森の終わりで
キャンディーを手にして暫くまた枝をかき分けていたが、幸いなことに森の終わりは思ったより近かった。途中走っていたので勢いがあり、枝という支えをつかみ損ねた体はつんのめり、地面へダイブ。
「うぇっ!? ひゃあぁあああ!!! …………いったぁ」
体を起こして、膝小僧をさする。長めのスカートのおかげで擦りむいていないが、打ったせいでジンジンする。スカートはちょっとした砂汚れで済んだみたいだ。
>よかった。叩けば落ちるね。お洋服汚したら、お母様、怖いもん
「………どんくさ」
失礼な声に、キッと睨み上げると、同じくらいの年に見える黒いメッシュの入った銀髪紫目の少年。服装は、短パンに肩掛け毛布一枚。左頬にハート、左腕には下からダイヤ、スペード、クローバー、ハートの鮮やかな入れ墨。
>変な恰好が流行なのかな?
「初めて会うのに、その言葉は失礼だよ! あなたは誰?」
「うざ。先に名乗るのが、礼儀なんじゃないの? 頭悪そっ」
「頭悪くも、どんくさくもないっ!! 礼儀も知ってる! アビーだよっ! あっ、なっ、たっ、はっ!」
カチンときたあたしは声量大でまくし立てる。少年はうるさそうに耳を手で押さえるも、一応答える。
「うっさいな。分かったって。ルカだよ」
斜に構えてる感じのルカは、仏頂面のまま見下ろしてくる。ルカの方がちょっとだけ背が高いのだ。あたしはさっきのことでずっとムカムカしている気持ちを膨らました頬に表して、頑張って背伸びしていると、急にどこからか口笛が聞こえてくる。
ルカがハッとした様子で的確に口笛のする方向を振り向く。
「……兄さんが呼んでる」
「お兄さん?」
あたしの声にルカが腕を上に振り上げる。途端に視界がエプロンとスカートの水色になる。何が起きたか分からずに、目を真ん丸にする。視界が元に戻ると、いつの間にやらあたしより少し離れたところにいたルカが、少し振り返った姿勢で舌をべーっとさせていた。
「じゃーな。黒縞パンツ」
「ッ!? ひゃぁぁあ!? って、し、下着じゃない! これはドロワーズだっ!!」
ルカの言葉で状況を理解して、かぁっと顔を赤くして声を張り上げる。
>ルカ、嫌い!!
むしゃくしゃして、出っ張った枝を思い切り蹴っ飛ばそうとしたとき。
「んー?」
森から出たところにかわいい足跡。縦に長い、この形は、きっとウサギさんだ。
「そーだ。早く見つけて、帰らないと!」
慌てて、足跡を追って走り出す。
とうとう息が切れてきた頃。石だらけで、道のように長く、浅い谷のようにへこんでいる場所に差し掛かった。そこの一番低いところに、ウサギさんが。
「やっと、追いつ、いたー。はぁー~~」
てってーっと、下まで降りたらもう、ウサギさんは谷の中腹まで登っていた。
あたしもできる限りスカートを汚さないように気を付けながら中腹まで上り、ウサギさんが登り終えた時。
ザァーーーーーーっと、不穏な音が。嫌な予感がしつつ見てみると、大量の水が勢いよく流れてくる。
「うそでしょ!?」
どうやらここは広い人の道ではなく、水の道、川だったらしい。大急ぎで登り切ろうと手をより高いところに伸ばす。同時に、頭から落下し始める。要因は二つ。慌てていたことと、無理に高いところを掴んだせいでうまく掴み続けられなかったことだ。
悲鳴を上げる間もなく、水にさらわれる。
「ごぼっ、ぷはっ、んぐっふ」
運動が得意である自負があるが、泳ぎは上手いとは言えないあたしは何とか頭を水面に出したり、水が背丈を越したりとパニック状態だ。
何回目かのもぐらたたきのモグラ状態の時のこと。
「っぷわぁ、っは、ツタだ!」
どうにかツタに近づきしがみついて、陸に這い上がる。息を整えている間に、水は跡形もなく川から消え失せていた。不思議に思って、見下ろすけれどさっき登っていた石だらけ状態だ。一応、向かい岸に来たことは分かり、気付くと、服も濡れてない。なのに、水に体温を奪われる感覚だけはある。反則だ。
「うひ、寒いなー」
川から目を離し、あたりを見回す。すると、ごつごつした岩の上にシルクのようなものが見える。
よじ登って触れてみると、温かい。むくもりが嬉しくて、ジャンプして抱きつくと肌触りも最高。
「気持ちいい~~。…………ふぁぁああ」
あまりの気持ちよさにあくびを一つした瞬間。バコンっと、とてつもない音と勢いでついさっきよじ登った岩のもう一枚が覆い被さってきたのだった。
▼▼▼
「報告は以上です。陛下」
「…………くくっ。報告に免じて、勤務中の怠慢については不問に付すとしよう。よかったな? No.927」
薄暗い雰囲気の玉座の間。ここは、ワンダーランドのハートクイーン城。そこで、久々に笑声を上げるキングが、膝まづくメンツを見下ろす。や否や、その目に背筋も凍るとしか表現できない、殺気をまとった冷酷かつ、残忍な光が瞳に帯びる。
「二度目はないと思え。よいな?」
「「「「「「「「「「YES, YOUR MAJESTY.」」」」」」」」」」
その目と声の圧に、膝ま付く彼らは、先程よりもより深くひれ伏す。
あまりの眼光の鋭さに、何人かの首が、キングの手中の刀身の長い直剣《斬首剣》によって飛ぶことを彼らが覚悟した刹那。
「下がれ」
キングが退室の命を出す。
彼らがそそくさと退室していく中、キングは珍しく独言を漏らす。
「…………真、人間は愚かで、強欲だな」