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第14話「うぬぼれ」

 水曜日の朝だった。


「ふあぁあああ~」


 狭山は大きな欠伸をした。同じくらいの速度で隣を歩いていた登校中の女子生徒が怪訝な目を向ける。

 いつも通り深夜2時くらいまで動画サイトを見ていたせいで寝不足だった。寝ぼけ眼を擦りながら門を潜り再び欠伸をする。

 一限の英語は睡眠時間だなと思いながら昇降口を見ると、人だかりができていた。


「なんだよもう……」


 不機嫌そうに後頭部を搔きながら目を凝らすと、甘栗色の髪が見えた。

 神白だ。狭山の歩調が早くなり、人混みの隙間から様子を伺いはじめた。


「なぁ、神白さん。考え直してくれた?」


 靴を持っている神白に話しかけていたのは、サッカー部の副部長、聖だった。


「どいて」

「まぁまぁ待ってよ。前は俺が悪かった。叩かれたことだってもう根に持っちゃいない」

「どいて」

「もうちょっと仲良くなってからだよな、告白って。俺みたいな奴に突然迫られたらそりゃあ迷惑だったよな。反省しているよ」


 神白は呆れたようなため息をついて自分の靴を仕舞おうとした。

 その瞬間、聖の手の平が下駄箱を叩いた。顔の前に出された腕が、神白の行動を阻害している。

 いわゆる”壁ドン”に近い光景だった。

 周囲にいた女子生徒が黄色い声を上げた。恋愛ドラマか映画のワンシーンを目の当たりにした反応だった。


「今時壁ドンって……」


 それに対し冷ややかな反応を示す男狭山。鼻で笑ってイケメンの背中と神白を交互に見る。

 しかし美男美女は絵になる。もし自分が同じことをしたらビンタどころか周囲にいる女子生徒が悲鳴を上げることだろう。

 無性に悲しくなってきた狭山は目頭を押さえた。


「こっちが歩み寄っているのに、ちょっとは聞いてくれてもいいんじゃない?」

「どいて」

「とりあえず、友達から始めようよ。変に干渉とかしないから。な? 男友達くらいいるでしょ?」

「邪魔」


 会話になってない。取り付く島もない、とはこのことを言うのだろう。

 笑顔で話しかけていた聖の頬がヒクヒクと動く。


「う~ん、嫌われてんなぁ俺」


 腕を離し、薄い笑みを浮かべる。聖はそのまま頬を掻いた。男性アイドルの写真集に載っていてもおかしくない仕草とポーズに、数人の女子生徒がカメラを向けている。


「わかった。出直すよ。けど「おはよう」の挨拶くらいは交わしてよ。挨拶を無視するのはちょっと違うでしょ」


 神白は無言で靴を下駄箱に入れると上履きを取り床に落とした。新品のように白い上履き。毎週金曜日に、彼女は必ず持って帰っているのを、狭山は何度か目にしたことがある。

 恐らく汚れ落としは義徳さんがやっているんだろうなぁ、と思うとニヤけてしまう。


「ちょちょちょ! 聞いてるマジで! 神白さん! おはよう!」

「さようなら」

「いや会話っていうかそれはもう無視より酷いって。あ、そうだ。今日部活見に来てよ。実はさ、練習試合で。神白さんが来てくれたらうちの部も盛り上がる――」


 スタスタと歩いていく神白についていきながら、聖はずっと話しかけていた。

 昇降口の寸劇が終わり、周囲の生徒たちが動き始める。全員がさきほどの二人の話題を口にしていた。


 しかし、凄いな。あの聖っていうやつは。狭山は下駄箱に向かいながらそう思った。

 あそこまで冷ややかな態度を取られたら、大抵は心が折れるだろう。しかし聖は不屈の闘志で食ってかかっていた。


 恋愛というものには、あれだけの熱意と行動力と自信が必要なのだろうか。いや、きっと必要なのだ。


 ――だとしたら、俺にはできないな。


 頭を振って正面を向いた時だった。

 ドン、と同タイミングで歩き始めた隣の生徒に肩が当たった。


「あ、ごめ……」

「いってぇなぁ!!!」


 甲高い声、だがどこかナイフのような鋭い怒号が響き渡った。

 狭山は顔を強張らせる。

 肩がぶつかったのは、寅丸大牙だったからだ。


「どこ見て歩いてんだテメ……」


 掴みかかる勢いで狭山に迫った寅丸だったが、顔を数秒見つめると、柳眉(りゅうび)を逆立てた。


「ッチ……マジかよ」

「あ、えっと、ご、ご、ごめんなさい」

「……命拾いしたな」


 寅丸視線を切った。頭を振った勢いがすごく、金色のサイドテールが大きく揺れた。

 ずかずかと歩いていく寅丸の背中を見つめながら、狭山は胸を撫で下ろす。


 片腕で暴走族を二つ壊滅させた、という伝説を持っている少女、寅丸大牙。

 神白綾香と仲が非常にいい素行最悪の不良少女。

 ある意味、神白と同じくらい謎が多い女子といっても過言ではない。


 睨まれるだけで狭山の心臓はバクバクと音を立てていた。


「な、殴られなくてよかったぁ……」


 にしても、騒がしい朝だ。

 狭山は、今日は静かに過ごさないと痛い目を見そうだと思いながらゆっくり歩き出した。




☆☆☆


 


 昼休みになり、いつも通り鹿島と昼食を楽しみながらゲームをやっていると、スマートフォンにメッセージが飛び込んできた。

 「義徳」の名が目に入った瞬間、狭山はボス戦であることも意に介さず、メッセージを表示した。


『今週の土曜日、12:30にお越しください』


 簡潔な連絡だった。まさか週ごとに連絡するつもりか。

 楽しみではあったが、どんな作業を行うのか。狭山が疑問に思っていると、神白が女子生徒に囲まれて弁当をつついているのが見えた。

 そうだ。彼女に聞けば詳細がわかるじゃないか。

 席を立ち上がると、鹿島が目を丸くした。


「どうしましたか? 狭山君」


 質問に答えず、狭山の足は自然と神白に近づいた。


「あのさ、神し……」


 そこまで言いかけた時だった。

 ハッとした時には遅かった。


 女子グループに近づいて、神白を呼ぼうとした狭山。つまり、グループ全ての目線が狭山に注がれるのは自明の理である。

 女子たちが全員、怪訝な目を狭山に向けた。


 ――しまった、何しているんだ、俺は。


 今までまともに女子と関わったことがないため、その多くの視線に狭山の足と唇が震え始めた。


「あ……えっと……」


 誤魔化すように苦笑いを浮かべた。

 女子たちは怪訝な目を向けるか、失笑していた。


「なに? え? 神白さんに用事?」


 ショートカットの女子が鼻で笑って狭山を見た。


「えっと……」


 その女子が頬を掻きながら隣の子に顔を近づける。


「あれ、誰だっけ」

「いや、ちょっと、知らない。そもそもいた?」

「影薄いのかな」


 クスクスと笑いながら狭山をチラチラと見る。


「真面目くんでいいんじゃない?」

「いや、ダメでしょ」


 ショートカットが神白に視線を向けた。


「神白さんの知り合い?」


 何人かの女子がニヤニヤとしていた。女子たちの目の色が変わったようだ。

 多分「クラスで目立たない子と仲がいいかもしれない」という美味しいネタを目の前にしたからだろう。

 餌にありつく前の犬のような視線を向けられ、神白は口を開こうとした。


「あ、あー!! あれだよ。さっきさ、神白さんが……お金落としたかもって思って」


 なんだこの言い訳は。最悪だ。

 愛想笑いを浮かべながら苦笑いを浮かべていると、女子が再びコソコソと話し始めた。


「なに、なんか怪しくない?」

「ストーカー? つけて歩いてたってこと?」


 神白は口を開いた。


「落としてないと思う。勘違い」

「あ、そ、そっか。ごめんね、急に話しかけて」


 挙動不審かよ、キモ。


 後方から、小声でそんな言葉が聞こえた。狭山の心は限界だった。


「そ、それだけだから。それじゃ」


 逃げるように視線を切り自分の席に戻った。まだ女子たちの視線が刺さっている。

 鹿島が心配そうに狭山を見た。


「どうしたんですか、本当に」

「いや、マジで、なんでもないから」

「突然神白さんに話しかけるなんて、自殺行為ですよ。急に積極的になったと思ってビックリしました」


 あはは、と言って狭山は視線を下に向けた。

 アホだ。俺は。ちょっとアルバイトの間に話をしただけで、神白を無意識のうちに話せる相手だなんて思っていたんだ。


 どこか浮ついていた。

 今日の朝、無視され続ける聖を見て、「俺の方が上だ」という思いが心のどこかにあったのかもしれない。


 自惚(うぬぼ)れ。


「俺の、うぬぼれ」


 自身を戒めるように、小さくそう呟いた。


 そんな肩を落とす狭山を、神白は心残りのあるような視線で見つめていた。




お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします~!

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