誤解
玄関の前にくるとあらためてドキドキする。
とにかく緊張するし怖い。
変なこと言われたらどうしよう。
あたしは夕凪を抱きしめながらそう思った。
父親は何の躊躇もなくチャイムを押した。
いや……
まだ心の準備が……
ピンポーン。
昔ながらのチャイムの音が部屋の中に響き渡る。
部屋の中からガタゴトと人の気配がする。
ああ……
留守だったら良かったのに……
『はーい……』
寝ぼけたような声が部屋の中からする。
意外だった。
女性の声だ。
絶対に男だと思っていた。
勝手な想像で得体のしれない男が住んでいると思っていた。
しかし扉を開けたのはあたしよりも少し背が低くて小柄な女性だった。
髪の毛のボサボサ感はあたしと変わらない。すさんだ生活が彼女の外見から見て取れる。
来客があるのにジャージをだらしなく着ている。髪の毛もあまり気にしていないのか……あたしと同じく気にする余裕がないのか、短く切ってはあるもののボサボサで寝ぐせがついて、爆発状態である。
化粧もしていない。
ただ目は二重だし、肌は色白できめ細かいし……よく見ると顔立ちは可愛い人なんだろうと思うけど……
いかんせん化粧をしていないので残念な感じになっている。
『すみません。引っ越してきてバタバタしておりまして挨拶が遅れたのですが……隣の浦野と申します』
『あ、はい。ああ……ご丁寧にすみません。二階堂です』
二階堂と名乗った隣人は、バツが悪そうに髪の毛を手で押さえつけた。
扉を開けた後に自分の姿に気づいたのだろう。
『住んでいるのは娘と孫なのですが、なにぶん赤ちゃんがいるもので、ご迷惑をおかけしていると思いましてね。良ければこれ……お近づきのしるしに……』
父親は挨拶の品に買ってきてであろう実家の近所の松風堂のいちご大福を手渡しながら、二階堂さんに言った。
『あ……いや……これはご丁寧に……すみません。赤ちゃんがいるなんて知りませんでした。あのお……』
二階堂さんはあたしの方を見ながらバツが悪そうな顔をした。
『壁……どんどん叩いちゃって……もしかしたら……赤ちゃん起きちゃったりしました?』
『え? いや……あの……それはたぶん大丈夫です。』
『もし迷惑おかけしてたらすみません。あたし大学生なんですけど、論文でわけがわからなくなると部屋をぐるぐる歩き回りながらぶつぶつ独り言を言って、考えがまとまると壁をどん! と叩く癖があるんです。叩いたあとに『あ――』って思うんですけどね……。無意識なんですよ。でも……あのお……これからは気を付けますね』
『あ……いや……あの……こちらこそ、この子の泣き声でご迷惑をおかけすることもあると思いますのでよろしくお願いします。』
『そんな、とんでもない。赤ちゃんが泣くのは仕方ないことじゃないですか。てゆうか……赤ちゃん、女の子ですか?』
『ええ。夕凪と書いてゆうなって読むんです。』
『へえ…夕凪ちゃん。寝てるのかな?? かわいい――』
二階堂さんは嬉しそうに夕凪の顔を覗き込んだ。
あたしは父親と目を合わせた。
『ほら言ったろ。会ってみなくちゃ分からないって……』と言いたげな顔をしていた。