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第一の試練…家族

 玄関先で厳しい視線に晒され続けている。サラの両親は、直志と同世代。自分達の子どもが、同級生と結婚する。そう考えると、否応なしに嫌悪感を抱く。何とかして結婚を拒否したい。何とかしてサラの目を覚まさせたい。しかし、ここに至るまでに散々サラと話をしても説得出来ていない。娘に嫌われたくない一心で、あまり強く言えない。


「よ、よく来てくれたね…」


 サラの父、花守聡(はなもりさとる)、44歳。直志の4歳上。しかし、見た目はかなり若く見える。この容姿なら、仮に20代と言われても違和感が無い。因みに、華森は芸名。サラの本名は、花守紗良と書く。


「君が……サラの?」

「し、霜峰直志です! きょ、今日はお忙しい中、時間を割いていただき、あ、ありがとうございます!」


 緊張の所為で、真面に目を合わせる事が出来ない。サラを説得してもらうつもりで、いつものおじさん臭漂う服装、畏まらない話し方で嫌われる算段だった。しかし、いざ対面すると、激しく緊張してそれどころではない。


「お父さん、そんな怖い顔したらダメでしょ」

「……そうだね。直志君、怖がらせてすまない。ささ、中に入って」


 サラの一言を期に、無理やり表情を柔らかくする。本当は「娘はやらん」と門前払いしたい。表情に出せない苦しみは、腹痛と言う形で押し寄せてくる。

 奥の部屋から顔を出したのは、サラの母、花守咲菜(はなもりさくな)、44歳。直志が老けて見える若さ。


「堅苦しいのは抜き、リラックスリラックス」

「は、はい…」


 サラが影響を受けて育ったのは、咲菜と見て間違いなさそうだ。おじさん臭漂う格好でも、気兼ねなく笑顔を見せてくれる。抵抗は感じない。むしろ、歓迎の雰囲気。




 ソファーに腰かけ、ジュースを啜り、差し出されたクッキーを食べる。結婚の話をしに来たと言うより、友人の家に遊びに来た雰囲気。直志としてはこれで良いが、サラとしては結婚の話に進み辛くて困っている。


「ねぇねぇ、本当に料理が得意なの?」

「得意と言う程ではないですよ。ちょっと、普通の男性よりは上手い程度で……」

「ふ~ん、じゃあ作ってくれない? 冷蔵庫の中身好きに使って良いから」


 急展開に、サラは頬を膨らませる。


「お母さん! 今日は結婚の話をしに来たんだよ!」

「そう固い事言いなさんな。話なら後でも聞けるでしょ? 今は腹ペコなの。ね、良いでしょ?」

「じゃ、じゃあ、ちょっとキッチン借ります……」


 緊張しつつも、キッチンに立つと調子が戻る。冷蔵庫を軽く眺めメニューを決め、次々と調理を進めて行く。軽快な包丁の音、ジュージューと鳴り響く油の音、漂ってくる美味しそうな匂い。待っている面々は腹の音が止まらない。

 30分ほどで5品の料理が完成。テーブルに並んだ在り来たりの料理に、聡は安堵する。話で聞いていた上等な料理が呈されれば、認めざるを得なかったかもしれない。上手い料理に弱い聡にとっては、結婚反対の機運。


「早速頂こうかな………」


 見た目で味を想像して口に運ぶ。


「う、旨過ぎる…」


 想像とのギャップで一気に心を掴まれる。聡は、脇目も振らず幸せそうに平らげて行く。


「ちょっと! 私の分まで食べるつもり!」


 咲菜も競うように食す。すっかり結婚の話をしに来た事を忘れて、黙々と食事に集中する。




 テーブルが綺麗になった頃、ようやく話を出来る機会が訪れた。聡も咲菜も、腹を抱えて満足気。この状態で、どんな反応が返って来るか気になる。


「お父さん、お母さん、直志との結婚を許してください!」


 本来なら、挨拶に来た直志が言うセリフ。「娘さんを私に下さい」と直志本人も一応言うつもりだった、しかし、その隙無くサラが先に言った。断られる為に色々な言い方を考えていたが、無駄に終わった。


「……結婚か………」


 苦い表情の聡。しかし、料理の味を思い出すとついつい表情が綻ぶ。娘との結婚を許したくない。結婚はまだ早い。胸に渦巻く反対意見を、料理の味が強く押し返す。


「良いに決まっているでしょ? サラが決めた事を私には反対出来ない」

「男性拒絶症の所為で、ずっと辛かったもんな。よし! 父さんも、認める!」


 咲菜の意見に賛同する形で、聡も結婚に同意。料理で解決する予想外の展開に、直志は心の中で苦い表情。こんな事なら出来る限り下手糞に作った方が良かった、と、いつもの調子で作ってしまった自分を責める。


「にしても、初めから料理させるつもりだたんだろ?」

「あらら、バレてた? でも、そうでもしないと嫌がっていたでしょ?」

「それは、な…」


 40歳無職である事は知っている。父親として反対の判断は間違っていない。娘の事を思うなら断固拒否すべき。それが料理に阻まれるとは、余程腹に逆らえない性格らしい。


「今は多様性の世の中よ。男が大黒柱じゃなくても、女が家庭を守らなくても、問題無い無い」


 咲菜の先進的な考え方のお陰で、結婚への道を一歩駆け上った。サラは喜び、直志は肩の荷が重くなる。




 サラの両親に気に入られた直志は、その日の夕食もご馳走になる事になった。ただ、その料理を作るのは直志。家族の賑やかな声を聞きながら、一心不乱に調理に集中。時間はどんどん過ぎて行き、あっという間に辺りは真っ暗。すると、何故かサラが動揺し始める。


「ねぇ、お父さん……お兄ちゃんって、今日帰って来る?」

「安心しなさい。今日はクライアントと食事に行く予定だった。しっかり手帳を見て確認している」

「居たら大変だもんね……」


 安心と言われても、安心できないサラ。窓から外を何度も確認しながら、落ち着かない様子でウロウロ。そんな様子を訝しく見ながら、直志は料理を運んでくる。


「出来たら次々運んでくるので、どうぞ先に」


 テーブルに並ぶ、美味しそうな料理の数々。聡は喉を鳴らし、咲菜はさっさと席に着く。


「サラ、食べよう」

「う、うん……」


 気になりつつも、席に着き、直志の料理を口に運ぶ。


「美味しい♪」


 不安を吹き飛ばす最高の味。すっかり不安を忘れ、いつもの笑顔。

 その時……。


「ただいま」


 玄関が開かれ、足音が近づいてくる。サラは激しく動揺、聡はブツブツ戸惑いを口にし、咲菜は飲みかけていた麦茶を吹き出す。

 現れたのは、金髪の幼さの残る男性。


「来客? 聞いてないが…」


 彼は、サラの兄、花守柳(はなもりりゅう)。胸にバッジ輝く、24歳の若手弁護士。若手ながらも辣腕凄まじく、幾つものクライアントを抱える有望株。しかし、信用と同じくらい、危うさも持っている。弁護に成功すればするほど多くの敵を抱え、時折脅迫めいた手紙が届く。


「どうも、こんばんは。霜峰直志です」

「一体何処の誰だ? 夕食時に……」

「実は……」


 直志の口を塞いで、サラが代わりに伝える。


「彼は、えっと……私の……その…」

「ハッキリしろ!」

「結婚相手!」


 柳の顔が引き攣る。


「歳は?」

「40です」

「………仕事は?」

「無職です」


 怒るかと思いきや、「フッフッフッ」と笑みを浮かべる。ゆっくり直志に近づき、指先を胸に押し当てる。


「良い度胸だ」


 指先を離した瞬間、渾身の拳が顔面にヒット。鈍い音が響き渡る。


「貴様なんぞに妹をやるものか! 幾らでも治療費払ってやるから、二度と来るな!」


 重苦しい空気の中、殴られた直志は…。


「ありがとうございます!」


 柳の拳をがっちり握り、嬉しそうにブンブン振り回す。殴られた顔は全くの無傷。癖で、殴られた瞬間、全身を逸らしてダメージを回避していた。


「……ふ、ふざけているのか!」

「い、いえ、そんなつもりはないです。サラを心配しているのが嬉しくて、つい…」


 直志のスタンスは、結婚を踏み止まらせる事。強い反対意見は大賛成。殴られようが、罵られようが、サラの気持ちを変えてくれるなら万々歳。


「その気持ちがあるなら、今直ぐサラと別れろ」

「残念ながら、応じられないです」


 サラの性格をよく知る兄としても、直志への怒りを一旦収め、サラへ説得の矛先を向ける。


「サラ、現実を見ろ! 社会不適合者が齎すのは、後悔と絶望の日々。折角掴み取った栄光をドブに捨てるな!」

「栄光は幸せをくれない。幸せをくれるのは、直志だけ」

「何が幸せだ! そいつの所為でアイドルで居られなくなったら、どうするつもりだ? 金は天から降って来ないぞ!」

「その気になれば何でも出来る!」

「本当に出来るのか? お前がアイドルだった過去は一生付き纏う。在りもしない噂を囁かれ、陰湿な目で見られ、そんな環境に俺は耐えられるとは思えない!」


 手に汗握り、心の中で応援する直志。その熱い視線が向けられるのは、柳。


「直志はもっと辛い日々を耐えて来た。それに比べるなら、その程度なんて事ない」

「40歳無職が? 「働きたくない~」ってだけだろ!」

「直志は働き者だよ。家事全般、完璧に熟すスーパーマン。ほら、これ食べてみてよ」


 サラは、直志が作った料理を指差す。


「こんなもの…………」


 ほんの一口で、その威力を痛感。在り来たりな外見とは裏腹な味に、肥えた舌が悲鳴を上げる。父と同じで、料理に対して並々ならぬ弱さがある。その所為で、否定できない。嫌で堪らない40歳無職でも、この味一つで認めてしまいそうなダメージ。しかしそこは、凄腕の弁護士。耐える。


「だ、誰だって作れる……」


 そう言いながらも、箸を止める事が出来ない。美味しすぎて、怒りとは裏腹に顔が綻んでいる。


「じゃあ、食べないで」


 料理を奪うと、悲しそうに箸を咥える。


「い、要らん! そ、その程度の食い物……」


 未練は止まらない。ユダレが溢れ、チラチラと隠された料理を見てしまう。だが、それでも何とか耐え、本題へ思考をシフトする。


「兎に角、結婚は許さない! 何が何でもだ!」


 すっかり胃袋を掴まれて、凄腕の実力は感じられない。サラにとっては有利な状況に見えるが、表情が硬い。


「そんな事言わずに、認めてよ。直志以外に好きになれる人居ない!」

「まだ19の癖に、アラフォーみたいな事言うな! まだまだ機会はある。相応しい男が現れるまで待て!」

「他に相応しい人なんて居ない! 心置きなく触れ合える人なんて……何処にも」


 サラは後悔した。男性拒絶症を臭わせた事を…。


「成程、そういう事か。それなら分かる。子どもの頃から拒絶症の所為で虐められていたもんな。性格が悪いとか、男子差別とか、何も知らない癖に言いたい放題。友達だったユコちゃんに打ち明けても、嘘吐き呼ばわり。とうとう救いのない日々に疲れて、我慢して耐える事にしたもんな……」

「私は……」

「もう何も言うな。気持ちは痛いほど分かる。我慢しなくて良い相手に出会えれば、そりゃ胸躍るさ。好きと錯覚するのも頷ける。しかしな、やっぱりダメだ。お前を救える相手だったとしても、40歳無職では幸せに出来ない」

「だから……」

「幸せの形は色々ある。この際、一生独身でも良いんじゃないのか? 今時、結婚が絶対ではない。俺がちゃんと面倒見るから、な」


 厳しい言動よりも、同情に満ちた言動の方が厄介。心配している故に怒れず、積もり積もっていく感情を思い通りに吐き出せない。アイドルになる為に迷惑を掛けて来た負い目が余計に言葉を封じる。


「おい、あんた。悪いが、この話は無しだ。迷惑を掛けた件については、後程謝罪する。今日はもう帰ってくれ」


 サラに有無を言わせず、強引に事態収拾に動く。直志としては、願ったり叶ったり。背中の荷を下ろす事が出来る。しかし、胸の奥で「まだ終わっていない」と警鐘が鳴る。


「待ってよ!」


 負い目を感じている場合ではない。今声を上げなければ、永遠に苦しみ続ける。


「私が直志を好きなのは、男性拒絶症の所為じゃない! 心が好きなの! 優しくて傷つきやすい心が!」

「サラ、それは幻想だ。体質に騙されているだけだ」

「違う! 何度も何度も自分の心と向き合ってきた! 兄さんには想像できないくらい沢山!」


 分からず屋の妹相手となれば、甘い顔は見せない。


「仕方ない……」


 柳は、直志の胸倉を掴み睨む。


「40歳無職の裏側を根掘り葉掘り調べ上げ、徹底的に貶めてやる! その感情が幻想と知る十分な証拠を露にしてやる!」


 サラから料理を奪い返し、残りを全部平らげ、リスのように膨らんだ頬でフガフガ言いながら去って行く。直志には何を言っているか分からなかったが、サラには「覚悟しておけ」とハッキリ認識できた。内心怖い。相手は、凄腕の弁護士。もしかしたら、恐ろしい事実が出てくるかもしれな。本当に好きで居られなくなるかもしれない。




 あれから一週間。柳は、事務所に無理を言って休暇を取り、直志の過去を調べ上げていた。幼い頃から今に至るまで、ありとあらゆる事実を掘り起こし、ありとあらゆる過失を探す。しかし、出てくるのは加害より被害。怠惰より過労。欲しい情報は一切無く、見たくも無い生真面目さが目立つ。ただ一つ、弱みになりそうなのは、横領疑惑。しかし、従業員が訴えているだけで、警察が介入した痕跡も、裁判に掛けられた痕跡も無い。これでは、説得できる材料にはならない。


「クッソ……何だこれは? 弁護士の性が刺激される……」


 善良な弁護士故に、弱者に対して攻撃出来ない。寧ろ、弱者を守りたいと思ってしまう。どうやって嫌疑を晴らそうか、手に入れた資料を眺め本来の目的を忘れそうになる。


「こうなったら、意地で反対するしかない……」


 資料を棚の奥にしまい、弁護士の力を一切使わず、己の意志で弾き返す策に移行。説得出来る根拠は何もないが、変に頭を使わない分、正義感に心を惑わされずに済む。




 良い匂い漂う食卓にて、直志は何やら嬉しそうにモリモリご飯をかっ込む。その様子に、豊子は首を傾げる。


「ねぇ、お兄ちゃん……反対されたんだよね?」

「ああ、まぁな」

「じゃあ、何で嬉しそうなの?」

「今日は特売品が上手い事買えて、いつもよりも20円も安く出来たんだ。それで、つい…な」

「お兄ちゃんらしいけど、今はそれどころじゃないでしょ? 何とかして、サラのお兄さんを説得しないと!」

「そうは言っても、あの様子じゃ簡単には行かないぞ。取り入る隙も無い」

「それでも何とかしないと! このままじゃサラちゃん可哀想だよ……」


 直志としては、上手く行ってもらっては困る。しかし、サラが可哀想と言われてると、何とも居心地が悪い。何とかソフトランディング出来ないか思考を巡らせる。

 タイミングよく、家の電話が鳴り出す。


「誰だろう…?」


 豊子が出ると、相手はサラ。


「もしもし、霜峰です…」

「豊子?」

「サラちゃん、どうしたの?」

「直志、居る?」

「う、うん……」

「だったら伝えて。今から私のアパートに来てって」

「こんな時間に?」

「急いでね」


 一方的に電話が切られる。


「お兄ちゃん、サラちゃんがアパートに来てって……」

「え?」




 22時34分。急ぎに急いでサラのアパートに到着。セキュリティー厳重な門扉の前で、おじさん臭漂う格好で右往左往。すれ違った住民に白い目で見られる。通報されないか心配していると、サラが私服姿で現れる。


「遅いよ~」


 サラの到着で周りの目が優しくなる。どうやら、親戚の叔父さんと思っている様子。年齢差を考えれば、そう思われても仕方ない。この場合、そう思われている方が都合が良い。


「早く早く。皆待って居るよ」

「皆?」


 部屋の扉を開けると、玄関先にハイヒールが沢山並んでいる。奥からは賑やかな声が聞こえる。


「誰が来ているんだ?」

「事務所の先輩」

「大丈夫なのか? 俺が来ても?」

「うん。皆事情知っているから」


 サラに引っ張られ奥へ向かうと、テレビで見た事のあるタレントや女優がワインや缶ビールで世間話に花を咲かせている。テーブルにはスルメやチーズなどのつまみがあるが、あまり食べている様子が無い。


「来た来た! 早く何か作ってよ」

「サラ自慢の彼氏の腕前、見せて貰おうかしら」

「ごめんね。皆に話したら食べたいって……」

「別に良いけど、口に合うかな…?」


 緊急事態ではなかったと安堵。軽く会釈して、早速キッチンに向かう。有名アイドルが暮らすアパートだけあって、キッチンの設備は充実している。しかし、それ故に直志には扱い方が分からない。


「なぁサラ、悪いけど使い方教えて貰えないか? 初めてで何が何だか…」

「……ごめん、私も分からない」


 綺麗に掃除してあると思ったら、使っていないだけだった。これでは熱を入れない料理しかできない。冷蔵庫を確認してみるが、どれも過熱が必要な素材ばかり。困り果てていると、物静かな女性が後ろから声を掛ける。


「あの、もしよかったら私が教えますけど…」

「お願いしても良いかな? 助かる」


 有名な面々の中で、この女性だけが見覚えが無い。知らないだけの可能性もあるが、有名人らしくない質素な雰囲気が漂っている。


「名前は?」

白滝詩織(しらたきしおり)です」

「俺は、霜峰直志。よろしく」


 教えて貰いながら、最新機器を駆使して料理を作っていく。いつもの手間が数行程省かれ、完成までの時間がかなり早くなる。空腹の胃袋からのオーダーを手早く熟し、美味しいの感想に応じる余裕が出来る。隣の質問にも答えられる。


「あの……どうしてサラちゃんとの結婚を決めたんですか?」

「決めたって言うより、決めざるを得なかったって感じかな。一生懸命考えて出した答えに心打たれて、自分の立場を考えずに認めてしまった」

「愛していないのですか?」

「……分からない。気になってはいるが、それ以上に今後の事を考えると憂鬱になる。それは果たして、愛故なのか? ただ単に厄介に思っているだけなのか?」


 サラの結婚の障害にならない相手と思い、聞かれた事全部に素直に答えて行く。サラが聞いたら眉を顰めそうな内容に、聞いている女性は、騒いでいるサラの様子をチラチラ確認している。


「……愛だと思います。そうじゃなかったら、きっとここまで付き合っていない筈です」

「実感が無いな。そんな風に相手を見た事が無いから…」

「その内実感できます。サラちゃんが相手なら…」


 含みのある言い方に、悲哀を感じる。


「何か辛い事があったのか?」

「……とある方と結婚する筈だったのですが、父に反対され、別れる事に……。私は、反対されても結婚したかった。でも、彼の方が臆してしまって……」

「本当に臆したのか? 詩織さんの事を想って仕方なく身を引いた…とか?」

「……分かりません。聞きたくても、会えなくて…」


 サラがニヤニヤ笑いながら近づいてくる。


「ねぇ直志、詩織ちゃんって兄さんの婚約者だったんだよ」

「え!」


 衝撃の事実よりも、優秀な弁護士が反対に屈した事に驚く。


「サラ、本当に反対に柳は臆したのか?」

「あの性格だよ。普通なら法律を持ち出して論破していたと思う」

「何か事情があったって事か…」


 事情が気になるが、それよりもサラの笑みに戦慄。


「サラ……何企んでいるんだ?」

「えへへ、正攻法がダメなら搦め手でってね」


 不吉さ漂う気配に、直志は胸のざわめきを抑えられない。

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