きみにしかすくえない
ハンターを風呂場に放置して、ホテルを飛び出して、タクシーを急がせた。車を手放さなければよかった、自分でアクセルを踏むならいくらでも速く走れるのに。
初めて会ったコンビニにも、引き払ったマンションにも、ミシェルの友人の墓にも、いない。キリエさんの連絡先は知らなくて、他にミシェルのことはわからない。これからなのに。これから、旅をしながら、お互いのことを話して知って生きるはずなのに。
ホテルの部屋に戻ると、ハンターはまだ風呂場でシャワーに打たれていた。冷たい水がはねる。寒さを感じない、わけなんかじゃないだろうに。
「ミシェルはどこなの」
「知らないと言った」
「今どこにいるかは知らなくても、どこで会ってどこで別れたかくらいわかるでしょう。本当のことを言って。ねえ、ブランカ。教えて」
「本当のこと、か」
笑うように息を吐いて。
「……茶番だな」
「どういうこと」
「最初から、あいつにはお前とともに生きる気なんてなかった。それが本当のことだ」
茶番。最初から。本当のこと。
ミシェルは私と旅になど出てはくれない。ミシェルは私のために生きてはくれない。ミシェルは、私を、自分を殺してくれる誰かとして見つけただけ。
そんなこと。
そんなわけ。
「そんなわけ、ない」
携帯電話が鳴った。知らない番号の表示に、出ると、相手は知らない人で。知らない人がミシェルの話を私にする。
「……はい。……わかりました。はい。ええ、すぐに」
その電話の向こうにミシェルはいると言う。私の知らない誰かが、ミシェルのよく知った人が、私を必要だと言う。ミゼリコルドが必要だと言う。ミシェルを殺すことも死なせることもできなかったその誰かが、私にそれをやれと言う。私の意思も、命も、未来も、どうだっていいと。




