第1話
東京都渋谷区。
渋谷駅の周辺は、狭い区画の中にペンシルビルといわれる雑居ビルが立ち並び、昼夜を問わず狭いビルとビルの谷間を人々が往来している。
今、十月になろうとしている。
まだ蒸し暑さが残っているが、渋谷駅の西にあるマークシティの長い通路の中は、エアコンの風が緩やかに流れ込んでいて幾分涼しい。
斉藤華雅里。高校一年生。髪は染めていない天然の日本人色。毎日念入りに整えている柳眉が見えるように前髪があり、月に一回通っている美容室でセットしている肘辺りまでの長いストレートが綺麗な女の子だった。
彼女は、マークシティ一階の長い通路の途中の壁にもたれていた。セイラー服を着た彼女は、中身が入っていない黒い学生カバンを座布団代わりに床に置いて、その上に尻を落として座り込んでいた。
時刻は、十七時を過ぎたくらい。
華雅里の手には携帯電話があり、華雅里は一心不乱に両手でボタンを押している。どうやら携帯電話でメール通信を行っているようだ。
携帯電話の機能は、需要が伸びた事もあって著しく発達した。
個人情報保護法はいろいろと改正され、昔一部の人々が使っていたハンドルネームは、華雅里が暮らす時代では、サブネームとして年齢を問わず誰もが取得し、ネット環境内ならどこでも使用していい事になっていた。
華雅里がメールをしている相手は、どこの誰なのかは分からない。
華雅里は、今流行の交流サイト、オーシャンを利用している一人。
現在のメールアドレスは、プライベートのものとオープンで使用するものと分かれている。
プライベートメールアドレスは、気付いているかもしれないが、個人を特定できるもので、仕事など重要な場面で使用する事が多い。
オープンメールアドレスは、個人を特定する事はできないので、多人数参加型のサイトで使用する場合が多かった。
華雅里は、オーシャンにプログを掲載していた。当然オープンメールアドレスもブログ内に設置されており、時々ではあるが、ブログを読んだ人々からのコメントがメールとして携帯電話に届くようになっていた。