第1話 春斗の価値
その日、風間春斗は大きな事件に巻き込まれる。
受験シーズンもいよいよ大詰め、肌に当たる風が夏の終わりを感じさせる10月下旬。
彼、風間春斗は大学受験を控える高校三年生。志だけ高い彼は、実力に見合わない理系の中堅大学を第一志望に今しがた、摸試を受けてきたばかりだ。
日曜の昼下がりとあってか、ここ池袋はとりわけ人が多い。
重い腰をあげ、摸試会場をあとにした彼にとって雲一つない空と、照り付ける太陽、10月下旬にしては妙にあたたかい空気は嫌味にすら感じてならなかった。
摸試会場から歩いて十数分、見えてきたのは池袋を代表するサンシャインシティの入り口、三本のエスカレーター前だ。エスカレーターの上に垂れ下がっている広告には一年を通して『セール』という見出しがあるものだから、そのうち赤字倒産するのではないかと益体のない事を考えてしまう。
特別、春斗はここに用事があってきたわけじゃない。否、昼食を取りにきた。しかし、それは口実に過ぎず実際は単なる現実逃避だ。摸試の結果が散々で家に帰るのが嫌になった、一種の不良少年に似た感覚だ。
一階、噴水広場近くの椅子に重い腰を下ろすと、誰を待つわけでもなくただ茫然とそこに座った。誰にも会いたくない。もし偶然友達に出会ったら怖い。でも誰かに見つけてほしい。人間でも、それ以外でも。
「結局、何やってもうまくいかないんだ俺は・・・・・・」
思考がネガティブな方向に流れて行ってしまう。そこから負の連鎖に陥ってしまうのは春斗も経験済みだ。
しかし、今の彼にとってそんなことはどうでもいい。約2か月後には大学入試が控えているのに、この調子だと多分、行きたい進路先には行けないまま終わる。彼も薄々そう感じ始めている。
「昼飯でも食って帰ろう」
なんだかんだもう、午後3時を過ぎた辺り。ランチタイムはとっくに過ぎ、普段混んでいるような人気店でも大して並ばずに入れるだろう。
椅子から思い腰を上げ、忘れ物がないか確認した春斗は早速、館内マップのある方へと足を進めた。
次の瞬間、女の人の甲高い叫び声が館内を包み込んだ。さっきまで歩いていた人たちはもれなくその足を止めた。もちろんそれは例外なく春斗も。
数秒、凍り付いたように静まり返った館内だが、どこからか次々と叫び声が聞こえてきた。男の人、女の人、更には子供の悲鳴と鳴き声まで。
何事かと、ただ茫然と立ちすくんでいると、池袋方面入り口からたくさんの人が何かから逃げるようにこちらへと走ってきた。
何が何だか理解できない春斗は周りの人たちと同じようにバスターミナル方面へと走った。
「パーン」
銃声のような音が、ちょうど走り出した春斗達の鼓膜を刺激する。
一発の銃声を皮切りに複数の方向から自動小銃を撃つ音がしてきた。大衆に紛れ、必死に逃げる春斗だが、不意に何かにつまずき、転んだ。
「――――――」
死体だ。
春斗自身それが死体と認識するまでそう時間はかからなかった。うつ伏せで倒れているそれから流れ出る温かい液体を全身に浴びた春斗は恐怖のあまり立てなくなってしまった。
眼前、無数の死体と銃を構えて撃つ特殊部隊風の集団、混乱して逃げまわる人々。乾いた銃声が無慈悲に命を奪う。一発一発が逃げる人々を的確に貫く。それはまさに地獄だ。一体、何人死んだのだろう。鉄臭さと硝煙の匂いが鼻の奥を刺激する。
「立て」
気づけば銃声は止み、目の前には特殊部隊のような格好をした人物が複数人いた。従わなければ殺されるかもしれない。春斗は軽く頷き、腰に銃を突き付けられながら立ち上がった。
両手を頭の上に乗せ、腰に銃を突き付けられながら歩いた。ねっとりとした血だまりを踏み、横たわった沢山の死体を踏み分けながら歩いた。
地下1階噴水広場ステージ前まで来ると、たくさんの人たちがステージ上に座らされてるのが目に留まった。