第10話 女神の権化
「うっ…さむっ……」
クロロは身体の冷えで目が覚めた。
まだ眠く頭はハッキリしない。
(そうだ…ここはギルドの酒場だ)
記憶は曖昧だが、どうやら昨晩の宴が盛り上がり、そのまま力尽きてテーブルを枕に座って眠ってしまったらしい。
フロアを見渡すと、他の冒険者もそこら中で眠りこけている。
「アシルは……」
アシルはというと、クロロの座る近くの壁にもたれ、剣を支えに座り寝ている。
フロアの時計を見ると、時刻はまだ夜明け前だ。
「アシル!起きてください!」
クロロはアシルを揺り起こす。
「アシル‼︎」
「うっ……」
「あぁ……おはよう。クロロ」
「そうか。…あのまま寝てしまったんだね」
アシルは目を擦りながら立ち上がる。
「カロナは……?」
「カロナは途中で帰りましたよ」
「今日も朝から仕事って言ってましたからね」
「そうか……僕らも帰ろうか」
2人はギルドを後にする……。
*******
ギルドから外に出ると、町は薄暗く朝靄が立ち込めている。
「僕は家に帰るよ…」
「帰れるのかい?」
「…….…。」
「わかった。町の地図はひと通り把握してるから、家の近くの目印になる建物を教えてくれるかい?」
「ありがとう。では教会まで案内してくれるかい?」
「教会ね。お安い御用さ!」
2人は教会を目指して歩く…。
「クロロ、君は本当に凄いと思う。不可能を可能にする、そんな力が君にはある気がする。なんて言うのかな……僕の直感がそういってるんだ」
「アシルだって凄いじゃないか。君の剣術は一片の迷いもなく、太刀筋なんて惚れ惚れするし、見ていて背筋が伸びる思いがする。きっとどんな強敵が現れても討ち払う力があると思うよ!」
「ありがとう」
アシルはそう言って微笑んだが、どこか浮かばない顔をしている……
「……君になら話しても問題ないかな」
「どうしたの?」
「実は、僕は両親を知らない。まだ赤ん坊の頃、この剣と共に教会の前に捨てられていたらしい」
「この剣の名は、不滅の剣というんだ。名が付いているから名剣だと思うんだけど……」
「何故、剣とともに捨てられていたのかはわからないが、何か意味があると思うんだ!」
クロロは書物に書かれていたことを思い出した。
【デュランダル】は遥か昔、神々の戦いの時代、【創造の女神メーヴィス】により生み出された神の遺産。それが何故、こんなところに⁉︎)
「……僕にはさ、夢があるんだ。
このダリスの人達はみんな笑顔に溢れている。
……けど、実は心のどこかで魔族侵略の恐怖に怯えているんだ。だから一日いちにちを大事にするし、笑って恐怖心を誤魔化しているんだ」
「僕はそんな元凶が許せない。人々が心から笑える日をつくる為、己の正義でもってその元凶を討つ‼︎」
「この剣はその夢を叶える為に、神が与えてくれたんだと思うんだ」
「しかし、これだけじゃ到底夢なんて叶えられない。僕自身まだまだ未熟だ」
「けど、君と行動を共にして思ったんだ。君なら僕の夢を叶える仲間として僕を導いてくれると!」
「…だから、クロロ!君の腕を見越して頼みたい‼︎」
「なんだい?」
「君に僕の……」
…とその時、
「あっ‼︎いたー!アシルーー!」
「⁉︎」
「ニコロじゃないかー!」
2人の姿を見て素行の悪そうな少年が声をかけてきた。どうやらアシルとは知り合いらしい。
「アシルやっと帰ってきたか!まぁた迷子になってたのか?」
「お前が魔物討伐に出かけてから、いつ帰ってくるかわっかんねぇから、何回ギルドに顔出したか…」
「いやぁ、面目無い」
「んで、こいつは?」
ニコロは悪い目つきでクロロをみた。
「彼はクロロ。冒険者のサポーターをしている」
「実は僕が魔物討伐の依頼中、瀕死になっていたところを彼に助けられたんだ」
「ふーーん…」
ニコロはクロロの全身を疑う様な目つきで見た。
「クロロ!」
「アシルが迷惑かけてすまなかったな。こいつがここまで帰って来れたのもお前のお陰だろ?……ありがとよ!」
「いえいえ。アシルの力になれて嬉しいよ」
(見かけに寄らず、案外礼儀正しいな…)
「アシル、早く教会に帰ろうぜぇ。シスターも帰りを待ってるからさ」
「そうだな」
「折角だからよ、クロロも教会に来いよ!
大した礼はできねぇけどよ、パンくらいなら恵んでやるぜ」
「クロロ、また付き合ってくれるかい?」
「あぁ」
「んじゃ、こっちだぜ!」
*******
東の空がだんだんと白み始め、町は新たなる今日を迎えようとしていた……。
家々が建ち並ぶ一画に立派な建物がある。
煉瓦長の壁に、窓の所々にステンドグラスがあしらわれており、青い屋根のてっぺんには女神像が町を見下ろしている。
「ここだぜ。中に入れよ」
正面の扉を開けると礼拝堂になっており、内部は吹き抜けのホールになっている。
正面奥の壁は天井にかけて神秘的な模様の一面ステンドグラスで、中央には女神を形作った壮観な造りになっている。
ちょうど外が明るくなりだし、ステンドグラスの女神がやわらかな表情を浮かべている様にみえる。
祭壇画下の演台の前に祈りを捧げる女性がいた。
女性は扉が開いた音に気付き振り返る
「‼︎…… アシル。お帰りなさい」
「ご無事で何よりです」
女性は20歳くらいの修道女だった。
「ただいま!遅くなって悪かったね」
「これがクエスト報酬だ。またこれでよろしく頼むよ」
「わかりました。頂戴します。いつもありがとうございます。アシル」
「あっ!アシルだ!アシルが帰って来たぞぉ」
奥からニコロよりもまだ小さい子供たちが数人出てきた。
アシルが冒険者になったのは、拾ってくれた教会の為に恩返しをしているようだ。
シスターはクロロに気づいた。
「こちらの方は?」
「クロロって言う冒険者サポーターなんだとよ!」
「瀕死のアシルを助けてくれたって」
ニコロが得意げに話す。
「まぁ!それは命の恩人ですわね」
「あっ、申し遅れました。私、このダリス教会のシスターのロザリーと申します」
「その……ご恩に対するお礼は何にすれば……」
「お礼なら昨晩頂きましたのでお気になさらず」
「えっと、アシル……」
シスターの気持ちは腑に落ちていないようだ。
「ほんと気持ちばかりだけど、僕なりの精一杯をさせてもらったよ」
「わかりました。本当は私達からもお礼をするべきなのでしょうが、私達たちはこの様な身分のためお返しするような物が……」
「本当に大丈夫ですよ。シスターロザリー」
「本当ですか?…申し訳ありません」
「代わりといってはなんですが、貴方様に私達から祝福の加護がありますよう、お祈りを捧げますわね」
「みんな!集まって!」
シスターは登壇し、演台を挟んだ正面に子供たちを並べさせ、みな手を組み片膝をつき目を閉じている。
アシルは立ったまま握った右手を胸に目を閉じている。
シスターは神に語りかける……。
「神よ…我が御心は、神のみぞ知り、また、神の御心も我らのみぞ知る…」
「その心情を祈りの糸とし、神と我らの想念を紡ぎたまえ……」
クロロはその光景がとても異様だった。何せクロロは生まれてから1度も"祈る"ということをした事がないのだ。むしろ魔族は崇める神を持たないというのが正しい。
皆が祈りを捧げている姿を見ていると、その中の1人の少女がコチラを見ている。
(なぜ祈らないの?)
と、言わんばかりの視線に恥ずかしく思ったクロロは、みようみまねで祈ってみる事にした。
祈るシスターに身体を向け、片膝を突き、手を組み目を閉じた。
クロロは頭の中に小さな光を感じた。やがてその光は広がり無限に広がる空間になった。
……………‼︎
(な、何だこれは……⁉︎)
突然の光景に目を疑う。
(俺の意志、力をもってしても無に返される‼︎)
クロロは身体を動かそうとしたが動かせなかった。そして、どんな状況なのかまったく検討がつかないでいた。
ただ、魔王としての意識を保つ他なかった。
「何をしにこの地に来たのです?……あの忌々しい神の子よ」
突然、ノワルの脳内に女性の声で語りかけてくる。
「…だ、誰だ⁉︎」
「我が名は創造の女神…メーヴィス」
「汝は全知の神、オクストロスの差し金なのですか?」
(何のことだ⁉︎…オクストロス?)
「おや……あの者はラグナロクより自らの子に主の存在を与えてはいないようですね…」
(ラグナロク……古の時代に関係しているのか…?)
「汝は何用で此処にまで参ったのです?我が子らを根絶やしに来たのですか?」
「俺は……自分の夢の為にいる」
「夢…ですか……フフッ…」
「フフフフフフフ…………」
「魔族が、しかもその王がですか⁉︎」
「フフッ…実に滑稽です……」
「汝が現を抜かせば、この世界はあらぬ方向へ傾くぞやも知れぬというのに……」
「されとて、この時点で妾の子たちを滅ぼさない事を考慮すると、あながち嘘ではないということでしょうか……」
「女神よ、貴様の真意はなんだ⁉︎」
「真意……?」
「我が子と魔族間の敵対するこの世界の根源をも知らぬ愚者に告げることなどありません」
「世界の根源……?」
「そうですね……妾の子と時を共にすれば、いずれ汝が問う真意に辿り着けるかも知れませんね」
「今回は此処に乗り込んできたが故に、汝にこのように問うてみましたが、今はこちらに害悪は及ばぬようですね」
「ならば、妾も長く留まれぬが故、世に還して差し上げましょう…」
「待て!話を勝手に終わるな‼︎教えろ!メーヴィス‼︎メーヴィスーー‼︎」
光の空間は一瞬にして暗闇にかわった。
「……‼︎」
クロロは突然我に帰った!
随分と長い時間光の空間にいた様な気がするし、ほんの数秒のことだったようにも感じる。
加護の祈りはまだ続いていた。
ふと壇上に目をやると、ロザリーは祈りの言葉を唱えておりクロロの視線に気付き微笑む。
すると、ロザリーから先程の創造の女神メーヴィスの力を微かに感じた。
クロロは理解及ばぬ存在に内心、警戒を顕にするのだった。
*******
教会での祈りも終え、ロザリーやニコロ、子供たちに見送られながらこの場をあとにした。
クロロは自身に起こったことに思考が追いつかないでいた。
与えられた一つひとつの情報というピースを並べ、はめてみても完成しないパズルのようで全体の絵が見えない。
不完全なパズルだが、クロロはこう推測する。
恐らくロザリーはメーヴィスの権化である可能性があり、メーヴィスはラグナロクの時代から何かの目的を遂行しようと企んでいると。
アシルがデュランダルを持っているのも、明らかにメーヴィスの思惑に違いない。
しかし、推測が及ばないことのほうがやはり多い。
魔王城の書物にも無かった、人間と魔族の敵対する根源とはなんだ…?
全知の神オクストロス…?
ラグナロクの時代に何があっんたんだ……?
(だめだ……全くわからない)
「クロローー‼︎」
考えても考えても答えにたどり着けないでいると、暫し歩き進んだところで、追いかけて来たアシルに呼び止められた。
「どうした?礼ならもう充分頂いたよ」
「いや、さっき伝えそびれた事があったんだ!」
「….…?」
『クロロ……‼︎僕の冒険のサポーターになってくれ‼︎』
「……‼︎…ぼ……僕がかい⁉︎」
「だめかい?」
クロロはメーヴィスの言葉を思い出す。
(妾の子と時を共にすれば、いずれ汝が問う真意に辿り着けるかも知れませんね……)
「そうか、そういうことか……」
クロロは一つの真実にたどり着いた。
(これは運命なのか、それともメーヴィスの企みか……わからないけど、この導きに従えってことだな‼︎)
「わかった‼︎……アシル‼︎
君が夢を叶えるまで、僕がサポーターを引き受けた‼︎」
アシルとクロロは互いの手を組み決意を新たにするのだった。
教会の屋根の女神像は2人を見つめ、煌々と昇る朝日は世界を照らしていく……
クロロは自らの夢の先に、ただならぬ真実が待ち受けているようにしか思えなかった……
読んでいただき誠にありがとうございます。
貴方の貴重なお時間と共有できましたこと、大変嬉しく思います。
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私の三角筋が喜ぶと思うで、作品の創作意欲に繋がります。
では、次話でお会いしましょう。