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第13話「何度も言うけど」

 学校の中庭を訪れた神白は、前を歩く小さな背中を見つめた。

 鮮やかに流れる金色の髪は、地毛かと思うほど綺麗に染まっていた。サイドテールの髪が揺れ動く度に、ルインの尻尾のようで可愛らしいと思ってしまう。

 だが口に出してそんなことは言わない。相手が嫌がることを把握していたからだ。数少ない友人である彼女をいたずらに不機嫌にさせるほど、神白は愚かではない。

 庭にあるベンチまで近づくと、その友人がくるりと振り返った。


「綾香、お前うまいことやってくれたな!!」


 無垢な少年のように、満面の笑みを浮かべながら寅丸は言った。神白は首を傾げる。


「何の話?」

「とぼけんなって。聖だよ、聖! サッカー部の副部長!」


 寅丸は嬉しそうな声色でそう告げた。

 聖。その名に思い当たる節はある。告白してきた男子生徒の名だ。

 しかし神白はそこまでしか思い出せなかった。顔も声も、今はもうまったく覚えていなかった。


「いやぁ本当に助かったぜ。あのクズ男、女遊び激しくてよ。うちのクラスの女子も後輩も泣かされた子が多くて多くて。一回頭カチ割ってやろうかと思ってたら、お前がフってくれた」


 寅丸はニヤニヤとした表情を浮かべる。


「聖の奴、お前にフラれてから部活で調子上がらねぇでやんの。ざまぁみろって感じだわ」


 ベンチに座った寅丸は足を組んで神白を見上げる。虎丸の癖だ。白肌の太腿が大胆に晒されている。

 黙っていれば美少女の寅丸は、この足組で何人の男子生徒の目を虜にしてきたか。健康的な足は目を引くということを知らないらしい。


「……足。正した方がいい」 

「ん? なんだよ突然」

「パンツ、見えちゃうよ」


 神白は興味のないことには本当に一切の関心がない。しかし、常識がずれているということでもなければ、”女性”としての意識が薄いというわけではない。

 故に男のような態度を取る可愛い彼女のことを、放ってはおけなかった。

 しかし寅丸はそんな神白の思いを鼻で笑い飛ばした。


「お前以外の誰が見んだよ」

「教室内でもそんな感じなの」

「おう。男共がチラチラ見てきやがる。この前なんかスマホ向けられたわ。ありゃ多分撮られてるね」

「だったら……」

「別に気にしてねぇよ~。私は私らしく、大胆に生きたいからね」


 変に男らしいことを言うとカラカラと笑う。


「腹減った。飯食おうぜ」

「……トラちゃんは可愛いんだから、注意しないと駄目」

「サンキュー褒め言葉。ほっぺにチューしていい?」

「馬鹿」


 神白は寅丸の隣に座る。膝の上に布を敷き、教室を出る際に持ってきた弁当箱を開ける。その隣でビニール袋をガサガサと寅丸は漁っていた。そして中からサンドイッチを取り出した。


「あ、それ。新商品」

「あれ? 何で知ってんの。綾香がコンビニ飯知ってるなんてめずらしい」


 寅丸はサンドイッチの封を切る。


「”庶民が多用する不健康な物しか売ってない不潔な店、第1位”とかって昔は言ってたのに」

「やめてよ……そんな昔の話」

「”綾香お嬢様”こえぇわ~」

「……トラちゃん嫌い」

「私は綾香のこと大好きだよ~」


 ヘラヘラと笑いながらサンドイッチを頬張る。咀嚼した後、味の良さに感嘆の声を上げた。


「うんめぇこれ!!」

「……さっき教室で見たの。というより、話も聞いた」

「へぇ~。誰から?」

「狭山くん」


 二口目に行こうと口を開けた寅丸がその動作を止めた。


「お前、まだあの狭山とかいう男狙ってんの?」

「うん」


 呆れたように寅丸は頭を振った。


「何度も聞くけど、そんなに好きか?」

「何度も言うけど、そんなに好き」

「何度も聞くけど、何がいいんだよそんなに。軟弱そうな地味男だぜ? あれ」

「何度も言うけど、いいとこいっぱいある。それに軟弱じゃない。例えば――」

「ああ、わかったわかった!! やめてくれ。耳がイカになるくらい聞いてんだよ」

「イカじゃなくてタコ」

「一緒だ一緒! どっちも墨持ってんだろ」


 一緒じゃないよ、とは言わずにため息で返答した。

 寅丸は納得いかないように、横目で神白を見る。


「綾香。お前さ、誰かを好きになるのはいいけど気を付けた方がいいぜ」

「何に」

「お前はこの学校のアイドルなの。わかる? 一番目立つ女。ミス東大だと思え。そんな奴に好かれたら男は舞い上がる。あの十中八九陰キャの影が薄い男なんてそりゃもう酷いことになるだろ」

「狭山くんの悪口言わないで」

「あくまで可能性の話。あと、お前が誰かを好きになるのも気をつけろ」


 神白が眉根を寄せる。


「どういうこと」

「さっきも言ったろ。お前は、学校で一番目立つ存在だ。お前が狭山に告白とかしてみろ。あいつ……どんな目に合うかわかんねぇぞ」


 寅丸の言葉を聞いて神白は黙った。言う通りだったからだ。

 狭山が執事としてやってきてくれたことは嬉しかった。そしてゲームの話題ではあるが、雑談をすることもできた。

 だから今日もそのノリで話しかけようとしたのだ。

 だが、今の寅丸の話を聞いた神白は己の気持ちを閉じ込めることを誓った。


 一番辛いのは、狭山が傷つくことだったからだ。

 思い悩む神白を見て寅丸はため息をついた。


「大変だねぇ。モテモテっていうのも」

「……ありがとう、トラちゃん。ちょっと頭冷えた」

「いいよ。こっちも悪かったな。惚れた男の悪口言って」


 軽く笑みを浮かべて寅丸は言った。もし男だったら、寅丸は美少年だっただろうなどという、変な妄想をしてしまう。


「誰も見ていない場所で二人っきりなら自由に話せるかもなぁ。でもそんな空間ねぇだろ。お前と狭山の間に」


 その言葉に対して、神白は何も言わなかった。

 ここで自慢気に「彼は私の執事なの」とか「お家で楽しく話すね」なんて言ったらどうなるか。

 神白は話題を変えようと口を開いた。


「ねぇ、トラちゃんはさ」

「んあ?」


 サンドイッチを咥えながら寅丸が顔を向けた。

 

「鹿島くんとはどうなの?」

「ぶっ」


 噴き出した。


「あ? な、なんであいつの名前が出てくんだよ」

「だって二人って幼馴染でしょ?」

「ああ!! うぜぇうぜぇ!! いいか? 私が怒る前に武彦の話題を今すぐやめろ!」

「武彦って呼んでるんだ」

「う、うるせぇ!! カスだ! あいつはカスでダメ男でなんちゃって不良で……敬語が似合ってないヘタレのなぁ……」

「はいはい」


 冷ややかな声を投げて神白は箸を動かす。


「……何度も言ったような気がすんだが? 私と鹿島の話はすんなって」

「私も何度も言った気がする」

「あ?」

「トラちゃん顔真っ赤になって面白いから、いっぱいこの話題出すって」

「んがっ……」

「可愛い。トラちゃん」


 口をパクパクと動かし、顔を真っ赤にしながら寅丸は震えていた。小さな拳を顔の横に立てている。


「嫌いだ、氷柱姫」

「奇遇だね。私もトラちゃんのこと嫌い」


 吐き捨てるように言った。

 寅丸は、頭を振って食事を再開する。


 穏やかな昼時が流れ、一陣の風が吹いた。


「「……寒っ」」


 二人の声が重なった。


お読みいただきありがとうございます

申し訳ございません、次回の投稿は12/6とさせていただきます。

次回もよろしくお願いします。

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