表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/29

白したたる赤

 うちに来てもいいよと話したはずなのに、その人は玄関のドアの前で足を止めた。車のままマンションに入って、エレベーターで最上階へ上がって、形だけの門も過ぎてきたのに、いけないのか。


「入っていいよ」


「うん!」


 あらためて告げると、その人は無垢に笑みを見せてうなずいた。ずきりと胸に何か刺さる。


「あの、血、のこと。処女じゃないけど問題ない?」


「もんだいある?」


「ああ、うん。ないよね」


 明かりの下で見ても、その人の年齢は掴めなかった。紺色のような、藍色のような、丈の長い細身のワンピースが似合う。ショートブーツのかかとに揺れる金色のチャームがきれい。その人の瞳は、七月の朝焼けの色だった。


「いえひろい。かぞく?」


「ううん。一人暮らし」


「おかねもち」


「違うよ。そんなんじゃない」


 与えられただけ。要らないものばかりもらって、捨てられもせずに引きずっているだけ。


「お風呂入る? あたたまるの、こたつのほうがいい?」


「ち。よごれていいところ。かたづけやりやすいところ」


「ああ、ごめん。おなかすいてたんだったね。お風呂でいいか」


 荷物を置いて早速、お風呂場へ。腕まくりしてカッターナイフを右手に持つ。左腕には過去の名残があり、今から傷が増えたところで誰に隠す必要もない。


「ところで、私がやっちゃっていいの? いつものスタイルがあったり、やりやすい方法があるなら、そっちに合わせるけど」


「いつも……」


「うん」


「まえ、ち、くれたひと……ちゅうしゃでこっぷにいれた」


「おお……何か、野蛮な方法でごめんね。うち注射器ないしな。傷口からぽたぽた落としてたら時間かかるよね。どうしよう」


 その人をうかがってはみたものの、案を挙げてくれる様子はない。汚れる、汚れても構わない場所と指定したのだから、方法がないわけではないだろうが、遠慮しているのかもしれない。


 少し待ってもその人が何も言わなかったので、コップを取りに行って、お風呂場に戻った。

 ざっくり傷を作って、もう一度ざっくり傷を作って、コップに血を落とす。むわりと血のにおいが溢れだす。ぐうとおなかの鳴るような音がして、見れば、その人は食い入るように赤を見ていた。


「どうぞ」


 中身のわずかなコップと、血を流し続ける左腕を差し出す。


「いただきます」


 その人はコップの中身を一気に飲み干し、口の端に血をしたたらせ、私の左腕に口をつけた。

 舌が肌を撫でる。冷たい舌が、浅い傷の奥へ進もうと、肌を割るように舐める。痛い。はじめからもう少し深く切ればよかった。ちゅっと肌が、いや、血が、吸われる。もっともっとと貪るように。お風呂場の床のタイルに血が落ちて、水に滲む。コップが割れる音がした。血が減っていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ