第5話「なんで?」
突然、大本命の質問が来た。狭山に緊張が走る。
しかし頭は冷静だった。厳格そうに見える義徳から視線をそらさず、狭山脳みそをフル回転させる。今日になるまで、その質問の答えは考えてきていた。鹿島と共に考えた、どんな面接官をも唸らせる言葉の羅列だ。
恐れることなく、狭山は口を開く。
「それは」
言いかけて、止まった。
なぜ。ここはハキハキと答えるべきだ。さきほど「両親は今いない」という布石を打ったではないか。あとはそれを利用して、もっともらしい理由を述べればいい。完璧な、理想的な試合運びだ。
なのに。
「それは」
再びそこで止まった。聞こえのいい言葉を、言えそうになかった。
義徳の瞳が、真っ直ぐ狭山を射抜いていたからだ。
座っていても背筋を伸ばし、威風堂々としている佇まい。確かな威圧感が狭山を包み込んでいる。
"見透かされている"。狭山はそう感じた。直感だが、このままペラペラと喋ってはいけないと肌で感じた。
じゃあどうするんだ。「ソシャゲの課金のためにアルバイトします」などと馬鹿正直に言ってしまうのか。受かるわけがない。ただでさえ時給が高いのだ。不真面目な理由など語るだけ時間の無駄である。
「金欠で」
気づいたら、震える唇から言葉が溢れ落ちていた。
「金欠?」
義徳が首を傾げる。こうなりゃやけだ。狭山は下唇を一度噛んだ。
「その、ゲームでお金を使ってしまって。両親からの小遣いは家賃を払った時の差額分くらいしかないんです。食費は決められているので自分のお金として使うこともできないんです」
膝の上に乗せた拳が震えていた。
「そ、それなら食費とか光熱費とかを減らす工夫をして、浮いたお金を使えって話ですよね」
あはは、と乾いた笑い声をあげる。義徳は頷くだけで何も言わない。
ただただ、真剣に聞いてくれていた。
「高校生ならば、ゲームもそうですが、ご学友との遊び。さらにお酒落に目覚める年頃でもあります。資金の消費は激しいでしょう」
「……」
自分はそうではないが、と言おうとした。しかし義徳にはバレているような気がした。
義徳は、すんと鼻を鳴らす。
「ゲームですか。お恥ずかしい話、私、そういった類には疎いのです。お嬢様からお話を聞いた時も何が何やら。狭山様もソーシャルゲームに情熱を注ぎ込んでおられるのですか?」
「じょ、情熱ってほどじゃないですよ。ただまぁ、今一番、ハマっていることかなぁってだけで」
歯切れの悪い回答だと自分でも思う。義徳は頷きを返した。
「なるほど。とりあえず自分の遊ぶお金が欲しい。これが理由でよろしいでしょうか」
「……あともう一つ理由が」
「聞きましょう」
「憧れているような、そうでもないような。けど教室だと目立っているあの人に、近づきたいなと思って」
「ふむ? と言いますと」
「自分はクラスだと底辺で、何事も人並み以上のことができなくて。お金を稼ぐことなら人並みに稼げるかなぁ、って。自分に足りないものとかもっと学べるかなぁって思って」
なんだこの頭の悪い喋り方と回答は。自分でもふざけていると思ってしまう。
それでも相手は、真撃に話を聞いてくれている。馬鹿にすることなく、ただ、静かに頷きを返した。
「……不足を知りたがる人間は、すでに足る者です」
「へ?」
「いえ。何でもありませんよ」
義徳が微笑む。
「立派ですよ、狭山様。よく逃げずに、真剣に、正直に答えてくださいました。素晴らしいです」
「あ、ありがとうございます」
かすれるような声で礼を言うと、相手はスクッと立ち上がった。
「では、本日の面接はこれで終わりです」
「え!?」
「合否結果はお電話にて、ご連絡させていただきます」
「え、あ、は、はい」
「早ければ今日中。遅くとも明日の昼までにはご連絡いたしますので、ご安心ください」
義徳は頭を下げた。
「それでは狭山様。本日はありがとうございました」
突然の面接終了宣告に、狭山は目を見開いたまま、
「……はあ」
と言って、頷くしかなかった。
⭐︎⭐︎⭐︎
『落ちたわ』
狭山は鹿島にメッセージを飛ばした。すぐに返事がくる。
『確定ですか?』
『いや、多分だけど』
『結果がまだわかってないじゃないですか』
自宅に戻った時には夕方になっていた。まだ合否連絡は来ていない。
だがなんとなく落ちたことはわかっていた。あんな不真面目な受け答えをして、雇ってくれるわけがない。最後まで優しい態度を崩さなかった義徳に申し訳なさしかなかった。
『とりあえず面接はどんな感じでしたか?』
狭山は質問に答えようとスマートフォンの画面に指を滑らせていた。
その時、画面が一瞬暗くなり、次いで電話番号が表示され激しく震えだした。見覚えのない番号だと思ったが、合否連絡だと直感で感じ取った。
「も、もしもし!!」
慌てて通話に出る。通話先から義徳の声が聞こえてくると狭山は思っていた。
しかし、聞こえてきたのは。
『もしもし。狭山、くん?』
耳が凍り付くような、冷たい声だった。
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