第17話「執事、二日目」
土曜日が来た。2度目の執事バイトを行うことになる。
そう、まだ2度なのだ。
更衣室にいる狭山は、鏡を見ながらネクタイを締めようと手を動かしていた。だが、上手く締めることができない。
首に巻いたネクタイをひとつにまとめることができず、狭山の顔に焦りと苛立ちが浮かび上がる。
「狭山様」
何度目かわからない失敗の動作を繰り返していると、隣に立っていた義徳が、わざとらしく喉を鳴らした。
狭山の肩がビクリと上がる。
「は、はい」
「できるまで黙っているつもりでしたが、ネクタイの締め方が?」
「わ、からないです」
小声で言った。義徳が口元に笑みを浮かべる。
「前回は私が行いました。その時何と言いましたか?」
「次回までに、自分でできるよう練習しておくように、と……」
「よろしい。しっかりと人の話を聞いているようですね。関心です」
義徳の顔から笑みが消えた。
「故に残念です。そこまで理解していながら練習はして来なかった、と」
「す、すいません」
「いっそ「忘れておりました」と言われた方がよかったです」
呆れたような声を零した義則は手の平を見せる。言わんとしていることはわかる。狭山はネクタイを手渡す。
「私が優しいおじいちゃんでよかったですね。狭山さん。私は3度まで失敗や不祥事を許します」
「は、はぁ。ありがとうございます」
「ですが、それ故容赦はございません。次回ネクタイを上手く結べなかった場合は残念なお知らせを、狭山さんのお耳に運ばねばなりません。よろしいですね?」
圧のある言い方に、狭山は首を縦に動かすことしかできなかった。
「お教えするのは「プレーンノット」とぃう結び方です。ポピュラーな結び方で、就活生の方々に多い結び方ですね。よろしいですか、まずは――」
義徳は自分の首を使ってネクタイの結び方を教示し始めた。狭山は自分の不真面目さを呪いつつ、メモ帳を取り出した。
☆☆☆
スーツに着替えた秋山は、義徳に案内されながら部屋へ案内された。中に入ると、最初に持った印象が「広っ」だった。
白と青を中心に家具が揃えられており広さを活かしたレイアウトも相まって、非常に開放感溢れる空間を創り出している。
大人数吸われる用のコーナー型、大人4人が座ってもまだ余裕があると思われる大型のソファ。茶色のユニットキューブが酒落っ気を醸し出している。
他にも何インチかわからない大型のテレビ、光沢を放つ黒いダイニングテーブル、稚拙な言い方だが、汚れひとつない高そうなダイニングチェア。
キューブデスク内に収納されている小物の数々も、恐らく高値の物ばかりだろう。
清潔感漂う部屋に狭山の顔が引きつる。いったいこの部屋だけでいくら使っているのか、想像もつかない。
「狭山さん、これを」
義徳が驚いている様子の狭山に白手袋を差し出した。
「あ、必需品」
「は?」
「あ、いや……ネット上で調べていたら見たんですよ。執事は手袋をしないといけないって」
「ははは。なるほど。学ぶ姿勢があるのが狭山さんのいいところですね。その通り。前回は掃除だったので軍手でしたが、本日からはこの手袋を着けていただきます。意味は、お分かりですね」
「……屋敷にある物に触れないように」
「さようでございます」
義徳は頷いた。
「この部屋にある家具、というより、屋敷全体に言えることですが。すべてが超高級品であります。正直に言いましょう。もし狭山さんが仕事中家具を汚した、または壊した場合、笑えない請求金額が突き付けられることでしょう」
「うわぁ」
「指紋が残るだけでも問題になります。価値が下がりますし、もし泥棒の被害に遭った時は真っ先に疑われます。そう言ったことを未然に防ぐために、手袋が必要なのです」
狭山はゾッとした。漫画の世界で行われるような会話だったため現実味がなかったが、義徳の声色は真剣そのものだった。
「気をつけます」
狭山が手袋を受け取り装備すると、義徳がニッコリと笑みを浮かべた。
「お似合いですよ。立派な執事です」
服屋で「よくお似合いですよ」と勧めてくる店員のような言葉ではあったが、狭山は少し自信が湧いた。単純だと思う反面、嬉しかった。
「それでは狭山さん。今日はここ、第1リビングルームで仕事を行っていただきます」
「はい。え、だいいち?」
なにその聞いたことないフレーズ。第2リビングルームとかあるわけ。
「お客様をもてなすのが目的の部屋ではありますが、主である朱雀院様や、綾香お嬢様もよく訪れる部屋であります」
「はぁ」
「ですので、ここに訪れる方を癒すのが我々の仕事であります。そこでまず学ぶのが「コーヒーの淹れ方」です」
「あ、あの、義徳さん」
「なんでしょう」
おずおずと手を挙げた狭山を見ながら首を傾げる。
「その……一度、何も教わらずに、俺が淹れてみてもいいですか? コーヒー」
突然謎の発言をした相手に対し、義徳の首が再び傾いた。
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