第3話「氷柱姫の視線は冷たい」
平手打ちという物理的行為によって言葉を遮られ、首を横に向けた金髪の男子生徒は、一瞬呆けたような面をした。
しかし次の瞬間には、瞳に怒りを浮かべ、打ち震えるように拳を握った。
「なにしやがんだ!!」
神白を睨みつけ怒号を放つ。
「こっちのセリフ」
燃えるような相手とは対照的に、神白は冷ややかな口調を崩さない。
「いきなり肩を掴まないで」
「なっ、お前はいきなり殴っただろうが!」
「痛い」
「こっちだって痛ぇわ!!」
神白はため息をついた。
「私は三回も、「嫌だ」って言った。それでも突っかかってくる貴方が悪い」
「だからって」
「告白を断られたことが、そんなに不満?」
神白は静かに相手を睨みつけた。鋭い眼光は獣を彷彿とさせるようである。
金髪は胸元を氷柱で貫かれたような感覚に陥り、言葉に詰まる。
「今ここで、貴方がどんな告白をしたか。声を大にして言ってもいいよ?」
金髪は焦りが浮かぶ目で教室を見渡す。ニヤついた女子生徒に興味深そうに見ている男子生徒。視線を反らす者。
しかし全員の耳がこちらに向けられていることを感じ取ると、金髪は舌打ちし、神白に視線を戻す。
「覚えとけよお前」
「やだ。次の授業内容を覚える方が大事」
クラスの何人かが噴き出した。
金髪は背を向けると扉を一度蹴り、廊下へ出て行った。わざとらしく大きな音のあと、静寂が教室内に流れる。
直後、興奮冷めやらぬ様子の女子たちが神白を囲んだ。
「ねぇねぇ神白さん! さっきの男子、サッカー部の聖君だよね! 告白されたの!?」
活発そうな黒髪ショートの女子生徒がスカートの裾を揺らしながら話しかけた。
「うん」
「サッカー部の副部長だよね彼。ファンの子も多いイケメンだったような」
「そうなんだ」
「もったいなくない?」
「顔、よく見てなかった」
「あはは、そっかー」
神白は短く息を吐く。
「時間の無駄だった」
ポツリと呟いた。その凍てつく言葉に、女子が言葉を失う。
「流石は氷柱姫様」
誰も口に出していないが、教室内の全員がそう思った。
美人ながら表情はいつも冷たい無表情、凍りつくような視線。口数の少ない彼女の周囲には冷気が漂っているようである。
気に入らない相手には、容赦のない、冷たく鋭い言葉を吐き出す。ついた渾名は氷柱姫。
クールな神白にピッタリの渾名だと、誰もが納得した。むろんそれは狭山もだった。
「聖くんも撃沈ですか。これで彼女に貫かれたのは30人目くらいでしょうか」
「相変わらず容赦ねぇよな」
狭山は横目で神白を見つめる。多くの女子に囲まれながら、彼女は時折相槌を打っている。
普段の彼女は口数が少なく、非常に大人しいだけの女子生徒だ。人付き合いが苦手なわけでも、態度が悪いわけでもない。
それでいて学年でトップレベルの頭脳と高い身体能力を保持しているため、クラス内の女子たちとは仲が良く、非常に頼りにされている。
一方男子にとっては、高嶺の花である。気安く話しかけたらあの言葉で貫かれるのではないかと、誰もが一定の距離をとっていた。
「別世界の人間だよなぁ、本当」
狭山は花のような彼女を恨めしく思った。
顔がよく頭もいいため、黙っていても人が寄ってくる。漫画やゲームでいうところの、選ばれし存在というやつだ。苦労なんてしたことがないのだろう。
きっと彼女は胸の中で、告白に失敗した聖のことを馬鹿にしているだろう。そう、性格が悪い部分を隠しているだけだ。
そう思わなければ、やってられない。
「これで性格もよかったら、俺はどんだけ惨めなんだよ」
「え? なんか言った?」
「いや」
狭山は鼻で笑うと、鹿島のスマートフォンを指差した。
「鹿島、俺、やるわ。"執事アルバイト"」
「本気ですか?」
「おう」
神白と比べて何も持っていないが、金を稼ぐことだけは平等だろうと狭山は思った。
金があれば、少なくとも惨めではなくなる。
「ちょっくら金、稼いできますかね!」
己の小さな自尊心を満たすために、狭山はアルバイトを行うことを決意したのだった。
☆☆☆
神代綾香は相槌を打ちながら教室内を見渡す。
目的の男子は、すぐに見つけることができた。それだけで自身の心の中が暖かくなるのを、神白は感じた。
興味のない男子からの告白なんてなければ、今日も彼を見つめながらお昼を過ごすことができたのに。神白は密かに怒りを感じていた。
「ねぇねぇ、なんて言われたの!? 聖君の告白セリフ聞きたい~!」
「ぶっちゃけさ、神白さんって彼氏いるの? このクラス?」
「ファンに刺されたりするかもしれないから、注意した方がいいよぉ」
質問やアドバイスに返事をしながらも、神白の意識は一方向に向けられていた。
彼は今、同級生である鹿島と話をしている。手にはスマートフォン。
また、あのゲームをやっているのだろうか。であれば今回こそフレンドになりたい。ゲームなどやったことがなかったが、必死にレベルアップしてランカーになるまで成長したのだ。SNSでは今日も自分のハンドルネームが飛び交っている。
おまけに今日のピックアップキャラクターだって手に入れた。これを見せれば彼はきっと友達になってくれるはず。
神白は胸中にそんな希望を抱いたが、そこに陰りが差す。
断られたらどうすればいい。笑顔で受けてくれたらいいが、申し訳なさそうに断るような姿を見たくはない。彼を悲しませたくない。
一人思い悩む神白は、周囲の音が聞こえなくなっていた。
その時、チャイムが鳴った。教室内の声のボリュームが一気に下がり各々が机に向かう中、神白は視線を彼に送り続けた。
今日も話しかけることができないのだろうか。もっと明るくて活発な子だったら、気軽に名前を呼んだり、肩を叩いたりすることができたのだろうか。
「はぁ……」
切なげなため息をつく。
――友達に、なりたいなぁ。
神白は、一列挟んで自身の斜め前に座る、狭山春樹の背中を見つめながらもう一度ため息をついた。
近くにいたクラスメイトは、その冷たい吐息に身震いしたのだった。
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