現れた不躾な男は、声高らかにそう宣言すると、魔王はその男に対し物憂げに視線を向ける。


「何だその目は!? それにその大儀たいぎそうな態度は!? そもそも、なぜこんなところにいる!? なぜ魔族の王である貴様が玉座の間ではなく、こんな陰気臭い書物庫などにいるのだ!?」


 口喧くちやかましく言うガルシアの言葉を遮るかのように、魔王は手に持った分厚い本をパタンと閉じ、口を開いた。


「何を言う? ここは私の城だ。私がどこで何をしようが私の勝手だろう? そもそも、我らの領地に無断で立ち入り横暴の限りを尽くした挙句、我が城に到着するなり許可なく侵入し怒鳴り込んで来たのは貴様らだ」


「貴様の言い分など取るに足らないな……どうした? 来ないならこちらから行くぞ!!」


 ガルシアは剣を抜いて構え、戦闘体勢を取る。

 それとは対照的に、魔王は椅子からゆっくりと起ち上がり悠長に背伸びをする。


「まったく。【勇者】と名乗る奴らはいつもそうだ。己の正義を振りかざし、その為なら何をしても許されると思っている。そんなものは正義とは言わん。ただの傲慢だ」


「傲慢などでは無いっ!! ここに至るまでに磨き上げてきた己の意思だっ!!」


「フハハハ……笑わせる。だが、それがどんなものなのか、少し興味が湧いてきたぞ。それに丁度良い。長時間同じ姿勢でいたおかげで体が固まっていたところだ。【勇者おまえら】はそれなりに私を楽しませてくれるからな。ストレッチ代わりに貴様の相手をしてやろう……さぁ、かかって来るがいい……」









 討伐したヒュドラから素材採取を終えたクロロは、湖畔から湖を眺めていた。


「よしっ! そろそろ頃合いだな!」


「何がそろそろなんだい? クロロ?」


 クロロの挙動が気になったアシルが声を掛けて来た。


「あっ、いえ。今回の討伐地のこのノルブレイ湖なんですけど……」


「何か気になる事でも?」


「はい。実は、元々このノルブレイ湖は瘴気や邪気を浄化する水瓶として広く知れ渡っていたみたいなんです」


「へぇ〜、そうなんだ! よく知ってたね」


「昔に読んだ書物に書いてありました。何でも湖の一番深い底には神を祀った祠があるらしく、その祠から溢れ出た浄化の魔力がこの湖の水質に溶け込んでいたんだとか。ですので昔はこの近辺にはあまり魔物が寄りつかなかったようなのです。ただ、ヒュドラの存在が確認されるようになってから魔物が活発化し、様々な被害が出ていたようなのです」


「なるほど。ヒュドラが浄化の魔力を阻害していたという訳か」


「なので、今回の討伐は湖の水質良化になったことはもとより、この近辺の魔物による被害の鎮静化に繋がった事でしょう」


「そうだったのか……益々討伐して良かったと思えるよ!」


 アシルは思い掛けず知った自分達の功績にえつるのだった。


「さてと、水質も戻った頃でしょう。僕は早速この湖の水を汲んで帰ります! 現在製作中の回復薬の素材になる代物かも知れないですからね!」


「ほんと頼もしいなクロロは! もしや、これが目当てでヒュドラ討伐を?」


 不敵に笑いながら作業に没頭するクロロに、アシルの声はもう届いてはいなかった。


「オーーーイッ!! そろそろ撤収するぞーーっ!!」


 待ちぼうけを食らっているジードが遠くから2人に呼び掛ける。

 10日間にも及んだここでの生活も遂に終わりを迎え、クロロらは帰路に就こうとしていた。

 飽き飽きしていた魚料理への不満も、今となってはどうでも良く思えるほど、彼らの心は達成感に満ち溢れていた。

 きっと偉業を成し遂げたクロロらの凱旋に、ギルドの酒場は英雄讃歌ファンファーレになる事間違いなし。

 同業者たちとの荒っぽい饗宴を考える度、3人は逸る気持ちに急かされ、自然と足取りが早くなるのだった……。









ー ダリスギルド 酒場 ー



 ヒュドラ討伐から数日後、アシル、ジード、クロロの3人は酒場のテーブルを囲み、宴の余韻に浸る余裕も無いほど何やら難しい顔を浮かべていた。

 本来なら反省会を早々に終え、面白おかしく食事と酒を飲み交わす慰労会でも執り行われているのだろうが……どうやら雲行き怪しい状況に直面しているようである。


「金が無ぇ…」


「無いですね」


「そうだね」


「あのヒュドラやグリフォンを討伐したってのに何故だ?」


 ジードは事由を突き止めようと問う。


「私は銀星銃イスカの開発と、その魔石弾に50万メルス使いましたし、あと、金属製のロープ、アイテムの補充や調合で出費がかさばってます」


「僕は教会の為に報酬の大半は渡してますからね」


「それとロードランナーの弁償代、あと、ノルブレイ湖の水車小屋の弁償代か……このままじゃパーティーが金欠で解散しかねん!」


 ジードは頭を抱え、アシルは天を仰いだ。


「パーティーの資金管理はぬかりなくやっていますが、それ以上に負債が上回っているのが現状ですね」


 クロロはしたためていた帳簿を広げ、目の子勘定をする。


「かといって俺たちは冒険者、依頼をこなしてナンボだ。これしか稼ぎを出せねぇ……」


 3人の間に暫しの沈黙が流れる……。

 丁度その時だった。沈黙する空間を裂くように、2階フロアから颯爽と歩くハイヒールの足音が聞こえて来た。ランスロットがクエスト依頼書を持って降りて来たのだ。


「エサの時間か。ちょっくら俺が見てくるよ」


 そう言ってジードが冒険者の群がる掲示板の方へと向かうと、既にランスロットが依頼書を順番に貼り付けているところだった。


「すまねぇ。ちょっと通るぜぇ」


 ジードは密集する冒険者たちの間をなかば強引にくぐり抜け最前列へと出た。すると、丁度目の前に現れたのは、最後の依頼書を貼ろうとするランスロットの姿だった。

 偶然その依頼書の内容が目に止まったジードは、その依頼書を見た途端驚嘆する! そして、すぐさま誰にもバレないようその依頼書を鷲掴みにし、懐に隠してクロロらの待つテーブルへと戻ってきた。


「どうだった? いい依頼があったかい?」


 アシルはジードに問うも、何やら様子がおかしいことに気付く。


「ああああああったもなにも……」


 ジードは酷く動揺している様子。そして、懐に隠した依頼書を2人に提示した。




ーーーーーーーーーーーー



       〜 依頼書 〜


      【 奪還依頼 】


 先日とても大切なものを何者かに盗まれてしまいました。詳細につきましては公には公表できない為、直接会ってご説明致します。



         成功報酬 1000万メルス


         依頼主 エリザベット




ーーーーーーーーーーーー




「「い、い、いっせんまんメルスーーー!!!?」」


 2人の反応に慌てたジードは、シーっ!、シーっ!、と人差し指を口の前に立て、騒ぎ立てるなとジェスチャーを送る。

 それを見たクロロとアシルはハッとし、開いたままの口を両手で隠した。


「怪しい」


「怪しいよな」


「審議です! 審議です!!」


 クロロは右手を高く上げ、アシルとジードにこの依頼案件について詳しく検討し、その是非を問おうと提案をする!


 「うーん。審議つったってなぁ……おっ!? アイツなら!」


 ジードの視界に入ったのはこの依頼書を貼ったランスロットだった!

 真相を知るにはギルドの人間に尋ねる方が当然話が早い。

 ジードはすぐさま2階の自室に戻ろうとするランスロットを呼び止め、こちらに来るよう手招きする。

 ランスロットはこちらに近づくに連れ、何か普通では無い雰囲気を感じ取った。


「どうした? ジード。何か問題でもあったのか?」


「問題も何も、この依頼書の報酬金額は本当なのか!?」


「それか……まさかお前たちが取るとはな。私も最初は目を疑った。だから間違いではないかと依頼主に確認もした。そしたらその成功報酬で間違いは無いそうだ」


「マジか!?……でも、この依頼を掲示板に貼る前にお前がクエスト受注して達成すれば丸儲けだったんじゃねぇのか?」


 ランスロットは怪訝そうな顔をする。


「あのなぁ〜……私はギルドの仕事で多忙を極めてるんだ! 今までみたいに易々とクエスト依頼なんてできないんだよ!」


「ソッカァ、オエライサンハタイヘンナンダナー」


「ジード!! 貴っ様、人ごとだと思ってぇ!! それに理由ならちゃんとあるんだぞっ!! 冒険者あがりのギルドの人間は、クエスト依頼に公平を期す為に指名されたクエスト依頼しか受けれないんだっ!! 出し抜きなんてしたら懲罰ものなんだよ!!」


 ジードの情のない返答はランスロットの逆鱗に触れた。


「スマン! スマン! 悪かったって!」


 冗談の通じない相手だったと思い出し、すぐに謝るジード。


「むむぅ……!」


 膨れっ面のランスロットは、周囲からの視線が気になり咳払いをし、毅然とした態度に戻る。


「んんっ、……とにかくだ。その依頼書の報酬金額はそれで間違いない。なんなら早速依頼主に会って話を聞いてくるといい。急を要する案件だしな」


「教えてくれてありがとうな! ランスロット!」


「ふん。かまわん。ここ最近の"英雄讃歌ファンファーレ"で名を揚げつつあるお前たちに、私も期待しているんでな……」


 ランスロットは振り向き様にそう言い残しフロアを後にした。









 クロロたちはギルドから渡された案内地図をもとに、その足で受注したクエストの依頼主のもとへと向かっていた。


「この地図に記された場所は……ホラっ! あそこです!」


 クロロが指差す先には小高い丘にある遠くの建物だった。


「おいおい! あの建物は【ファルオルヴ家】の屋敷じゃねぇか!?」


 ジードは建物を見るや否や過敏に反応を示す。

 どうやらあの屋敷には特別ないわれがあるらしい。


「有名なんですか?」と、クロロはジードに聞き返した。


「【ダリス四名家】の一つじゃねぇか!」


「ダリス四名家?」


 クロロには聞いたことの無い言葉だった。


「はあっ!? まさか知らねぇのか!? ダリスに住んでんなら覚えとけよ〜」


 ジードはため息混じりに言葉が続けた。


「いいか? このダリスには四つの名家がある。古くからこの町を統治して人々を率いている。言わば四名家なくしてダリスは成り立たない、そう断言できる」


「そもそも」と、アシルが口を開く。


「遡ること約200年ほど前、当時、人族は様々な国家が統治していたけど、どの国家も侵攻する魔族に対抗する為、自国を強国に仕立てようと国同士で領地争いを繰り広げていたんだ。けれども、本来の敵は魔族だというのにも拘らず、人族間で争っている現状に異を唱えた【勇者ブレイバー・ガルシア】は、全ての人族が協和して魔族に対抗する世にする為、君主制を撤廃し、人族の統一化を各国家に提唱したんだ。そして、各国家はこれを承諾。これが通称【グラウンド・ゼロ】」


「グラウンド・ゼロに、勇者ブレイバー・ガルシアか……ガルシア……?」


 クロロはガルシアという名前にどこか思い当たる節があった。

 確かにその頃から人族の勢力が増し、魔族側も後退を余儀なくされてしまった。現在の勢力図になったのもその頃からだ。そして、魔族領の包囲網を突破し、魔王城にまで攻め入って来たのがそのガルシアなる人物だったと記憶している。

 私の前に現れた人族と同じ名前。時期も大体重なる。

 おそらく私の知るガルシアと、攻め込んだ者は同一人物だろう。

 アシルは話を続ける。


「その後、【世界評議会エデンズ】を創設し、国家を解体。統治していた領地はそのままに、各王家は領主となり、国制は元中央国家テンパノンを基軸に改定とした。勿論、ここダリスも例外では無かったんだけど、他の国家と違い四つの王家で成り立っていた旧国名【ダリス国】は、【グラウンド・ゼロ】後、四つの王家は町を統治する役割をそれぞれ担務する事となったんだ」


「なるほど。四つの名家は元々は王家だったということですね」


 クロロはほぅほぅと理解を示す。


「では、四つの名家のそれぞれの役割って何なのでしょうか?」


 すると、今度はジードが得意げな顔して解答役を勝手出る。


「んじゃあ、まずは【ボナフォルト家】だな。ボナフォルト家は冒険者ギルドを運営し、ギルドに加盟した冒険者に仕事を斡旋している。まあ、これは言わなくても分かるわな」


「ええ。勿論!」


「それとは別に冒険者の育成・支援もしている。そして、ボナフォルト家の当主は代々ダリスギルドの【ギルドマスター】になるのさ」


「組織の代表、トップといった位置付けなのですね」


「そうなんだが、さっき会ったランスロットいわく、近頃は他の町のギルドへ赴き、魔族領の動向と、第2級以上の討伐対象の魔物について協議しに行ってるみたいだぜ。そこで必要あれば冒険者に応援要請を出すんだろうな。まあ、そんな感じでしょっ中留守にするもんだからよ、ランスロットの仕事も増えてるんだとよ」


「ランスロットさん、先ほどもそう言って嘆いてましたね。組織のトップが不在だと下の者は苦労しますよね……」


 ……と言い放った矢先の事、「お前がそれを言うか?」という立場であった事に気付き、クロロは独り居た堪れなさを覚えた。……が、今はもう済んだこと。気にしない事にした。


「続いて【シャトレイル家】だな。シャトレイル家は倫理をもとに町の安全や秩序の維持を管轄している名家だ。そのために組織された"自警団"は、町での警備や要人の警護、そして、人々を犯罪から守る役目をしている」


「ああ! 町の見回りをしていたり、出入り口門にいる団服を着たあの人たちが自警団なんですね!」


 クロロには馴染みがあるようだ。


「俺たち冒険者は魔物討伐依頼で町の外から人や町を守っているが、自警団は町の中の危険や犯罪などから人、町を守っている。ってな具合だな」


「町の人々が安心して暮らせるのも、冒険者や自警団のおかげなんですね」


「お次は【ロンヴァル家】。商業、金融、製造業、農林漁といった産業の育成・発展を担う名家だ。また、他の町との交易の窓口として取り仕切り、財政管理してるんだ。とりわけ、名家の中でも他の町と取り引きをしてる分、他の町との太いパイプを持っているのはロンヴァル家じゃねぇかな」


「確かに、一理ありますね」


 ジードの個人的見解は納得がいく。


「最後は今回の依頼主ともくされる【ファルオルヴ家】だな。ファルオルヴ家は様々な法律に基づく役務をしている町の法と秩序を司る名家だ。法律の制定や改正、罪人を【神誥しんこう裁判】に掛けるか否かの判断や、その捜査なんかをやってる」


「神誥裁判というものを開き、罪人をね……」


「もっぱら、最終的な判決を下すのは、裁きの神の代弁者である最高裁判長なんだがな」


 クロロは思う。

 今の話で少し警戒心を抱いたからだ。

 魔族の王である自分が己の夢のため目立つ事は避けると誓い、人族に姿を変え、ひた隠しに人族の社会に身を置いている訳だが、万が一、罪人となれば夢半なかばで諦めることにもなり兼ねない。第一、そんな神などという訳の分からない者なんぞに裁かれるなど我慢がならなかった。


「……とまあ、ダリス四名家はこんな感じだ」


「これからお会いする依頼者に関係する情報が聞けて良かったです」


 何より、こんな常識知らずな自分に親切丁寧に教えてくれたアシルとジードに、クロロは感謝を述べた。


「クロロに教えるだなんて、何だか新鮮だね」


「ほんとそうだな」


「いやいや〜……私は目から鱗でしたよ」


 生まれてこの方、実力主義の魔族領で育ち、そして、虐げていた身としては、町の事を知るに当たり人族の強さの一部分が垣間見えたようにも思えたクロロであった。

読んでいただき誠にありがとうございます。

皆さんと貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。


よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。作品の創作意欲に繋がります。


では、次話でお会いしましょう。


※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。

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