ため息と財宝
人が想像しうる最強の魔物として、おそらく最も多く語られてきた存在は、やはり竜であろう。
無論だ。
我は間違いなく、この世において最強の生物である。
そして、数多くの創造伝説を残してきたこの大陸においてだけではなく、我が産まれ堕ちた”魔界”においても、最強の存在である。
……しかし、どうしたことか。
その我が、いま困った状況に陥っているのである。
「ええーい、喰らえ~!!」
ピンッ。
「どっはあ~!!」
我の爪の一弾きで、人間どもがふき飛ぶ。
そして今度は、『むはあぁー』
ゴルルブオウーー
「ど、竜の吐息だあ~!」
ひいっ、上位魔法障壁が簡単に消え……逃げろお!!
あまりに不甲斐ない敵についた我のため息で、やつらは泡を食って逃げ出した。
財宝ーー過去に我を討伐しに来た者どもが身に付けていた装備ーーーーを惜しそうに眺めるが、それは”竜の巣”より少し奥にある。
別にそんなものを護っているつもりはないのだが、我の棲む”湖底大道”は、全体が下りの造りになっているので、床を掃除していくとどうしても奥にすべてが溜まってしまうのである。
……土壁や棚岩の上はいくら汚れていても構わないが、床だけは許せない。
我は潔癖性なのである。
まあ、そんなことはどうでもいい。
ーー本当の問題は、我が魔界に帰れなくなってしまったことなのだ。
何度も言うようだが、この土地だけではなく、竜は全宇宙で最強の種族である。
その中でも古竜や、竜王すらもはるかに凌駕する『七星竜』と呼ばれる存在が、我である。
それほどの生物である竜が、”人間界”に遊びに来て、帰れなくなってしまったのだ。
「むう……。まさか、こちらで楽しく活動するために物質化したのに、その肉体が強靭すぎて、死ねないとは……」
このままでは、精神生命体となって魔界との境界を越えるには、あと一万二千年も生きねばならぬ……。
もうこの世界をある程度楽しみ、幾度も襲いかかってくる愚かな人間に飽きてしまっていたのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
(たまに人間は、自殺などをしてしまうようだが……まさか崇高な竜魂を持つ我が、そんなことをするわけにもいかない)
巨大な存在は、それなりに不自由なものなのである。
またしばらくは、今いる”湖底大道”で眠っているか……
我はここ千年で出しつくしてしまった答えの一つをまたつぶやき、20米はある体高を丸めて目を閉じたのだったーー。
ちなみに、本当に一万二千年が過ぎるまで、我はのんびりと生きた。
「な、なんじゃとお!? ただの討伐者だと思っておったが、これが勇者と呼ばれる存在か……やられたあ!!」
なんてことは一度もない。
人はあまりにも弱く、さらに弱い魔物だけを倒して粋がっているだけなのだ。
ある者は、我の話し声にすら恐怖して膝をガクガクと揺らし(まあ、それだけで竜の強さを理解できたのだ。なかなかの実力者である)、またあるパーティーは、姿を見せてやっただけで失禁していく始末である。
あ、一応言っておくが、よく貴様らは『竜の吐息』などという特別な攻撃があると思っておるが、あれは無いぞ?
生物として段違いの、赤子のように弱い戦士らが、まことにただの溜め息で死んでいっただけなのじゃ。我の内蔵などはとくに、惑星核に等しい温度(約5700℃)で活動しておるからの。
他のドラゴンも、昔は普通に魔法を使っておった。それが、我のようなケタ違いの一部の竜が「口からものすごい攻撃をした」などという噂が広がって、小者がマネを始めたのである。
特別な属性もなく、ただ炎を吹いているような奴は、カッコつけてるだけの要は口から魔法じゃ。
それでは、我はこの辺でーー
あ、あと一万年を越えて山のように溜まった財宝 (ゴミ)は、そのままにしておくのも癪だから、仲間の暗黒物質竜にあずけてやったわ。
今では、人間界で竜といえば「とんでもない宝を護っている生物」のような伝説もあるが、そもそも元ネタはそれも我じゃな。
……ヒマがあれば、貴様らも魔界に遊びに来るがよい。
ふおっほっほ。
『異世界転生』などというくだらんマネはせずにな。
人はそもそも、長く生きるだけで魔法のような力を使えるようになるものなのじゃ。
それを何の継続もなしに、血道をゆく覚悟すら放棄して、「あれが羨ましい」「これが始めからあれば楽だ」みたいなチート・チート・チート、のオンパレード。
飽きるわ!!
……ウオッホン。
まあ、我の下にいる『第6天魔王』ですら、星を破壊するどころか、銀河を生み出すレベルじゃからのう。
少々のチートなど堪えもせん。
ドラゴン・キラーを持って、かかって来い!
あれもワシが気まぐれに人間に作ってやった武器じゃがの。
ふひっ。