第8話
「ウソ。なんで鳴るの? アップルさんの電話番号、知らないのに。携帯に番号登録してないのに、アップルさんの表示が出るの?」
華雅里は、一瞬恐怖した。実は、アップルは死んでいて、知らずにあの世とメールして、ついにあの世から電話を受けてしまったという、心霊現象だと思ったのである。
「怖い。きもい……」
しかし、それでもアップルの事を知りたい。ずっとコールしたままでは、いずれ携帯の電池はなくなってしまう。
華雅里は、恐る恐る通話ボタンを押した。
「はい」
とりあえず、返事だけしてみた。
「初めまして。アップルです。実のところ、久し振りっていうのが、私の思いですが」
相手はアップルだった。低音の男性の声だ。驚くことに、電話のアップルの言語は日本語だった。
「初めまして。ミサキです」
挨拶を交わしたあと、華雅里は、思わぬ行動に出た。きもいに対しての恐怖が、怖いもの見たさ知りたさに変ったのである。
「なんで、どうして、電話番号を知ってるの?」
怒涛の如く華雅里の口から迸る質問に、アップルは嬉しそうに答えた。
「正確に答えるなら、君が私に電話番号を教える事になるんだ。華雅里という名前もね」
電話向こうのアップルの声は笑っていた。
「やだー。なんで名前まで知ってるの?」
既に答えを聞いているのに、その答えに対しての質問をしてしまう。これは華雅里だけでなく、年齢を問わず女性特有の反応である。
アップルは、ゆっくりめの口調で華雅里に話した。
「いつの日か、未来の君が、私に電話番号を教える事になるんだ。未来と過去の時波の影響を受けてね。今の私と君のように、繋がる事になる。そして君は、君の命に関わる重要な人物を助ける事になる。携帯電話を使ってね」
「私の命に関わる重要な人物って、誰よ? 私は、殺されそうになるの?」
言ってから、華雅里は今自分が渋谷駅構内にいる事に気付いて、周囲を見回した。幸い誰も華雅里の『殺され』言葉は聞いていなかったようで、行き交う人々は、華雅里を見る事もなく通り過ぎて行く。
アップルは、華雅里の反応を楽しんでいるようで、笑い口調で今後についての説明を始めた。
「いや。殺されるような事態にはならない。むしろ、君がいろいろと助けていくんだ。最初に助ける事になるのが、この私だ。今メール交換をしているアップルは、過去の私。まだ日本の事を知らない過去の私なんだよ。知らない言葉も多い。呆れずに話し相手になってくれるとありがたい。それと、これから話す事を信じて欲しい。時波が不安定なので、未来の全てを君に伝えられるかは分からないが……」
その後のアップルの話は、驚く内容だった。
華雅里は、なぜアップルとメールをする事になったのか、アップルの話を聞いてやっと理解した。
「ある意味、私は勇者なのね。でも、旅も無く、戦いも無く、恋も無い。っていうか、これって失恋じゃない。アップルさんの正体だけは、知りたくなかったよ。なんでアップルさんを好きになってしまったのかなー。煌く初恋だと思ったのに。もう自己嫌悪だよ」
通話が終わった華雅里は、携帯電話を持った手を下ろすと、首をうな垂れた。
初めての恋と失恋。だが、別れを告げられた訳でもない、アップルに恋愛相手がいた訳でもないのに、いきなりの失恋。
失恋をしても、アップルを恨む気にはなれない。アップルを嫌いにもなれない。ただただ自己嫌悪に陥るだけ。笑える程度の軽めの自己嫌悪に。
それは、下校途中の十七時頃の事であった。