表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/85

第10話「ご主人様、散歩行こうよ~」

「それじゃあ行ってくるね」

「はい。お嬢様、狭山さん。お気をつけて行ってらっしゃぃませ」


 頭を下げる義徳に背を向け、狭山と神白、ルインは門を出た。

 二人に会話はなく、しばらく無言であった。聞こえてくるのはルインの息遣いのみ。神白は何も言わないため、本当にこの散歩の仕方が正しいのかどうかすらわからない。


 しかし狭山にそれを聞く勇気はなかった。緊張で全身がガチガチだったからだ。

 短時間とはいえ、義徳に叩き込まれた歩き方はそれなりに綺麗だったが、表情はこわばっていた。額には脂汗が浮かび始めている。リードを握る手が汗で滑りそうだった。


 何で黙っているんだろう。横目でチラと神白を見る。

 綺麗だった。白い肌に汚れは一切なく、艶のある黒く長い睫毛が、目元に微かな影を落としていた。隙のない整った顔立ちは、もはや華やかですらある。


「なに?」


 神白が顔を向けた。目が合い、狭山はバッと顔を背けた。


「あ、えっと、散歩ルートってこれでいいんですか?」


 一歩先で尻尾を振りながら歩くシェパードを見ながら、誤魔化すように質問を口走った。


「うん。基本的にこの子に任せておけばいいよ。ルートも覚えているから」

「へ、へぇ」

「一応、あとでコースが描かれた地図も渡す」

「か、かしこまりました」


 返事をして、再び沈黙が流れる。緊張で心臓が口から飛び出しそうだった。狭山は眉間に皺を寄せ、なんとか平常心を保とうとした。

 ゆっくりと息を吐き出す。一定間隔で聞こえてくる足音を背景に、散歩に集中しようとする。義徳から救わった不動心。それを実践しようとした。


「狭山くん?」

「は、はぃい!!?」


 不動心、一瞬で瓦解。

 いつでも余裕を持つことなど、狭山にはまだ早かった。


 慌てて隣を見ると、無表情の神白が見つめていた。この状況を役得と取るか、罰ゲームと取るか。

 狭山にとっては後者だった。


「大丈夫? 顔色悪いよ」


 狭山は愛想笑いを浮かべ、手の甲で額の汗を拭う。


「あはは、なんでだろ……でしょうか」

「嫌だった?」

「え?」


 神白は目を細めて正面に視線を向けた。


「私と話すのとか、一緒に歩くの」

「い、嫌じゃない!!」


 無意識に、叫ぶように、その言葉は出ていた。突然出た一言に、狭山は自分自身で驚いてしまった。神白も同様に目を開いて狭山を捉えていた。

 無表情がデフォルトだった氷柱姫の表情が変化したのを、初めて見た気がする。


 両者の足が止まる。舌を出したルインが、一度狭山と神白を見ると、空気を読んだようにその場でお座りをした。

 最初に口を開いたのは、神白だった。


「びっくりした」

「あ、えっと、すいません。嫌じゃないです……」

「でも、顔色も悪いし、学校にいる時より、口数少ないから」

「それは、アルバイトとはいえ、今は執事ですし……それに」


 視線を地面に向ける。何を言っていいのかわからなくなっていた。


「それに?」


 どうするべきか。失礼のないように気を付けて、何かを言わなければ。


「別にいいよ。言いたくなければ言わなくて」


 どこか寂しげな声だった。視線を前に向けると彼女の顔が映る。

 声だけではない。その表情は、明らかに悲しんでいた。


「緊張、しているんです」


 気づいたら心から言葉が漏れ出していた。


「お金欲しさでバイトしてたら、まさか神白さんの家だったなんて。それで神白さんと一緒に犬の散歩をしているなんて、普通に緊張しますよ」

「どうして?」

「どうしてって……神白さんは学校で一番人気の女子です。成績優秀だし、友達もいっぱいいて先生の信頼も厚い。凄い人なんだなってずっと思ってました」


 狭山は自嘲気味に笑う。


「それに比べて俺は、人並み以下の欠点だらけの人間なので。俺みたいな人間とはレベルが違う人だから、話すのもおこがましいというか」

「そんなことないよ」


 言葉が遮られた。食い気味に言った神白の瞳は、力強く狭山を射抜いている。


「そんなことない。狭山くんは立派だよ。こんな変なバイトに応募してくれたし、真剣に仕事に取り組んで、私なんかと話してくれている」

「私なんかって」

「私だって、変なところ、いっぱい持ってる」


 だから、と言葉を紡ぐ。


「自分を卑下しないで。狭山くんも凄いところ、いっぱいあるよ。庭掃除、とっても丁寧だった」

「見てたんですか?」

「うん。部屋から」


 狭山は唇を結んだ。

 惨めだった。こんな気を遣わせて励まされて、褒められて。

 これなら嘲笑された方がマシだと思った。


「……ごめん」


 狭山が頭を下げると、神白は頭を振った。


「謝らないで。勝手に言ってるだけだから」

「……ああ」

「ひとつ、狭山くんの凄いところ教えてあげる」

「え?」


 神白は後ろ手を組むと、上体を若干前に倒し、狭山を見上げる。


「凄い私に、顔と名前を憶えられている……っていうのは、ダメ?」


 小首を傾げて、神白は聞いた。その顔には小さな笑みが浮かんでいた。

 悪戯っぽいようで冗談を言っているようで、少し真剣でもあった。そんな表情と言葉に、


「……いいかもしれない」


 狭山は薄い笑顔を浮かべて答えた。

 その瞬間、神白の顔に華が咲いた。


「よかった」


 両手を顔の前で合わせ、姿勢を正す。氷のような冷たさなど微塵も感じない、暖かな笑顔だった。

 狭山は見惚れてしまい、次いで胸の奥が高鳴るのを感じた。

 今まで異性なんて微塵も興味が沸かない存在だったのに、ちょっと関わるだけですぐこれだ。我ながら現金なやつだと思ってしまう。


「ねぇ、狭山くん。昨日ソーシャルゲームに課金したい、って言ってたよね?」


 しかし神白は顔をパッと明るくした。


「それって、このゲーム?」


 神白は自身のスマートフォンを取り出し画面を見せる。画面には狭山がいつもやっているゲーム画面が映っていた。


「あ、あぁ! そうそう!! これこれ!」

「私もやってる」

「マジかよ。つうかこのキャラ今回の当たりキャラじゃん!」


 神白が持つスマートフォンの画面には、ライブ2Dで動くキャラが存在していた。


「当たった」

「すげぇ。マジかよ神白さん。やるなぁ。いいなぁ、欲しいなぁ」

「あげられないけど、フレンドになれたらかせるよ」

「あ、じゃあフレンド交換しようぜ、神白さん!」

「うん」


 スマートフォンを取り出そうとしたところで、狭山はハッとする。仕事中だということを思い出し、喉奥を鳴らす。


「ごめ、違う。すいません。仕事中でした」

「そうだね」

「えっと、じゃあその、仕事終わったら、フレンド交換しても、よろしいでしょうか? 神白さん」


 神白は何も答えなかった。疑問に思い、しかしすぐに答えは見つかった。


「お嬢様」


 そう呼ぶと、神白は頬を緩めた。


「よろしいです」


 おかしなやり取りを行った二人は、静かに笑いあった。

 お座りから伏せへと姿勢を変更していたルインは、そんな和やかな二人を静かに見つめていた。


お読みいただきありがとうございました!

次回の投稿は明日の12:30です。

次回もよろしくお願いしますー!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ