プロローグ
「次のニュースです。先日爆発したサンシャイン60は死傷者が1万に上るとみられ、いまだ行方不明者の捜索に日夜自衛隊の捜索活動が続いています」
「おにい、生きてるかな」
一人の男が物憂げな表情でつぶやいた。
それもそのはず、彼の兄は昨日から連絡が取れず、いまだにその行方が分からないのだ。確かにわかっているのは昨日、彼の兄は池袋に行っていたくらいで。
「レオン!早く準備しなさい」
「待って、今行く」
男は悲惨な状態で今もなおテレビに映されているサンシャインビルを後に準備を進めた。とはいえ、特に持っていく物などなく、靴下を履くだけだ。今から行くのは池袋南公園に臨時で設置された死体安置所なのだから。
「レオン」
声がした。よく知っている声だ。懐かしいようでどこか年を重ねたような声で。
「誰?」
男は問いかけた。
「よく聞け。これから起こる事はすべて『現実』だ。つらい思いをたくさんする。だけど目を背けるな。前を向け。俺を、、、」
その声は途中で潰え、遠く響いた。
「早くしなさい!」
血相を変えた母親が怒鳴る。
「い、今行く!」
男は謎の声にかまっている時間はなかった。靴下を履き、つけっぱなしのテレビを背に玄関へと走った。
池袋駅には電車で10分とかからない位置にあり、池袋南公園には池袋駅から徒歩5分とかからない位置にある。しかし、この日は違った。ただでさえ朝の池袋は人でごった返すのに、今日はたくさんの被害者家族と思われる人々であふれていた。電車も遅延しており、池袋駅には結局、1時間以上もかかった。
地下の駅を抜け、池袋東口につくとそこは異様な光景だった。一般車は公道を走っておらず、店は閉まり、目に映るのはたくさんの人々と自衛隊、警察、青い服を着た医者と思われる人。走る車もそれに準ずる車両のみで緊迫した雰囲気だった。サイレンが鳴り響き、拡声器を持った警察が交通整理を行い、空にはたくさんのヘリが飛んでいる。まさに異様な光景だ。
「母さん、生きてるよね」
男はつぶやく。
「当り前じゃない!だってあの子は昨日模試を受けに行っただけなんだから!」
母親は怒った口調で、でも不安そうな、自信のない口調でそう答えた。その姿から男は余裕のない立ち振る舞いに見えた。
人々が動き始めて何時間たったことだろうか、ようやく池袋南公園についた。公園につくと、区役所員であろう女性に男の母親は詰め寄る。
「風間春斗!高校3年で池袋高校に通っている私の息子はいないかしら!」
「ええっと、少々お待ちください」
焦るように女性はパソコンに何かを打ち込み始めた。
「こちらには名前がないみたいです。もしかしたら最寄りの病院か、、、まだ見つかっていないかかと思います」
一拍おいて女性は答えた。
「わかりました。他をあたります」
男の母親は安堵の表情か、不安の表情か、ともかく多少の落ち着きを見せ、その女性に一礼をした。しかし男は違った。池袋に来てから悪寒が止まらなかった。何かが体に入り込むような、むしばむような悪寒が止まらなかった。
「レオン、どうしたの?」
母親が男に聞くと、男は首を横に振り
「何でもないよ母さん。ちょっと人ごみにやられたのかな」
「あらそう?でもあなたは先に帰りなさい。きっと春斗は病院にいると思うから、母さん迎えに行ってくる。カギは持っているわよね?」
「うん、そうするよ」
母親は何かを察してくれたのだろう。レオンの顔色を見て帰宅を促した。実際、男に熱や疾患などはない。ただ、今すぐにでも寝たいと思う倦怠感や疲労感がどこからともなくあふれていた。
そうして間もなく、男は一人帰路についた。強い倦怠感とともに人ごみをかき分け、東武東上線下り列車に乗った。このころにはもう遅延や人の往来もいつもの比ではないが、多少は落ち着いていたこともあって、家には40分程度でついた。
「ここで速報です。サンシャインビルの事故で警視庁は事故から事件に捜査を切り替え、、、」
家の扉を開けると、つけっぱなしにしていたテレビがリビングのほうから聞こえてくる。やっている内容は行くときも観たような、番組が変わってまた同じ放送をしているような、男は服を脱ぎ、自分の部屋に戻ろうとしたが、テレビから目が離せなかった。
「今回の事件の容疑者は風間春斗容疑者とみられ、警視庁は事件の大きさから未成年であるものの、風間春斗容疑者を国際指名手配するとのことです」
そこには自分の兄の姿が映し出されていた。
だが、男は嬉しかった。自分の兄が生きていて。それにきっと何かの間違いだろうとも同時に思っていた。
テレビの音を遮るように男のスマホが鳴った。母からだ。
「もしもし」
「レオン!あなた今どこにいるの?」
「家だけど。それより母さん!お兄がテレビに!!!」
「みたのね。お母さんいま池袋警察署にいてね、これから家に帰るんだけど、春斗の部屋には入らないでね。家宅捜索?するみたいだから。とにかくおとなしくしてて」
「わ、分かった」
男がそう言い切ったところで電話は途端に切れた。




