第11話「友達≒フレンドコード」
仕事を終え、狭山は義徳からスーツを渡された部屋に戻ってきた。どうやら元々は更衣室だったらしい。今ではすっかり服置き場にされてしまっているが、それでも数人が着替えを行えるスペースは充分にあった。
「ふぅ!」
ようやく1日の業務が終わった。狭山は開放感に浸るように両手を上げて伸びをする。
夢のような時間であった。あの神白と話せるなんて。しかも、ゲームの話で。
――誰だよ、美少女はゲームなんてしないって言った奴は。
狭山は気持ち悪いほどに顔をニヤニヤと変形させていた。美少女と散歩して金が貰えるなんて、こんな最高すぎるアルバイトは他にない。
気分よく鼻歌を奏でながらジャケットを脱ぐと、内ポケットにあるスマートフォンが鳴り響いた。業務中はマナーモードにして入れてある。
狭山はそれを取る。画面に、鹿島からのメッセージが表示される。
『終わりました?』
狭山はロックを解除し、画面に指を滑らせる。グッドタイミングな連絡だった。
『たった今終わった』
『お疲れ様です』
『おう! やべぇ~疲れたわマジで。いや、マジで』
『やっぱり大変でしたか?』
『ああ。まさか歩き方の指導から始まるとは思わなかった』
『草。何ですかそれ』
『草生えるよな。仕事も時間制限付きだし動くし。もう腰がいてぇわ。そんで、これからもっといろんな事やるってさっき脅された』
『やっぱり厳しそうですね。やめたくなりましたか?』
『いや』
狭山は画面を見ながら口角を上げた。
『続けるよ』
『ほう』
『結構、いや、かなり楽しいんだ』
『本当ですか? 何がそんなに楽しいか教えて欲しいです、執事さん』
『バカにしやがって。お前にはあの秘密教えねぇわ』
『秘密? なんですかそれ』
――誰が教えるかよ。氷柱姫の執事やってます、だなんて。あと神白のフレンドコード。
『さぁな。また明日も執事になるから、頑張るわ』
『そうですか。張り切りすぎて、お皿割ったりしないよう気を付けてくださいね、執事さん』
狭山は鼻で笑うとスマートフォンをポケットにしまう。
あとは義徳に挨拶をして、今日の仕事は終わりだった。
これからどんな仕事をやっていくのか、神白の家で働いていることが学校でバレないかなど、不安はあった。
けれど、神白と話せるなら、どんな事も乗り越えられるかもしれない。
狭山は高揚感を胸に、美しい執事の歩き方を意識しながら、部屋を出ていった。
「本日はお疲れ様でした、狭山さん」
更衣室から出た狭山を出迎えたのは義徳だった。相変わらず手を後ろ手に組み、背筋を伸ばして立っている。
「お疲れ様です、三和執事長!」
「おお。元気があって大変よろしいですね」
義徳が口元に笑みを浮かべる。
「もう業務は終わっております。そこまでかしこまらなくても大丈夫ですよ」
「え、でも……」
狭山は窓の外に目を向ける。夕日はすでに沈み、星々が空に姿を見せている時間帯になっていた。まだ17時だというのに。冬になると夕方の時間は短いと思いながら、視線を義徳に移す。
「その、業務時間とかって8時間とかが相場なのでは?」
「いえいえ。ここではそうではありませんよ。たしか募集要項にも書かれてあったと思いますが、このバイトの業務時間は基本的にこちらが決めております。その日に応じての時間帯を提示し、狭山さん含むアルバイトの方々に確認を取ったうえで業務を進行しております」
「それじゃあ今日は」
「先日狭山様に"合格連絡をしたお方"が伝え忘れていたようですね。本日の業務時間は17時までとなっておりました」
「ああ、そうなんですね」
「ついでに伝えておきますと、狭山様は週に2回、土日限定の執事として働いていただきます。毎日出勤や、長い時間の労働を行うとすぐに税を納める羽目になるので、細かく調整いたします」
狭山は感謝の声を上げた。
「ありがとうございます!」
正直ありがたかった。平日出勤はやりたくなかったし、細かい日数時間調整などを自分で行うのは避けたかった。どちらも面倒な事この上ないからだ。
狭山が礼をすると義徳はため息を吐いた。
「まったく。"連絡係"にはしっかりしてほしいものです」
「あ、あはは」
狭山は愛想笑いを浮かべた。頭の中に神白の顔が浮かび上がる。義徳にとって主でもある神白に対して、こんな軽口を叩いていいのだろうかと疑間に思う。だが、ドラマなどで見る執事よりも、義徳は固くないのかもしれない。
その時、義徳が鋭い視線を狭山に向けた。
「狭山様、笑いましたね」
「へ?」
「まさかここまで大笑いするとは。私は悲しいです。これは主である綾香様にご報告せねばなりませんな」
「なっ、ちょ、待ってください義徳さん! それだけは勘弁してください!」
狭山は頭を下げて合掌を掲げた。
「冗談です」
対して義徳は澄ました顔でそう言った。
「し、心臓に悪いっす……」
「そこまで焦ることもないでしょう。友人同士の軽い冗談で済むのでは?」
――友人、ねぇ。
狭山は後頭部を掻いた。
「俺と神白、さんは、そんな仲じゃないっす」
「なんと」
「ただのクラスメイトですよ。実際に、こんなお嬢様だったなんてことも知らなかったくらいの仲ですし」
狭山の視線が窓の外に向けられる。綺麗な三日月が視界の隅に映る。
「ただのクラスメイト、いや、それ以下かもしれません」
再び愛想笑いを浮かべた。義徳が口を開こうとする。
「あ、狭山くん」
だが神白の声でそれは遮られた。口を閉じて首を垂れる。
狭山は後ろに目を向けると、スマートフォンを持った神白が小走りで近づいてくるのが見えた。
今更ながら神白の私服見てんじゃん、などとどうでもいいことを思ってしまう。何を着ても絵になる彼女は自分の格好をどう思っているのか、などと思い悩んでいると、スマートフォンの画面が向けられた。
「さっき話してたフレンドコード」
「おお! マジで教えてくれんの!?」
「うん」
二人はスマートフォンを見せ合い、お互いのコード番号を確認しながら入力を行った。
――友達でもないのに"フレンド”ですか。
「前途は多難そうですな」
若い二人の後ろ姿を見ながら、義徳は楽し気な笑みを浮かべた。
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