第2話 魔王の現実(せかい)
- 魔王城 書物庫 -
城の書物庫に魔族の頂点に君臨する魔王ノワルの姿があった……。
広々とした部屋の天井は天にも届きそうなほど先が見えない。それでいてすべての壁一面には本がミッチリ並んでいる。
この書物庫にある書物を全て読むと、世界のあらゆる事がわかるとまで言われているほどである。
高々に積まれた本に囲まれた魔王は、片手では収まらない程大きく、分厚い本を両手で閉じた。
「ふぅ…」
渇いた溜め息がそのわずかな空間にだけ落された。
この瞬間、ついに書物庫にあるすべての本を読み尽くしたのだ。
これで世界の全てを知ったとも言える魔王だが、万感の思いに浸る事も無かった。それは魔族の王としてのプライドがそうさせるのか。いや、そうではない。
実は魔王ノワルは生まれてから1018年間、1度も外に出たことがないのである。
世界は今、神々がまだ生きていた古の時代から人間と魔族との対立により、今もなお激動の最中なのである。
対立といえど、幾つか決着は着いているのである。歴代の魔王は人間からごく稀に生まれる【勇者】によって滅ぼされている。
しかし、勇者といえどたかが人間。寿命の長い魔族に比べれば短命である。
勇者のいない世界ならば人間は魔族により徐々に勢力の萎縮を余儀なくされるのである。
ノワルは魔王という立場上、いつ勇者が現れ魔王城へ攻め込んで来るか見当がつかない為、無下に離れられないのである。
なので例え星の数ほどある書物を全て読み終え世界の知識を得たとしても、実際に外の世界で自分の五感でそれを照らし合わせようとしても叶わないのである。
書物を全て読み終えても、残るのは虚しさだけ……。
ノワルにとっての世界とはとても小さく、遥か遠い存在なのである。
数多ある本の中で1冊だけボロボロになっているのがある。かつて歴代の魔王を討ち滅ぼした【勇者の冒険譚】である。ノワルはえらくこの本を気に入り何度も何度も読み返し心躍らせ、外の世界に憧れ想いを馳せるのだった。
正直なところ、ノワルは魔王としての自分はどうでもいいのである。魔王として生を受けてしまったが為に、人間と魔族の争いの中心人物にさせられてしまったとも思っている程である。
ノワルとしての想いは憧れだけで終わるのではなく、人間と魔族に捉われない、ただ外の世界で自由に生きたい!それだけなのである!
外の世界と、ノワルの心の世界。2つの世界が交わることは叶わないのだろうか……。
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書物庫の扉が少し軋みながら開く。
「魔王様、魔族領東部、時の迷宮に派遣した部隊が帰還しました」
「定例会議【オーギュリオス】の準備も整っております」
「どうぞ、王の間へ」
「わかった。その者達を王の間に通せ!」
ノワルはそう返すと、書物庫をあとにしようと歩を進める。
「魔王様、こちらの書物は私めが片しておきます」
「すまぬな……。ラートム、我が側近のお前にその様なまねをさせて…」
「いえいえ」
ラートムは魔王に首を垂れる。
ノワルは颯爽と書物庫をあとにした。
魔王の足音が小さくなったのを確認したラートムは頭をあげた。そして、広げられた書物を片付けようとした手が止まる。視線の先には勇者の冒険譚がある。忌々しいものを見るような視線で……。
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