【3時間目 冷徹姫の溶かし方】 村人Aの誘い方①
ネームプレートの置かれた机。
早乙女は自身の机に腰掛け、周りの席のクラスメートに適当な挨拶をしていると、担任らしき人物が入ってきた。
「皆さん、入学おめでとうございます。私はこのクラスの担任で司馬美幸です。早速ですが渡された資料をみてください」
全員が机に置いてあった数枚の紙に手を取る。
「学生証発行書類、電子タブレット申請書、学内パンフレットに部活動申請書。あとはキャッシュバンド登録票ですね。どれも早めにしておかないと困りますからね」
早乙女は話半分でそれぞれの説明に目を通す。
(電子タブレットは授業の出席日数は休講案内についてが送信されて、キャッシュバンドは学内で使える通貨だけど、交通電子マネーとしても使える、か)
2020年度の東京オリンピック以降、キャッシュレス化の波に推されて15歳以上に義務付けられた『キャッシュレスバンド』。生体電機と指紋で簡単に支払いが出来るリストバンド型端末として普及し始めた交通系IC。普及当時こそ本人の認証が必須ということを逆手に取った犯罪が横行したものの、現在では生体電機による拒否反応を読み取り、購入することができなくなってしまうシステムが組まれてしまったため、犯罪率が限りなく減った。
いまでは銀行のキャッシュカードもバンドで統一することができたため、社会人のツールの1つになっている。
「昔のに比べて登録した本人以外の生体電機以外だと反応しないから、お風呂とかで外してたら子供が使っちゃったなんてことも出来なくなったから便利になったわね」
全員の頭の中で先生に子供がいるのかな、と疑問符が浮かぶ。
早乙女はクラスに一通り目を通す、
先程校門で出逢った少女2人の内、自転車に乗せたボブでマロンブラウンの少女は早乙女と同様に辺りをそわそわと見渡し、漆黒の長髪の少女は我が道を行くといった感じでファイルに資料を入れている。
「なぁ」
「ん?」
辺りを見渡す早乙女の後ろから指で小突いてきた少年。
ツンツン髪の少年、野球少年というのがピッタリな感じだ。
「今日早めに終わるだろ?クラス数人でどっか遊びに行かね?駅前のゲーセンでもさ」
「いいな。俺は早乙女伊織、よろしく」
「俺は久喜悠馬。野球部に入る予定だから一緒にどうだ?」
「部活は検討しとくよ」
放課後の予定を決め、明日からの授業内容を聞く。
教科書を校門前で取りに行ってくださいねー、という司馬の言葉を最後に教室中が会話に包まれる。
同じ中学からの出身同士で固まって話したり、隣の人、そしてその周りの人と和を広げていって話している。
早乙女も久喜のコミュ力のおかげで自然とその中に組み込まれていたが、会話に適当な相槌を打っている状態。
(このまま村人Aみたいな感じでクラスの添え物になりそうだが、ハブられるよりはマシか)
クラスの和が広がっていき、他のグループとも合流していき、1つの大きな集団になった。体育祭や文化祭などでは効果絶大だろう。
(・・・あいつ)
早乙女の視線、それだけでなくクラス中の視線がある1点に注がれていた。
早乙女が出逢った少女の1人。眉目秀麗という言葉が服を着ていてるような顔立ち。下手な芸能人では勝ち目がないほどのルックス。
だが、そのせいなのか彼女に声を掛けるのを躊躇っている節がある。
加えて、今日はクラス結成初日。
下手な行動をして悪目立ちしてしまえば、クラス内で腫物扱いされることをなんとなく理解できているため、和からはみ出して彼女に手を差し伸べない。
それどころか、自分のポジションを手放すまいと、無視するわけではないが分かっていながら会話を続行している。
(さすがになぁ)
これだけの集団から除け者にされるのは不憫と感じた早乙女はクラス中の視線を独り占めして彼女の元に向かう。
距離が縮まるほどに、心拍が早まり後悔の念が若干出てくるが、それでも足は不思議と止まらなかった。
「よ、よかったら一緒に遊ばないか?どこに行くかはこれだけだけど」
振り絞った言葉にクラス中から賞賛の視線が贈られる。
(これできっと学級委員とか面倒そうなのは指名されそうだなぁ)
今後の自分の行く末を察しながらも、第一声の返答を待つ。
「あら、どこに行くかも決まってないのに人を誘うだなんて、誘い方の仕方を学んでから出直してください」
クラスが静まり返った。
第一印象が今後の自分を決定するこの場面で、最悪であろう拒絶の言葉。たとえ嫌でも多少は場の空気を察するところで何ともまあ、周りに流されない言葉を発したのである。
こうなっては勇気を振り絞った早乙女も浮かばれず、端から見れば美人にナンパして振られた可哀そうな村人A。
「それに今日は予定があるの」
通学鞄を持ち、クラスの視線を受けながらも気にする様子もなく教室を出る。
静まり返った教室。
「ははははっははは」
そんな空気を払拭したのが、ボブでマロンブラウンの少女だった。
「笑って悪かったわね。でも、ぷぷー。あんな見事な振られっぷりだと流石に笑っちゃうわよ」
「悪いと思っているなら笑うなよ」
「まぁ、《冷徹姫》って呼ばれていただけはあるけどね」
「ん?《冷徹姫》?」
「同中の子から聞いたんだけど星宮さん、あの容姿だから中学時代から凄くモテてたんだって。で、告白をバッタバッタと断り続けている様子から冷徹姫ってわけ」
(そりゃ中学生時代なんて、男子は優しい、勉強ができる、運動ができるでモテるけど、女子は見た目の印象が強いイメージあるしな)
「にしても酷い言われ方だったな。ま、お前の努力は皆分かったさ」
肩に手を添えて賞賛してくる久喜。
辺りを見渡すと男子に至っては『よくやった』と拍手、女子からは『いいんだよ、頑張ったよ』と母性溢れる視線が飛んでくる。
どこぞのマロンブラウンの少女が相変わらず堪える気のない笑いを頬いっぱいに溜め込んでいる。
「天塚、お前絶対性格悪いだろ」
「まぁね。それに紗季で良いわよ。あんだけ頑張ったんだもん。名前で呼ばせてあげるわ」
「なんで俺が頑張った褒美が名前呼びなんだよ」
どうにかクラスに馴染んだ早乙女。
だが、心のどこかで星宮が気がかりになっている。
(キャラじゃないけど、クラスで1人ハブってのはちょっとな)
「明日また誘ってみようぜ。今日は行けるメンバーで遊びに行こうぜ」