第4話「自由な服装で来ていい場所じゃない」
執事アルバイトを行う決意を固めた狭山は、その日は授業にまったく集中できなかった。いや、いつも通りではある。
学校が終わるや否や、狭山は帰宅部特有のなりふり構わない動きで校舎を出た。そして、マンションの10階にある自宅に帰ると、自室にこもりノートパソコンを起動した。いつもならすぐ動画サイトを開いているところだが、今回は鹿島が見ていたアルバイト募集サイトをいの一番に開く。
目的の執事アルバイトはすぐに見つかった。狭山は素早く名前や生年月日などの登録を済ませると、募集要項に目を通した。
「未経験者歓迎、面接あり」
面接希望日のカレンダーを見ると、バツ印が多くつけられていた。今月空いているのは今週の土曜日か、来週の水曜日と金曜日だけ。平日は学校があるためいけない。狭山は土曜日の日付をクリックし、時間帯を指定した。ちょうど空いていた午前11時を指定する。あとはメールの返信が来るのを待つだけとなった。
なかなかの行動力だと自画自賛してしまう。初めてのアルバイトなのに、不思議と緊張していない。
即行動できた理由はわからない。考えてみても、脳裏に浮かぶのは、神白の姿だけだった。
☆☆☆
面接会場となる建物の名前は「朱雀院家」というらしい。名前からして金持ちそうだ。
しかし、この朱雀院家に関して、疑問が一点ある。場所の地図はサイト内にあったが、外観などの写真は一つもなかったのだ。どんな建物でやるのか見当もつかない。しかし、家、そして執事ということは、それなりの豪邸で行うのだろうと狭山は予想していた。
白金高輪駅から徒歩15分ほど歩くと、住宅街が見えてきた。立ち並んでいる家々の外観を見て、すべて高級であることを狭山は感じ取る。
きっと面接を行う家も、それなりに大きな家なのだろうと思っていると、右手に持ったスマートフォンが鳴った。両面に表示された地図は、日的地到着を告げている。
視線を正面に向けると、狭山の口が大きく開いた。
「マジで? ここ?」
西洋風の白いレンガ塀に巨大な鉄門。門の上部には監視カメラが二つ設置されている。
広い庭の奥には城かと見まがうほどの立派な建物が鎮座していた。周囲の家々と比べても、二回り以上の大きさを誇っている。
"それなり"どころではない。豪邸も豪邸。大豪邸だった。
困惑しながら狭山の足は門の手前まで行く。門近くにインターホンがあったが、押す勇気が出なかった。本当にこの中に入っていいのだろうかとくすぶってしまう。
もし間違っていたら、警備員がすっ飛んでくるのではないだろうか。それとも、こわもてのお兄さんが来るかもしれない。
『お待ちしておりました』
「え!!?」
馬鹿な妄想にふけっていた狭山は、突然の声に大きく驚いてしまう。
どこから声がしているのか。疑問に思っていると、門が自動で開き始めた。
『どうぞ、お入りくださいませ。セキュリティの関係上、3分間しか開き続けることができません。お早めに』
中心から真っ二つになった門。狭山はそこを通って奥の建物を見つめる。
場違い、という言葉が脳裏をかすめた。
「……ダメでもともとだろ」
自嘲気味に笑った狭山は監視カメラを一瞥し、門の中へ足を踏み入れた。
☆☆☆
庭を通ると玄関が開けられ、中から白髪をオールバックにした燕尾服の老人が姿を見せた。
「ようこそおいでくださいました。狭山様」
老人は狭山に対して頭を下げる。服と口調から、狭山は相手を執事だと予想した。
年齢を感じさせない美しい一礼を目の当たりにした狭山は慌てて頭を下げた。
「あ、はい! どうもです!! 狭山春樹です、今日はよろしくお願いします!」
初めは挨拶が肝心だ。狭山は自分ができる精一杯元気な挨拶をした。腰から曲がらず頭だけ下げる、不格好な礼ではあったが、誠意は伝わるかもしれない。
数秒後、二人は同時に面を上げ、互いに視線を交わした。
「本日は当家の執事アルバイトにご応募いただき、誠にありがとうございます」
「あ、いえ」
「申し遅れました。私、本日狭山様の面接官を務めさせていただきます、三和義徳と申します」
「よ、よろしくお願いします!」
義徳は紳士的で、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。孫と話している時のような、穏やかな表情が、狭山の緊張をほぐす。
「それでは、こちらへどうぞ」
義徳が背を向けた。ぴしっとした背についていきながらも、狭山の視線は内装に向けられる。
天井が高く、広々としたエントランス。大理石でできている床は光沢を放つほど綺麗に磨かれており塵一つない。目に映る家具類はどれも新品のように輝いている。
義徳と狭山は螺旋状の階段で2階に上り、長い廊下を歩き続ける。
しばらく歩き続け、他と比べて一際大きな扉の前で、義徳は足を止めた。
「では、中へお入りください」
扉を開けて中に入り、狭山もそれに続く。
まず目に入ったのは赤い絨毯だった。次いで巨大なガラス窓から差し込む日差しに目を細める。部屋の周囲は本棚で埋め尽くされており、部屋の中央にはモダンな黒色のテーブルが置かれていた。古風な内装ではあったが、非常に酒落ている内装である。
「そこにお座りください」
義徳が手の平でテーブルの椅子を指した。狭山は返事をしながら椅子に座り、軽く握った両拳を膝の上に乗せる。
そこで、テーブルの上に、湯気が立ち上るカップが置かれていることに気づいた。
「コーヒーでございます。狭山様のものですよ」
テーブルを挟んで正面に座った義徳が、穏やかな口調で飲むよう促した。
「い、いただきます」
たしか、出された物はすぐ飲んでは失礼という話だったか。忘れてしまった。
カップを口につけ傾ける。緊張のせいで苦みしか感じ取れなかった。
「飲めるのですね」
「は、はい」
狭山はカップを置き、上唇を舐めた。
「コーヒーは好きですか?」
「好きでも嫌いでもないですけど、父さ……父がよく飲んでいたので」
「ご家族に今日の話を?」
「してないです。両親は、忙しいので」
一瞬、瞳に寂しさを混ぜた狭山は、視線をコーヒーに向けた。
「狭山様、いつもそのような格好で?」
「へ?」
自分の姿を見る。黒いハンティングジャケットに下は無地の白シャツ。パンツは黒のチノパンという服装だった。
「な、何かおかしな点でも……」
「高校生と書かれてあったのですが、どこか大人びた服装だなと思いまして。似合っておりますよ」
「あ、ああ、どうもです」
「申し訳ございません。素朴な疑問なのですが、今時の男子高校生のトレンドなのでしょうか? その服装は。私、若作りが趣味のジジイでございまして、若い方々の流行りを知りたいのです」
悲し気な表情を浮かべた義徳の肩が下がった。
一発で嘘だとわかる趣味発言だ。狭山は笑いを漏らしてしまう。笑ったせいか、少し緊張がほぐれた。礼儀正しく冗談を言わない相手だと思っていたが、存外話しやすいなと感じる。
「いえ、自由な服装と書かれてあったので。調べてみるとこういう格好の方がいいと書かれて」
「いわゆるビジネスカジュアルに近い服装を選択したということですね」
「本当はスーツがよかったんですけど、高校生で持ってなくて……」
「いえいえ。その服装で大丈夫ですよ」
義徳は薄い笑みを浮かべると、真剣な眼差しで狭山を見つめた。
「受け答えと度胸は合格ですね」
「へ?」
義徳が喉を鳴らす。
「もしコーヒーを拒否したり、さきほどの"全ての質問"に対し曖昧な受け答えをした場合、あなたにお帰りを促すところでした」
冷ややかな声だった。その声はどこか、神白を彷彿とさせた。
面接はもう、初めから始まっていたのだ。
義則の冷たい視線が突き刺さる。狭山の背中に、冷たい汗が伝う。
しばしの沈黙と緊張。
「さて、狭山様。単刀直入に聞きましょう。このアルバイトに募集した理由はなんですか?」
それを破るように、義徳は鋭く、それでいて巨大な刃の如き質問を狭山に向けた。
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