9時25分の銃声
血を与えることで私たちは繋がっていたのだと、ミシェルの言葉からそう思っていた。実際は、ミシェルが私のことをいくらか読み取っただけで、私は何もわかっていない。それは当然、当然だった。情報を受け取る側と、渡した側とは違う。
「ミシェル」
ここへ来いと示された病院の五階、十畳ほどの個室。
寝台に、何の管に繋がれるでもなく横たわっていた。
「俺の血を飲ませようとしたが、弾かれる。なぜだ。なぜこんなことになっている。こいつが生きることを辞めようとしていたのは知ってる。でも、前は違った。生きたくはなくても、死のうとはしなかった。なんでだよ、なあ、あんた、なんでなんだ」
知らない。そんなこと知らない。
でも、この人と一緒にいるときは大丈夫だったものが、私と一緒にいるようになって大丈夫じゃなくなったのなら、きっと私が。私のせいで。ミシェルはきっと、この人といるほうがよかった。私のために生きるなんてことがそもそもできなかったのなら。
「ちが、う」
「ミシェル」
名前を呼んだのは私と、彼と、どちらだったか。重なって同じに響いて。
「ちがうよ、きみは、わるくない」
「ミシェル」
「きみだけが、わたしを、すくってくれる」
「違う、嫌なの、私はやりたくない。一緒に世界を見て回るって、私が知らない言葉もミシェルが通訳してくれるから大丈夫だって、」
「ごめんね」
「俺のために生きてくれないのか。俺を心中相手に選んでもくれないのか」
「きみには、こくだから」
「私には? 酷じゃないと? できると?」
「ごめん、ごめんなさい」
嘘つき。謝らないで。
それじゃ、ミシェルが私を利用したようにしか聞こえない。だとしたら、絆とは何だったのか。それがなければ殺せないなら、それは何なのか。何のために。
「……ミシェル、もう、だめなの?」
「おい、まさか」
「きずは、なおらない。いたみもきえない。いきることは、できるとおもう。でも、ずっとくるしいまま。ほとんどねたきりになるかも」
「それでも生きていてくれればいいと、言ったら」
ミシェルは笑った。かすかな声で。
「とうのむかしから、しんでいるようなものだ」
そもそも、人間ではないから。死体が無理やりに生かされて、操られるように動いているだけなら。これが絆だろうか、死にたい、終わりたいという思いに同調してかなえてあげられる人間にしかそれがないなら。そんなことが。
人を殺せないからではない。そんな倫理はどうだっていい。ミシェルに生きて欲しかった。私のくだらない面白くない人生の中にあって欲しかった。私が死んだ後にミシェルがどうするのかなんてどうでもよかった。同じことだ。
わかる。わかってしまう。死んだように生きていたくはない。何かの歌か、何かの物語であるような言葉。私がミシェルと同じだったら、きっとそう思う。
「わかった。あなたのために、死ぬよ」




