見えないだけの星
三日月が爪痕のようだ。
公園のブランコに座って、時々揺れながら、靴底で地面を削りながら、空を仰いでいても、見える星の数は多くなかった。
身内には旅に出ると伝え、たまにでも絵はがきだけでもいいから連絡は絶たないようにと念を押されて、ホテルに戻った。
もう、滞在期間も終わる。
ブランカのように何も持たずともいられるらしいので、旅支度も特にはしていない。ミシェルと旅に出るための用意も、少しだけを手元に残して手放した。
「何か見えるのか、リカ」
「何も、特には」
「そうか」
「クルスと呼んでと言った」
「リカのほうが呼びやすい。短いからな」
いつものように突然現れたブランカが、空席のブランコに足をかける。立って乗り、
「うわ、蜘蛛の巣」
と、うめくように呟いて、頭を手で払いながら座り直した。
「どこへ行くか決めたか? ストラスブールにするのか?」
「あなた、少し……楽しそう」
「そうか? ああ、そうだったのかもしれないな。結局、私も、孤独になど慣れなかったか。誰かとともに行動するのは久しぶりだ。まあ、お前がよければ、だが」
「別に、いいよ」
私も、たぶんそうだから。一人でいられるつもりだったのに、ミシェルにのめり込んだ。溺れた。
あの夜、血を求められた時に断ればよかったのだろうか。そうすれば、ミシェルは私ではない誰かと出会うまで苦しみ、いつかその誰かに殺されたのだろうか。
私は一人で、三十になるまでに四十になるまでにと刻みながら、死のうかと思い続けて、無意味に時を終えたのだろうか。
不思議なことに、今は死にたいと思ってはいない。きっと、きっとミシェルとともに死んだのだ。
「夜空は、私の恋人の瞳に似ている。だから好きだ」
ブランカが言った。
「お前もいつか、そう思えるようになればいいな」
今日の空はあなたの目の色のようだなんて、思える日が来るのだろうか。隣にミシェルがいなくて、その色すら忘れてしまっても。
目を閉じる。
思い出せる。まだ思い出せる。七月の朝焼けの色。ともに過ごしたことのない季節の、ともに眺めたことのない風景。覚えている。




