小春日和を待つ日々
時間が経つのが早いと思うようになったのは夕凪が生まれてからだっただろうか……。
あっという間に1年が経った。
あたしは車の免許を取得して、仕事も順調にこなせるようになってきている。職場にも何人かの仲の良い友人と呼べる人とも出会い、楽しくやれている。
お隣の二階堂さんは無事に大学を卒業して総合職の仕事に就いたらしい。
卒業したら引っ越すのかな――と寂しく思っていたら……就職してもこのアパートに住み続けるらしい。引っ越し費用のことを考えて近くの会社に就職したとのこと。
何かに夢中になると独り言を言いながら壁を叩いたりする癖は相変わらずだけど、たまに時間があるときにおしゃべりすると楽しい大事なお隣さんだ。何より夕凪のことを可愛がってくれている。
最初は壁の音が怖かったけど真相を知ってしまうと嘘みたい気にならなくなった。
職場には新しい職員が数人入ってきた。
谷井田さんたちが、急に辞めてしまったからだ。
何が気に食わないのかはあたしにも分からないのだけど、元から文句の多い人ではあったので仕方ないのかなとも思う。
なんでもそうだけど、自分の思う通りに行くことばかりではないのだ。
ある程度の我慢は必要だと思う。
新しい職員もあたしより年上の人が多い。
ユニットリーダーの川本さんに聞いたら、基本的にこの業界には若い子は入ってきづらくなっているらしい。給料が安いという理由が第一なのだけど、仕事のきつさもその原因の一つなのではないかとあたしは思っている。
ただこの業界……良いところもある。
あたしのように学歴のない人間に優しいところだ。
学歴がなくても資格が取れるし職務経験を積むこともできる。知識もある程度お金をかけずに勉強することができる。
そういうところはこの仕事の良いところだ。
偉そうなことを言えた立場ではないのだけど、大事なお仕事なのでもっとなり手が増えればいいなと思う。
佐野さんには無事に赤ちゃんが生まれ、彼女は育児休暇を経て職場に戻ってきた。
赤ちゃんの写真を見せてくれた彼女はとても幸せそうだった。
あたしも可愛い赤ちゃんの写真が見れてとても嬉しい。
生まれてきた赤ちゃんは元気な男の子だった。
赤ちゃんと言えば……。
この仕事に就いたばかりの時……夕凪を連れてバスに乗った時に、いきなり夕凪が泣いて困ったことがあった。最近ではそういうことはなくなったが、実はあれ以降もちょくちょく夕凪はバスの中であたしを困らせてくれた。
そんな時に……
『赤ちゃんは泣くのが仕事です。ご乗車の皆さま、赤ちゃんの泣き声で元気をもらい今日も一日がんばりましょう!』
と言ってくれたのはバスの運転手だった。
初老の男性運転手はいつもあたしの通勤時間のバスを運転していたらしく、夕凪が泣くたびにそんなことを社内マイクで言ってくれた。
あれは本当に助かった。
機会があればこの運転手さんに何かお礼がしたいと思っている。
あたしの周りには赤ちゃんの話が多い。
それはあたしが不格好ながらも母親だからだろう。
不格好な母親と言えば……美織の話。
先日……元気な赤ちゃんが産まれたと連絡があった。
彼女はあれから両親と共に相手の男性の家に行ったらしい。すると相手はとても恐縮してくれたようだ。
あたしの時もそうなのだが、合意の上でやったことなのだから、男性が悪いとか女性が悪いだとか言うのはおかしい。どちらも悪いのだ。命を紡ぐということに対する敬意が足りていないからこういうことになってしまうのだ。
とはいえ…彼女らは、お互いが家族を交えて話し合い、子供はきちんと産んで、二人は時期を見て結婚することになったらしい。
結婚できたのだからいいという問題ではないけど、それでもこういう状態になって結婚もできないとなると悲惨である。
美織には旦那さんとよく話し合って、これから大変なこともあるのかもしれないけど、赤ちゃんと3人で幸せになってほしい。
そういえば2歳になった夕凪はよちよちと歩くようになった。
季節が春になると新緑が目に麗しい。
休みの日の天気がいい時には夕凪を連れて公園に行くことが多くなった。
小春日和が身体に心地よい。
夕凪が産まれてからいろんなことがあった。
本当に嵐のような毎日だった。
たぶん……これからもいろんな問題があたしたちに降りかかるかもしれない。
でも周りは自分を助けてくれるし、自分もできることがあれば周りを助けたいと思っている。
あたしはそうやって夕凪と一緒に小春日和のような穏やかな日が来るのを待ち続けたい。
(了)
なんか新しい小説を書きたい…と思ったのは昨年の12月に仕事を辞めた時でした。
うつ病を患って毎日が不安にさいなまれていたので、書けない日もありましたが、そんな不安を振り払うようにこの小説を書きました。
このネタで書こうと思ったのは…
作中で主人公の春海が言っている通りです。
未婚のまま子供ができると言う話をよく耳にします。
ボク自身、男の子の父親ですが、本来、妻がいて子供がいて家庭を持つということは幸せなことなのです。にもかかわらず、本当の意味で家族を作るということを分からないまま子供ができてしまい、不幸になる人が多いなあ…と感じていました。
ことさら誰が悪いのか…と言えばそれは同意の元でのことであるならば、男性も女性も悪いとボクは思います。でも絶対的に悪くないのは新しく生まれた命ではないでしょうか。
そのことを書きたいと思ったのでこの小説を書くに至りました。
どうでしょうか。
うまく表現できましたでしょうか。
読者様の琴線に触れることができるようなお話になっていたら嬉しい限りです。
お付き合いいただきありがとうございました。




