表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

大事に思ってくれる人

 土曜日。

 仕事は休み。


 それでも洗濯をしなければならない、夕凪(ゆうな)のミルクを作り、自分の食事も作らなければならない。

 休みの日でもやることはたくさんある。

 時計の針が6時を指している時点であたしは洗濯機を回し始める。

 学生で実家にいた頃は、休みの日は10時近くまで寝ていることも多かった。

 そんな日々が幻のように感じる。


 今日は父親が来てくれる。

 隣人に挨拶をしてくれるとのことだった。

 大家のおじさんが父親の恩師だったのには驚いたが、おじさんはちょくちょくあたしを心配してくれてやってきてくれていた。声が大きいのがたまにキズだけど…。

 あのお姉さん…たぶん娘さんだと思うんだけど、娘さんが作ったおかずなどを置いて行ってくれた。


 時計が9時を半分ほど超えたぐらいの時間に部屋をノックする音がした。

 ちょうど夕凪のオムツを変えて、ミルクをやり終わった頃だった。

 扉の向こうには父親がいた。

 ほぼ時間通りだ。


 あの日、電話で父親は隣の人に改めて挨拶をすると言った。

 あたしは怖いから『嫌だ』と言ったのだが……

 『こういうことはちゃんと挨拶してお互いを知れば誤解が解けるかもしれない。』

 と父親はあたしに言った。

 『一人で行くのは危ないからやめなさい。お父さんが一緒に行くから。それに大家さんにも一言伝えておくから……安心しなさい。』

 ここまで言われると断れなかった。


 父親は扉を開けてあたしを見て……開口一番言った。

『春海……大丈夫か??』

『大丈夫……』

『いや……その……髪の毛』

 夕凪と二人で生活するようになってから、あたしは家にいるときはあまり化粧をしなくなった。

 髪の毛も伸ばしっぱなしで、ボサボサ。枝毛の処理などもやっていない。


 自宅にいるときに比べたら別人のようになっていたのかもしれない。

『はは……自分のことなんかかまってる暇ないから』

 あたしは生まれて初めて父親の前で作り笑いをした。


 本当は泣きたかった。

『そうか……。あとで母さんに電話してきてもらうから、美容院に行ってきなさい』

『え。いいよ』

『いや……行きなさい。気分転換になるだろ。根をつめてはいけないから』

『はい……』


 張りつめていたものが崩れそうだったが我慢した。

 なんとか言葉を探し出してあたしは言わなければいけない言葉をきちんと父親に伝えることができた。

『お父さん……ありがとう。』


 面と向かって父親にお礼を言ったのはいつ以来だろう。

 あたしは泣くのをこらえるので大変だったが、父親は照れ隠しをするのが大変だったようだ。


『そうか……。じゃあ……行くか』

『うん……。あの……さ』

『どうした?』

『なんかその……変な人だったらどうしよ……』

『その時は一度帰ってこればいい。仕事だって実家からでもなんとかなるだろ』


 肩の荷がす――っと軽くなるのが分かった。


 いつからか……父親はもっと厳格で話が分からない人だと思っていた。

 だから気が付いたら話さなくなって……避けるようになって……あたしの中での存在は友人の方が大きくなっていった。


 でもそれはあたしが間違っていた。

 あたしが夕凪(ゆうな)を必死で守ろうとしているのと同じく……父親も、そして母親もあたしのことを大事に思ってくれている。


 あんなに大事だと思っていた友人たちは学校をやめてから連絡も来ない。


 親は偉大だ。

 あたしも夕凪にとってそんな母親になりたいと強く思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ