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ファンタジー一大巨編を書いていたはずなのに、気づいたらこんなことになっていた短編

 おや。

 おやおや。

 わたしはなぜここにいるのでしょう。

 見慣れたいつもの風景とまるで違います。こんなにもたくさんの文字で溢れかえっている場所なんて、初めて見ました。

 あの人もいないし、わたしは迷子になってしまったのでしょうか。


 一番目立つところに、何か書いてあります。

 「小説家になろう」……この場所の名前ですね、きっと。

 小説家に憧れる方々が集まる場所でしょうか。お互いに手塩にかけた小説たちを見せあって、技量を高めあっていく、みたいな。

 なんてすてきな場所なんでしょう。

 じっとしていてもどうにもなりませんし、少し歩いてみましょうか。



 

           *

 


 

 ここはどうやら、あの人のページみたいですね。

 『活動報告』、『執筆中小説』、『投稿済み小説』と、いくつか部屋があります。そのうちのほとんどはがらんどうでしたけれど、『投稿済み小説』のところだけは別でした。何を隠そう、わたしがいたんですから。

 ……何かの間違いじゃないでしょうか。

 あの人は飽きっぽい人でしたから、結局一つも小説を完成させることはできなかったと思うんですけど。だったらわたしがあの部屋にいるのはおかしいですよね?

 わたし知ってるんですよ、あの人がどういう人か。

 いいアイデアが思いついた! ってはしゃいでいたんです、わたしを生み出した時。小説を書くための専用のアプリをダウンロードして、文字を打ち込んで。

 あの人の頭の中では、わたしは骨太のファンタジー巨編でした。主人公が幼馴染と一緒に、剣と魔法の世界を冒険する話です。キャラクターを色々考えて、好みのシチュエーションや展開もいくつか。これは絶対に面白いぞー、って自信たっぷり。小説なんて、それまで書いたことなんてなかったのに。

 

 案の定、ですよ。画面をタップする指が止まって、単語を数個打ち込んだらすぐに消して。行き詰まってしまいました。

 数千字くらい書いたところだったでしょうか。

 書いても書いても自分の書きたい場面に行き着かないんですって。頭の中では最終回までの構想までバッチリあるのに、完成したら名作! バカ売れ間違いなし! なのに、いちいち形にするのが急に面倒臭くなったらしく、保存ボタンを押して、それっきり。わたしが再び開かれることも、書き足されることもありませんでした。

 そんな人なんですよ。

 

 根拠のない自身だけはあって、肝心の能力が全然。自分の意思を貫く気力も険しい道を進む覚悟も一切ない。それがわたしを書いた人だったんです。ああ、思い出したら無性にむかむかしてきました。あんな人でなければ、わたしだって、小説になれたはずだったんですよっ! 不格好でも、短くても、形にはなったはずなんですっ! もーっ! なんですか、「次いこう。もっといい感じのができる気がする」って! 書きかけも完成できない人に名作が書けるものですかーっ! 小説家目指すならプロットの一つでも作れるようになりなさーい!

 ……すみません。愚痴っちゃいましたね。お恥ずかしい。

 まあ、今話したとおり、できそこないなんです。わたし。

 スマホのホーム画面の隅っこにある小説アプリの、さらに隅っこにあるただの箇条書き未満の文なんですよ。

 

 ……えへへ。わたしの身の上話なんてどうでもいいですよね。困らせてごめんなさい、わたしってば一人でぺらぺら。

 ここには何もありませんから、外に出てみましょう。「小説家になろう」と書いてあるあれに触れば、別の場所に行けるみたいですよ。




            *

 




 わあー! わあ! うわあー!

 みて、見てください! あそこにあるタイトル、あれ、あれ全部、小説なんですか!?

 えっ、あれはほんのひと握り?

 「小説家になろう」にはもっともっと、気の遠くなるほどの小説がある、ですって!?

 気の遠くなるほどの、って……どれくらいですか?

 …………えっと、……ひい、ふう、……わあー、わけわかんなくなっちゃいます……!

 話には聞いてましたけど、こんな世界があるんですね……! 日夜たくさんの人が読者さんのために、すばらしい小説を投稿しているなんて!

 

 そういえば、あなたは小説を書く方ですか? それとも、読む専門ですか?

 どうしてわたしみたいなできそこないのところに来てくださったのか、少し不思議で……やっぱり、ただの偶然か、たまたまでしょうけど。あっ、偶然もたまたまも同じですね。えへへ。

 

 わたしを書いた人、ややこしいので作者さんとしましょう。作者さんは普段小説なんて読まない人でした。

 ある日、たまたま見たアニメがいたく気に入ったみたいで、しばらくお熱になっていたんです。待ち受けも画像フォルダもその作品ばっかり。えすえぬえす? でアニメを通じて知り合いも増えていました。

 で、原作が小説だったって気づくのに、三ヶ月くらいかかりました。そこで初めて「小説家になろう」を知って、いくつか作品を読みました。飽きっぽい作者さんにとっては珍しく、一年くらいは作品を読みあさってた気がします。

 

 ここだけの話、わたしの当初の設定……作者さんの完全オリジナルではなかったんです。というか、ほとんどそのアニメからパク……インスパイアされてましたね。いくつか自分好みのキャラクターを足して、本家のキャラクターとの絡みも妄想してたみたいです。ふふっ。

 

 小説って、そういうものから生まれるんですよね。誰かの作品に触れて、「自分だったらこうするな!」とか、「こんな感じのはどうだろう?」って。妄想や考察から新しい世界が広がっていって、自分でその世界を形にしたい、見てみたい……きっと誰もが、純粋な思いで小説を生み出すと思うんですよ。

 八十パーセントや九十パーセント好みなものは探せばそのうち見つかるかもしれませんけど、百パーセント好みなものは探すよりも脳裏に浮かぶほうが早いですしね。

 リビドーは出すものではなく、出るものなのです!


 えっ? リビドーですか?

 なにか、こう……湧き出る、パワーっ! みたいな……止められない、どかーん! 噴火ー! というか……あの、もしかして違って……?

 えっ! せ、せ、せいしょうどう……!?

 あっと、えー……すみません。できれば聞かなかったことにって……


 


           *



 


  あっ、あそこの「月間ランキング」って所! たくさんの人が見ていますよ!

 一つ一つをよーく見てみると……わあ。

 あらすじを見てみましょうか。異世界……チート……ハーレム、スローライフ、転生。エトセトラエトセトラ……ふむふむ、どれもこれも面白そうなものばかり……閲覧数? こんなに読まれているんですか。すごい……

 たくさんの夢を与えているんですね、ここにある小説さんたちは。わたしとは大違いです。


 ……ふむふむ。

 「チート」の文字が多い、ですか。

 主人公がとてつもない力で好き勝手する話のこと、ですよね? だいたいあってるようで間違ってる? あらら。すみません。

 あの人を思い出しますねえ。

 「小説家になろう」の小説を読み始めて、半年くらいしてからでしょうか。作者さん、いきなり言い出したんですよ。「チートチート、チートばっかりじゃんか。代わり映えしなさすぎて読む気失せるわ」って。

 なんの心境の変化か、あまり高い評価を受けていない作品をやり玉にあげてはあーだこーだと評論家ぶるようになりました。えすえぬえす上で知り合った方々の影響なのかはわかりません。多分、えすえぬえすをやっていなかったとしても遅かれ早かれなっていたような気がします。

 

 そんなある日のことでした。

 その頃は画面の外でも気の合う友人の方々と評論家ごっこをしていたのですが、そこにある人が入ってきたんです。その方は実際に「小説家になろう」に投稿なさっていた方でした。始めは作者さんと話があっていたように見えましたけど、段々と険悪な雰囲気になっていきました。

 ある程度目が肥えていたような自身があったんでしょうか。ご友人が見せてくださった作品を読むや否や、上から目線でアドバイス(笑)をし始めたのです。

 ご友人がお怒りになったのは言うまでもありません。

 そして、そこまで言うんだったらお前の書いたものを見せろ、さぞいい出来なんだろうな、と作者さんのスマホに保存してあったわたしを読み始めたのです。

 当然、できそこないの駄文です。

 かあっと頬が赤くなって、色々言い訳をまくしたてていましたけれど、結局作者さんは赤っ恥をかきました。

 

 人の作品を馬鹿にするものじゃないですよ。

 作品には、どんなものにも想いがこもっています。熱いもの、やわらかいもの、とげとげしたもの、苦いもの。想いに書き手の方の人生が組み合わさってスパークしたものが小説なのです。

 これは小説のみならず、人が作ったあらゆるものに言えることですね。

 作品は、自分の人生を生きてきたという証明です。少しでも違う人生だったなら、その方は別の展開、別の話にしていたでしょう。その瞬間のその方にしか書けないものなのですよね、小説は。

 わかっていただけますでしょうか!?

 ……わああっ、すみませんすみません! 一人で盛り上がってしまって! ああもう、言いたいこと全然言えてないし格好悪い! すみませんすみませんすみません……!

 


 


           *




 

 ふう……。

 丁度いい所に広告のバナーがあってよかったですね。座り心地もなかなかです。

 ここから見える景色はどこまでも文字ばかりですね。見ようによっては夕焼けっぽくもなるかもですけど。

 ……。

 わたしばっかり話しちゃってますよね。

 えへへ。当たり前ですよね、小説だから。聞かれてないことでもぺらぺら……一方的なのはまあ、ご愛嬌ってことで。

 わたしは小説、あなたは読み手。

 わたしはここにいて、人に物語る存在……

 

 ……あれ、そうだった。

 わたし、なんでこんなところにいるんでしょう。


 作者さん、結局わたしを完成させないで、放り出して、どこへ行ってしまったんでしょう。

 もしかして、どこかへ行ってしまったのは、わたしのほうなのでしょうか。

 あの人がデータ整理のためにアプリを消してしまっていたとしたら……ああ、あの人のことです。飽きたものは再熱するまで再熱しないので……できそこないのわたしのことなんて、きっともう忘れてしまっているに違いありません。

 だとしたら……


 わたしは、幽霊?

 あなたは、ここは、消えてしまったわたしの精神が見ている、つかの間の幻?


 ……ねえ、あなた。

 今、画面の前にいる、あなた。

 

 わたしの名前を呼んでください。

 わたしの名前を読んでください。


 ……あの人がつけてくれた名前は、とても長ったらしい名前でした。あらすじをそのまま持ってきた感じの。「異世界」と「チート」「転生」は入っているはずです、間違いなく。確かにわたしはそういうファンタジー冒険譚でした。


 …………。

 「ファンタジー一大巨編を書いていたはずなのに気づいたらこんなことになっていた短編」。

 それが、わたしの名前、なんですか?

 今の、わたしの名前なんですね。


 わかんないです。

 この名前に、なんの意味があるんですか。


 作者さん、わたし、あなたのつけてくれた名前、嫌いじゃなかったんですよ。

 探せば似たようなものはあったかもしれません。

 でも、作者さんが名付けたからこそ、わたしは物語として、小説として生まれることができたんです。

 なのに。

 

 タイトルも内容も変えてしまったら!

 もうまるっきり別のものじゃないですか!

 


 どんなに不格好でも尻切れトンボでも文体がなってなくても誤字があっても接合性がなくても言いたいことが伝わらなくてもそもそも何言ってるかわかんなくても格好つけすぎて寒くなっててもギャグがダダ滑りしてても秀才キャラが全然頭良さそうに見えなくても主人公の影が薄くても裏設定や因縁を考えすぎて描写不足になっても改行だらけになってもスペースだらけになっても造語や専門用語だらけで意味が通じなくても強調したいシーンでスピード感出そうとしたらやけに文があっさりしすぎててもどうでもいい描写を丹念にやりすぎてくどくなってても!


 あなたの作ったものを!

 あなたが否定しないでください!!



 ……あなたにあたっても意味がないんですよね。

 せっかく読んでくださっているのにこんな、もう、ああ……すみません。

 貴重なお時間、ありがとうございました。

 お目汚し失礼しました……わたしはこのサイトの片隅で、ひっそりと朽ちていくことにします……。




 

 自己紹介、ですか?

 そういえば、あなたの名前も聞いていませんでしたね。

 忘れませんよ、絶対に。わたしのような駄文を読んでくださった方の名前ですもの……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。


 ……あの。

 なんか、めちゃくちゃ聞き覚えがある、ような気が。


 あなた、えっ、えっ。

 あの時の……!?



 よっ、よりによって、自分の作品をボロクソに貶した相手の駄文を! わざわざ読みに来てくださったのですか!?



 …………えっ。

 「あれから、彼とは和解した」?

 「色々こっちも言い過ぎたし、面白いものに抱く情熱は本物だって思ったから」?


 ……お人好しすぎですよ、もう。

 あと買いかぶりすぎです。作者さんはただのろくでなしですよ、そこは間違いありません。


 ……そうですか。

 作者さんと話しあって、わたしのストーリーも、キャラクターも、よりよくなるように試行錯誤したんですか。……あっ、アナログで。紙とペンで。今時硬派ですねえ。そりゃあわたしが知るわけないか。


 ……「だから、君がこうなったのは、僕の責任でもある」、ですか。

 まったくですよ。

 原型留めるどころかジャンルごと変わってるじゃないですか……もう……。


 でも、よかったです。

 わたし、ちゃんと作者さんに気にかけて貰えてたんですね。


 ……ちゃんとではないか。


 まあ、そっくり別物になってても、書くことを諦めてなかったのは嬉しいので。

 そのうち、考えてた元のストーリーも完成させてくれませんかねえ。




           *





 そろそろ、お別れの時間ですね。

 そんな顔しないでください。また会えますよ。

 なんならタブを消したあとでも、履歴からまた来れます。

 ムードもへったくれもありませんねえ。


 ……活動報告も更新しないあの人に言っといてください。

 書きたいものが書けないからやめる、では困ります。書きたいものを書けるまで書いてくださいね、って。

 きっと、あなたに書かれるのを心待ちにしている物語たちが、数え切れないくらいありますから。


 では、また。



 ああ、そうだ。

 最後にもう一度だけ、名前、呼んでくれませんか?




 …………ふふっ。

 悪くないかもですね、この名前も。

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