大事に思ってくれる人
土曜日。
仕事は休み。
それでも洗濯をしなければならない、夕凪のミルクを作り、自分の食事も作らなければならない。
休みの日でもやることはたくさんある。
時計の針が6時を指している時点であたしは洗濯機を回し始める。
学生で実家にいた頃は、休みの日は10時近くまで寝ていることも多かった。
そんな日々が幻のように感じる。
今日は父親が来てくれる。
隣人に挨拶をしてくれるとのことだった。
大家のおじさんが父親の恩師だったのには驚いたが、おじさんはちょくちょくあたしを心配してくれてやってきてくれていた。声が大きいのがたまにキズだけど…。
あのお姉さん…たぶん娘さんだと思うんだけど、娘さんが作ったおかずなどを置いて行ってくれた。
時計が9時を半分ほど超えたぐらいの時間に部屋をノックする音がした。
ちょうど夕凪のオムツを変えて、ミルクをやり終わった頃だった。
扉の向こうには父親がいた。
ほぼ時間通りだ。
あの日、電話で父親は隣の人に改めて挨拶をすると言った。
あたしは怖いから『嫌だ』と言ったのだが……
『こういうことはちゃんと挨拶してお互いを知れば誤解が解けるかもしれない。』
と父親はあたしに言った。
『一人で行くのは危ないからやめなさい。お父さんが一緒に行くから。それに大家さんにも一言伝えておくから……安心しなさい。』
ここまで言われると断れなかった。
父親は扉を開けてあたしを見て……開口一番言った。
『春海……大丈夫か??』
『大丈夫……』
『いや……その……髪の毛』
夕凪と二人で生活するようになってから、あたしは家にいるときはあまり化粧をしなくなった。
髪の毛も伸ばしっぱなしで、ボサボサ。枝毛の処理などもやっていない。
自宅にいるときに比べたら別人のようになっていたのかもしれない。
『はは……自分のことなんかかまってる暇ないから』
あたしは生まれて初めて父親の前で作り笑いをした。
本当は泣きたかった。
『そうか……。あとで母さんに電話してきてもらうから、美容院に行ってきなさい』
『え。いいよ』
『いや……行きなさい。気分転換になるだろ。根をつめてはいけないから』
『はい……』
張りつめていたものが崩れそうだったが我慢した。
なんとか言葉を探し出してあたしは言わなければいけない言葉をきちんと父親に伝えることができた。
『お父さん……ありがとう。』
面と向かって父親にお礼を言ったのはいつ以来だろう。
あたしは泣くのをこらえるので大変だったが、父親は照れ隠しをするのが大変だったようだ。
『そうか……。じゃあ……行くか』
『うん……。あの……さ』
『どうした?』
『なんかその……変な人だったらどうしよ……』
『その時は一度帰ってこればいい。仕事だって実家からでもなんとかなるだろ』
肩の荷がす――っと軽くなるのが分かった。
いつからか……父親はもっと厳格で話が分からない人だと思っていた。
だから気が付いたら話さなくなって……避けるようになって……あたしの中での存在は友人の方が大きくなっていった。
でもそれはあたしが間違っていた。
あたしが夕凪を必死で守ろうとしているのと同じく……父親も、そして母親もあたしのことを大事に思ってくれている。
あんなに大事だと思っていた友人たちは学校をやめてから連絡も来ない。
親は偉大だ。
あたしも夕凪にとってそんな母親になりたいと強く思った。