日常の終わり
お昼下がり。お屋敷が遠くに見える木陰。お母様の本を読む声。難しい本の内容のせいで瞼が下がってくる。
「ふぁー~~~あ」
「アビゲイル。真面目に、勉強しなさい」
「ふあーーーい」
「まったく。アビーっ!」
あたしのあくびにお母様が怒る。それで、ちょっとだけ目が覚める。いつもの日常だ。
でも今日は、いつもと違うことが起こった。
「………ウサギさん?」
森の方に服を着たウサギのぬいぐるみが走っている。これで気にならない十歳児がいるだろうか、いやいない!
「ま、まって!」
思わず立ち上がり、追いかける。その時のあたしには、もうあたしの背中を追いかけるお母様の声は耳に入っていなかった。
「……バイバイ。アビー」
ウサギはあたしを置いてどんどんと森の奥の方へと進む。もうすぐで屋敷も見えなくなるという所で、小さな洞窟の入口のような穴がぽっかりと口を開けていた。ウサギは迷わず、その中へ飛び込む。
「う゛~~わ゛~~」
あたしは入り口から中を覗き込んで、足を止める。入れないわけではないが、覗き込んでも内部が見えない暗闇に足がすくんでしまう。それなりに大きい長い穴なのか果てが見えないのだ。その黒の中にウサギの白だけはくっきり見える。
>ウサギさんに追いついたら、すぐに引き返せばダイジョブ、だよね?
「よしっ!」
ウサギを追って穴に入り、ひとしきり全力で走っているが追いつく気配がない。一旦引き返そうかと思い始めた頃、唐突に穴の終わりが見えた。何だか薄暗い気がする。ウサギを追いかけている間に日が落ちたのだろうかと、歩を速めて穴から出る。
「わぁ! なんか、変なところだなぁ」
本当に変なところだった。家の敷地とつながっているここが何処なのかなんて、意識に上がらないほどに。
空は夜なのに、足元はくっきり見える。光源があった方が良いかもしれないが、なくても支障ない。ウサギは、やはり真っ直ぐに奥に向かっていく。
家の方も夜なら、帰らなければならない。だけどここまで来たら、ちょっとだけここを見ても良いのではという、よこしまな考えが浮かんでくる。子供の好奇心とは、本当に恐ろしい。
「もうちょっと、ちょっとだけ」
一瞬止めていた足を再び動かす。しかし、奥に行くにつれ増えていく木々の枝のせいで、ウサギとの差は広がっていくばかりだ。
「待ってよ! 待ってったら!」
懸命に枝をかき分けていた時だった。一本固すぎてびくともしない枝が。
「ふぅぅう゛~~ぐぬ」
何とかどけようと、押したり引いたりしていると、突然少し上から声がした。
「…………誰だよ。まだ休憩時間だっつーの」
びっくりして上を見ると、人が横になっている。その声の主が、体を起こす。今気が付いたが、気付いていない者には、光が当たらないらしい。
器用に枝の上で寝ていた男性は、変な格好をしている。下半身はいいとして、上半身はビブスのようなもの一枚だし、顔には涙模様がアクセントの仮面をしているのだ。とどめに首のたくさんの縫い目。
「………変質者?」
「人の武器で遊んどいて、第一声がそれ?」
「あっ、これ、変質者さんのだったのか」
「……失礼なガキ…………ん? お前…………ウォンドランディー家の?」
変質者さんのスペードの形の武器を突いていると、何故かあたしの家名が出てくる。誘拐されるという発想はなく、ついでに警戒心もなかったあたしは答える。。変質者さんの名前は?
「うん、そだよ。ウォンドランディー家のアビゲイル、アビーだよ」
「それならそうと、早く言ってくれよ。ようやく来たか、待ってたぜ。ようこそ、アビー。ワンダーランドへ」
謎の歓迎を受け、ポカンとしていると、変質者さんはジーっとあたしを見て、何やらぼそぼそと呟く。
「………色以外は似てねーな。頭ワルそーなの来たなー」
「む、今悪口言ったね、変質者さん! そういえばそこで何してたの?」
「見てわかるだろ? キャンディー休憩さ」
キャンディーを持ち上げつつ、そう言うと、ポケットからもう一つ出す。
「アビーもいる? 貴重な嗜好品だ、感謝しろよな?」
「わぁ、もらう! 変質者さん、名前は何ていうの?」
「No.927だ。書いてあるだろ?」
今度はビブスの模様を指して言う。確かに、927の数字がハートのモチーフの模様になっている。
「じゃ、ナーさんって呼ぶね。キャンディー、ありがと! ナーさん!」
お礼を忘れずに、キャンディーに手を伸ばす。まだ、おやつを食べていなかったせいか、物凄くおいしそうに見える。
もう少しで手が届くという時だった。視界の端で青い光が見えた気がした。そのまま、そっちの方に焦点を当てると、女の子がこっちを見ている。
年は同じくらい。髪は一緒でくせ毛の金髪だ。持っているランプとフードが個性的だ。同い年の子に会う機会がないこととかわいい顔立ちが相まって見とれてしまう。
「ね、ナーさん、あの子知ってー…うぇぇっ!?」
質問しつつ、ナーさんの方を向くと忽然と姿を消している。もう一度、女の子の方を見てみるとあちらもいない。キツネにつままれた気分で再度、ナーさんがいた方を見ると、目の前の枝にキャンディーが置いてある。さっきまでなかったのに。
唯一の人がいた気配に手を伸ばし、ポケットに突っ込むと、来た道を振り返る。もう道が分からない。
ごくりと唾を飲み込んで好奇心の衝動に任せ、ウサギが行った道を、ワンダーランドを駆け始めた。
お気づきだと思いますが、所々某アニメに似ていると思いますが、大丈夫です!
なはずです。。。続きも読んでいただければ、分かると思います。
著作権についても軽く調べてあります。ご安心ください。
読んで下さりありがとうございます。ハラミ