第16話「授業のことなど考えてない」
朝、自分の席に着いた時だった。
「あ、あの、狭山君!」
背後から突然声をかけられた。鞄を下ろしていた狭山は、肩を大袈裟に上げてしまう。ホラー映画に登場する怖がりの少女のようであった。
恐る恐る振り向くと、そこには二人組の女子がいた。昨日狭山のことを「真面目くん」呼ばわりした茶髪の子と、ポニーテールが特徴的な黒髪の子だ。
確か名前は、坂巻と志摩。
「昨日は。その、ごめんね。あんなこと言っちゃって」
坂巻が受想笑いを浮かべながら両手を合わせて謝罪した。少しだけ頭を下げたため、茶髪の髪がふわりと踊る。
「許してあげてくれない? この子も反省してるからさ」
志摩が援護した。口元は笑っているが、目は狭山を睨んでいた。
「あ、ああ。いいよ。気にしてないから」
なんで謝られているこっちが睨まれないといけないんだ、と狭山は思ったが、苦笑いを浮かべてそういった。
坂巻はスッキリとした表情で胸を撫で下ろした。
「あ、そう。よかったー、狭山君が優しくて助かったよ」
「それじゃあね」
二人は踵を返した。もう用は済んだのだから別にいいのだが、なんとも味気ない会話だった。狭山は女子との距離を痛感しながら席に座った。
それにしても、なぜ女子というのは一人で行動せず、必ず友達を連れてくるのだろうか。一人で動く勇気がないのか。それとも友達を連れて歩くことがある種のステータスなのだろうか。
謝罪くらい一人でしろよ。つうか謝られてもこっちはスッキリしねぇんだよ……と、狭山は心の中で毒づいた。
たださきほどのやり取りから実感したのは、やはり神白の力だ。
坂巻はいわゆる”ギャル”だ。神白に言われない限り謝罪はおろか、狭山の名前を覚えようともしなかっただろう。
彼女の発言力は教師以上かもしれない。
狭山の視線が近くにいる神白に向けられる。
「神白さん!!」
男子が声をかけた。
「今度、うちの空手部の応援に来て――」
「興味ない」
一刀両断。無惨な斬り捨て御免。
空手部の男は肩を下げて神白の前から去った。
「神白さん!」
また男子が来た。
「今度女子も交えてさ、一緒にテスト勉強――」
「一人の方がいい」
「い、いやでもさ。みんなで楽しく――」
「集中できなくなる」
一発轟沈。あえなく転覆。
男子は長いため息をついて廊下へと出て行った。
「……」
狭山は顔を引きつらせた。あまりにも冷たい対応を見て、少し不安になる。あんなあしらい方をされたら恨む男子生徒も出てくるのではないだろうか。
「はい、またしゅーりょー」
「神白さん100人切り達成してんじゃねぇのあれ」
「もう無理だな、あの女と付き合うのは。年取ってもあんな感じだろうよ」
「いやいや。どうせ将来は金稼いでるイケメンと結婚すんだよ。つうかどっかに彼氏いんだよもう」
近くに座っていた二人組の男子の影口が聞こえてきた。
彼氏、か。確かに。あんな家に住んでいてあの美貌の持ち主に彼氏がいないとは考えづらい。他校とかにおかしくはない。
いや、というより、金持ちにありがちな”許嫁”とかがいるのではないか。可能性は無きにしも非ずだ。
「……何考えてんだよ俺」
狭山はため息をついて項垂れた。考えたってわかるわけがない。神白のことなぞ、全然知らないのに。
というより、なぜ自分は、この前からずっと神白のことを考えているのだろうか。なぜ気になるのだろうか。気が付いたら、目で追っている。
理由はなんとなくわかっていた。だが認めたくなかった。
美少女が、地味で目立たない、話も上手くない、顔も普通以下の人間と付き合うわけがない。
それが許されるのは、ラブコメ漫画に出てくる”平凡な”主人公だけなのだ。
「……はぁ」
考えるのが嫌になった狭山は机に突っ伏し、机の下でスマホを操作する。
狭山は「コーヒーの美味しい淹れ方」という動画が画面に表示された。あくまで給料のため、そして貴重な体験のために、執事アルバイトには気合を入れてのぞむつもりだった。
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