嫁の飯がマズイ~栗ご飯~
家に帰るのが憂鬱だ。仕事からの帰路に思わずため息が出た。
家に帰るということは嫁の飯を食べる事に他ならない。
嫁は美人でスタイルも抜群で器量よし。友人や同僚からはたびたび羨ましがられるほどだ。
しかし、嫁には唯一にして最大の欠点がある…………そう、飯がマズイのだ。
ちなみに、嫁本人は味覚音痴ゆえ、自分の料理がマズイことに気がついていない。
「ただいま」
「おかえりなさい、あなた」
今日も嫁は美人である。その笑顔を見るだけで、仕事の疲れも吹き飛ぶほどだ。
「今日は栗ご飯を作ってみたわ。結構自信作なの!」
嫁がこう言う時、普段の4割増しでメシマズの危険信号だ。
しかも、栗ご飯というのは、初見の嫁作の料理である。
二回目以降に味わう料理ならば、まだマズイという覚悟はできる。だが、初見で出てきた料理は、どういう方向性でマズイのか分からない危険性がある。
テーブルの上には、湯気をたてる栗ご飯……見た目は至極まともである。しかし、見た目からはどんな狡猾な罠が隠されているか分からない。
栗ご飯というと、適度に塩気の効いた白米の旨味に、ほくほくとした栗の食感と自然な甘みが調和した素朴な料理だ。
普通に考えれば、栗を入れて米を炊くだけなのだから、致命的な失敗の可能性は少ないはず。しかし、嫁の手にかかれば、その味は一体どんなものになるか想像もつかない。
いざ、実食。
「いただきます」
覚悟を決めて、栗と一緒にご飯を頬張る。
……………甘い、ひたすらに甘い。
栗の自然な甘み云々以前に、ご飯全体がひたすら甘い。そう……砂糖のシロップをご飯にぶっかけたかけたような甘ったるさだ。時々感じる塩気が、全体の甘さを一段と引き立てていて、マズさが加速させている。
マズいという事を顔には出さないように、無心で栗ご飯らしきものを嚥下していく。
嫁の料理の性質が悪いところは、ギリギリ食えなくもないレベルでマズいというところだ。ギリギリ食えるのだから残すわけにもいかない。
そしてついに、ゴール……完食である。
なかなかの強敵であった。
渋目のお茶を一口飲むと。口の中に残ったねっとりとした甘みが浄化されていく。
「ごちそうさまでした。ところでこれは何の栗を使ったんだい?」
「栗の甘露煮よ。お義母さんから送られてきた高級なやつよ。二瓶まるまる全部入れたわ」
……なるほど、分かったぞ。これは甘露煮の汁ごと炊飯器に入れて炊き込んだな。少量ならばアクセントになりえたかもしれないが、全部となるともはやメシマズ不可避である。
甘く煮詰められたシロップと白米によるシンプルながらも単純にマズいというコンボが完成したようだ。
「ちょっと疲れてるから、今日はもう寝るね。明日は同僚と飲み会があるから晩御飯はいらないよ」
「最近、飲み会多いわね。あんまり外食ばかりだと体に悪いわよ?」
「はは、そういう付き合いも仕事のうちだから仕方ないよ」
そろそろこの言い訳も使い辛くなってきた。だが、嫁の飯を食べる機会を減らした方が精神衛生的にはいいのだ。
今日のメシマズは何とか乗り切った。だが、これからも新たなメシマズが俺を襲うことだろう。