第19話 鎮魂の銃弾
解き放たれた上級魔法はいつしか消滅し、普段は砂塵が舞う空も今は雲ひとつない晴天となっていた。
あれほどのエネルギーが発生したのだ。気候変動するのも頷ける。
澄み切った青空に陽で投影された影がひとつ浮かぶ。
この空に自身を脅かす存在など無いと言わんばかりに見せつけたその実力は、まさしく大空の覇者たる所以だ。
だが上級魔法を発動したせいで呼吸は肩で息をするほどで、かなり疲弊しているようだ。
覇者の影はゆっくりと地面へと降下していく………。
塔の屋上は破壊された石柱の大部分が折り重なり、あとは瓦礫の山をいくつか残すだけとなった。それ以外は全てどこかへ吹き飛ばされてしまったようだ。
この塔の屋上においての、生きとし生きれる者はもう、自分しかいない………
…………そう思っていたのも束の間、
その中に人影が残っているではないか⁉︎
「うぉぉぉぉぉ‼︎」
ジードが覆い被さる瓦礫を押しのけ立ち上がったのだ!
その傍らにはアシルとクロロもいた‼︎
「ほんと……奇跡だ‼︎」
「たまたま最後のポーションが魔法障壁の効果を配合したものだったから助かりましたね!」
「ああ!飛んでくる瓦礫くらいなら俺のガードで何とか凌げるからな!」
「グォォォ……⁉︎」
グリフォンはあの状況からなぜ生きているのかと理解に苦しむ。なにせ自身の魔力を限界まで消費して発動したのだ‼︎もう余力など残っていない。
「グリフォンはもう限界が来ているはずです!一気に決めましょう!」
「いくぞ‼︎」
アシルとジードはグリフォンに反撃を仕掛けようと向かっていく!
グリフォンは体が思うように動かない……。
何が原因でこうなったのか、なぜここまでしたのに自分は不利な状況になっているのか……。
そんなことを考えているグリフォンの瞳には、武器を持ち容赦なくこちらに向かって迫り来る"死"が映る。
ーーーーー"死"
それを予期したグリフォンの野生の本能が沸々と俄に底力を発揮する!
「クォォオォオオォォォォ……‼︎‼︎」
グリフォンはこの戦いで一番気迫のこもった咆哮を上げる!
「………⁉︎」
ジードはグリフォンの気迫に一瞬、気が途切れてしまった……と、思ったら、さっきまでいたグリフォンの姿が忽然と消え、横にいたアシルの姿も無くなっていた。
状況が一変し振り返ると、アシルがグリフォンの前脚で鷲掴みにされたまま、後方へと飛ばされている姿だった。
鷲掴みにされたアシルは、後方に立つ石柱に勢いよくぶつけられグリフォンと石柱の間に挟まれ押し潰される!
「がはっ⁉︎」
その圧迫された衝撃に口から唾液が飛ぶ。
グリフォンの前脚で取り押さえられ、完全に身動きが取れないアシルに、もう片方の前脚でとどめを刺そうと構えた。
「アシルが……死ぬ‼︎」
クロロは直ぐさまアシルの元へ向かおうと全速力で走る!そして、とどめを刺すのを阻止しようとナイフを取り出し投げようとした!が、ここで予期せぬ不幸が起こったのだ‼︎
急にジードの視界からクロロが消えてしまったのである‼︎
「……えっ⁉︎」
なんとクロロは足元の床が崩落し、下の階へと落ちてしまったのだ‼︎
「クロロォォォーーー‼︎⁉︎」
ジードは血の気が引くような思いに駆られる。
おそらくグリフォンの踏みつけながら引っ掻きすぐ飛び立つ、あの一撃離脱攻撃で地面が崩れるほどの亀裂が入ってしまっていたのだろう。
ジードは絶望する暇など持ち合わせず、今できる最良の選択肢を瞬時に模索する!
(どうする⁉︎この状況でどうすればいい⁉︎ クロロはどうなった⁉︎助けないと‼︎ いや、ダメだ!アシルだ……アシルも助けに行かないと!……でもこの距離じゃ間に合わない‼︎)
選択肢を模索せども、どう考えても自分ひとりで全てを解決できる選択肢は無く、最悪な事態しか導き出せないでいた。
こうしている瞬間にも、アシルとクロロには徐々に死が迫っている。
(ダメだ……)
(俺はまた、自分の目の前で人を死なせてしまう………)
(結局、何も守れないのか……?)
(イスカ、ミッド、アシルとクロロも……‼︎)
ジードは自らが立てた誓いが過去の心の傷によって押し潰される。その隙をついて生まれた絶望がみるみる膨れ上がっていき、心が絶望に支配されそうになっていた…………。
(……お兄ちゃん‼︎)
「……‼︎」
ジードの絶望に取り込まれた心にイスカが呼びかけ、ジードは我に返る!
(あきらめるな……‼︎)
ジードは絶望の淵から奮起する!
(まだ俺の心は折れちゃいない‼︎考えろ!まだ間に合う‼︎)
「命を……救うんだ‼︎」
……その時だった!
「僕は大丈夫です‼︎アシルを!アシルを助けてあげて下さい‼︎」
「……⁉︎」
なんとクロロは生きていた!下まで落下せず、すぐ下で留まっていたのである‼︎
そうとなれば今はアシルだけを助ければいい。しかし、アシルまでの距離は100m近く離れている。体ごと向かっても圧倒的にグリフォンの一撃の方が早いのはあきらかである。
(間に合わない、何か……何か手立てはないのか⁉︎)
(……‼︎)
ジードはクロロの声を聞いて、あることを思い出した………………
ーーーーーーーーーー
〜 風塵の塔 屋上到達前 〜
「ジード!」
「どうした⁉︎クロロ」
「これを……」
ジードはクロロから布に包まれたある物を渡された。
「これは?」
「これは僕が考案した新武器です!」
「あの設計図のやつか⁉︎」
「はい」
「どうしてこれを俺に……?」
「一緒に旅してわかったんです。これはジードが一番上手く使えると……」
「俺が?」
「はい、なぜならジードは普通の人間より動体視力が極端に良いからです。」
「えっ?動体視力?」
「おそらくジードは、動くものなどを意識すれば止まって見えたり、コマ送りに見えたりしているはずです」
「みんなそうじゃねぇのか?」
「違います。普通じゃそんな芸当できません」
「そう…なんだ」
「ですから、何時間も魔物の攻撃を受けずにガードできたり、コイン当ても間違えなかったりできるんです!もちろん、それに見合った技術は必要ですけど、ジードはそれが出来るんです!」
「俺にそれがあったとして、この武器とどういう関係が?」
「この武器は標的を狙って使う武器です。標的は止まっていれば狙うのは比較的楽ですが、動くものを狙って当てるのはなかなか難しいです。しかし、ジードの動体視力をもってすれば、動く標的も予測して狙って当てることは容易だと僕は考えました!」
「そんなもんかぁ?」
ジードはクロロの言葉を疑う。
「それに、今から討伐するグリフォンは空を飛ぶことができます。備えておいて損はないでしょう!」
「空を飛ぶ敵ならさっきのハーピィだって…」
「あの時もそうだったですけど、この武器はまだ実戦で試せてないですし、魔石弾もこれにセットされてるものしかないですからね……迂闊に使うには危なすぎると思いまして」
「なるほどね………ま、そんじゃ有り難く使わせてもらうよ」
「ただ……使い時は選んで下さいよ!」
「おう!」
ーーーーーーーーーー
(使うなら今しかねぇ‼︎)
(それに打つ手はもうこれしか残されていない!)
ジードは腰に下げた新武器を手に取る!
トリガー部、装填部、バレル部の3つに折たたまれており、トリガー部に手を掛けると手首のスナップで一気に射撃形態へと組み上げる!
全長1mにもなるそれは、銀色に美しく光る。
「……!」
組み上げてわかった……。この武器に【鍛冶屋ゴンド】の刻印が刻まれていた。
(親父……)
「ふんっ!……実践で試せてねぇだ?"これ"が1番信用できるじゃんかよぉ‼︎」
ジードは銃口を標的に定める……。
・・・・・・・
「がはっ‼︎……くそっ!…み……身動きが取れない……」
アシルは自分の体をグリフォンの右前脚で押さえつけられ、必死にもがこうとするもそれもままならないでいる!
「クォォォン‼︎」
アシルは上を見上げた。視線の先にはグリフォンがこちらを見下ろし、獲物を狩りとる無情なまでの目つきで睨みつける。そして、まさに今、顔を目がけ左前脚の爪の切っ先を突きつけている。
(ダメだ……僕はあれにぶっ刺されて死ぬのか?………もう、抗う力も残されていないし、助けも間に合わないだろう……終わりだ…)
突きつけられた左前脚の爪は黒く鈍く光り、冷酷な笑みをこちらに浮かべているようだった。
(もう……ダメだっ‼︎)
アシルに死が迫るその時だった!
突然、グリフォンの左前脚に何かが当たり脚の跗蹠に穴が空き、血が飛び散ったのだった‼︎
その後、間髪入れずに破裂音が鳴り響いた!
「グォォォォォォン……⁉︎」
グリフォンはいきなり致命傷を負ったのと、それがなぜ、どこからなのか理解できないでいた。ただ理解できるのは、この攻撃を更に受けるのは非常に危険ということだ。
アシルはグリフォンの前脚の圧迫から解放され、むせながらも必死に酸素を体に取り込む。
(なっ⁉︎……何なんだ今のは⁉︎どこからだ⁉︎)
アシルはグリフォン同様、状況が掴めないでいる。
グリフォンは傷の受け方と、破裂音のした場所が後方からだと察知し振り返る。
すると、遥か後方で誰かが何かを構えているではないか!
目を凝らしてみると後方にいたのはなんと!ジードだったのである‼︎
おそらくその攻撃はジードが放ったものだったと理解したグリフォンは、すぐさまジードに対し臨戦大勢をとるのだった。
「くぅ〜〜、スゲェ音と衝撃!それにあの威力!…………くせになるぜ‼︎」
「グォォォ……」
グリフォンは今までに受けたことのない痛み
に唸り声をあげる。
この痛みの発端は、あの銀色の未知なるものにやられたのかを見極める。
「なるほど……狙いより少し右にズレたか。だがこれを修正して次は狙い通り当てれる!」
ジードは今の1発で、この武器の特徴を理解したようだ。
グリフォンは鋭い目でジードを睨みつける。
ジードはグリフォンの元へと歩きながら近づき、再びトリガーに指を掛け狙いを定める。
「おいおい、そんな目で俺を見んなよ」
また破裂音がした!
その音とともに装填部から小さな魔法陣が浮かび上がった。
グリフォンの左眼はその光景を写したのが最後となった。
「ギャァァァ……⁉︎」
グリフォンの左眼は撃ち抜かれたのである‼︎
グリフォンはジードが構える武器により致命傷を受けたのだと確信した。"あれから離れなければならない"と、翼を広げ飛び立とうと試みる。
が………
「逃がさねぇよ!」
次弾が放たれグリフォンの肩羽辺りを撃ち抜いた!
「ギャァァァ⁉︎」
グリフォンは翼を上手く動かせずバランスを崩す。ならばと今度は脚で逃げようと初動を起こす。
「お座り!」
ジードは動体視力を活かしグリフォンの初動に合わして後ろ脚の付け根に狙いを定め撃ち抜いた!
「グゥォォォ……」
グリフォンは視覚、片翼それに四肢に致命的なダメージを受け、ついに起動力を失った……。
「ついにお前をこの手で討てる日が来るとはな……」
グリフォンは戦意を喪失し倒れ込む。
呼吸は荒々しく虫の息である。
ジードはグリフォンの元へとたどり着いた。そして、銃口をグリフォンの額に向けた。
「やっと俺は、次に進めそうだ。………じゃあな」
ジードはそう話すと、トリガーを引いた。
至近距離から放たれた魔石弾はグリフォンの頭蓋を貫通し、グリフォンは絶命するのだった………。
「終わった……」
ジードは自らを苦しめていた計り知れないシガラミから解き放たれ、なんとも感慨深いものがあった。
(これでよかったのかな……イスカ……)
次第にその心持ちは清々しく、晴れやかに移り変わる。
*******
「クロロ!大丈夫かー⁉︎」
ジードはクロロが落下した穴を覗きこむ。
「はーい。大丈夫でーす!」
クロロが落ちたところは、屋上の真下にある高さ4mほどの空間だった。中二階のようだが、階段が無いことから隠し部屋として作られた可能性が高い。
「ジード!僕がロープを投げるのでどこかに結ぶか、引っ張り上げてくださーい‼︎」
こうしてクロロはやっとの事で引き上げられたのだった。
「よいしょっと!……助かりました。ありがとうございます!」
クロロは屋上へと戻って来た。
「あっ!アシルも無事だったんだね」
「ああ、何とかね……動けるようになったのもついさっきだよ」
アシルまだまだ足元がおぼつかない。
「とにかく2人とも無事でよかった!」
クロロは心から安堵した。
「そういえば、破裂音が何回か聞こえましたが……ジード、例の武器使ったんですね⁉︎」
「おう‼︎こいつのお陰で勝てたようなもんよ‼︎サンキューな!」
ジードはクロロに感謝を述べ、武器を見つめる。
(ほんとに凄い武器だ……。こいつで戦況が一気にひっくり返りやがった!)
(弾は………あと1発か……)
「そうだ……!」
ジードは銀色に光る武器の銃口を空へと向けトリガーを引いた……。
澄み切った雲ひとつない青空に銃声が響き渡る。
(……ありがとう)
それは、苦しみ続けた自分への別れと、愛する妹イスカへの安息の意味を込めて放たれたのだった………。
「そういえば、その武器の名前って何ていうのかな?」
アシルはクロロに素朴な疑問を投げかける。
「確かに……それは盲点でしたね、何も考えてなかったです。僕はいつも新武器とか魔石銃、魔鉱銃って適当に呼んでましたが………武器の名前………う〜〜ん。何がいいですかねぇ?」
「じゃあさ、俺が考えてもいいか?」
ジードにはいい案があるようだ。
「いいですよ!」
「"銀星銃"ってのはどうだ?」
「………‼︎」
アシルとクロロは顔を見合わせた。
「いいですねぇ!」
「うん、いいと思うよ!」
2人も納得のようだ!
見上げた大空に銀星鳥が数羽、ダリスの方角へ飛んでいくのが見えた。
ジードの羽根付きピアスは季節風になびく……。
時季はまた巡っていく………。
読んでいただき誠にありがとうございます。
貴方の貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
よろしければ温かい評価とブックマークのほどお願い致します。
スマホの充電ケーブルの根元の接触具合が良くなり、スマホにやる気が漲りますので、作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。
※本作のサイドストーリー『迷子の女の子のサポーターに魔王の婚約者はいかが?』も是非よろしくお願い致します。