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拡散する境界

 ハンターは二つめに家系を食べ始めた。ハンターあるいは、先ほど呼びかけた時に訂正もなく返事をした、ブランカというのが名前という可能性もある。白。正義とされる白。目を眩ませる白。


 私がミシェルを殺せば、私は死ねなくなる。私を殺したとしても、ミシェルは自分では死ねない。はじめから、私たちには、心中なんて不可能だったのだ。


 本当なら。


「あなたの言うことが本当だと、私が信じるために、」


 信じていないわけではない。信じていないわけではなかった。


 ハンターは麺をすすり、スープを飲み、頷いて相づちにした。


「あなたは何をしてくれる?」


 その質問への答えは早くはなかった。もちろん、ハンターはカップラーメンを食べている最中であって、私はそれを焦らせたり問い詰めるつもりはない。


 ミシェルを、苦しみから救ってあげたい。でも、それで私が苦しむのは嫌だ。私はわがままだ。たぶん、でも、ふつうだ。自分が損をしてまで他人を助けることなんて、ふつうはやらない。ふつう。大多数。ほとんどの場合。


「私は、未来のお前だ」


 ハンターはスープまですべてを飲み干してから、念を押すように重ねて言った。


「わかるか、理解しろよ。ヴァンパイアどもとは心中できない。どちらかが生き残らざるを得ない。奴らは自らを殺せないから、私が、人間が殺してやらなければならない。すると私は死ねなくなる。……誰も、いやほとんどが、知らなかったんだ。ヴァンパイアを殺せば人外の能力を持った上に不老不死になるなんて」


「心中、できない」


「ああそうだ。いや、本当に不老か、本当に不死かまでは、知らん。私はまだ日が浅いからな」


「ヴァンパイアになった、というわけでもないの?」


「違うな。私は血を必要としない。人間と同じく食って出す。奴らみたいな制約も少ない」


「不死かどうかはともかく、不老にはなったの?」


「人間に比べればな。かれこれ半世紀は見た目が変わらない」


 心中はできない。

 あの墓参りの誰かを、ハンターは殺したのだろう。そしてハンターはこうなった。一緒にはなれなかった。置いていかれた。


「なぜ、あなたはヴァンパイアを殺そうとするの?」


「……」


 その答えが返るのは長い無言の後だった。三つめの味噌と、四つめの担々麺が空になって、やっとハンターは答えた。


「……ヴァンパイアじゃない。死にたがっている奴らだけだ」


「グリスキオン、は?」


「さあ。はじまりの男が何を考えていたのか、もう誰もわからない。あいつは出てこないからな」


 はじまりの銀珠は彼女ではなかったのか。はじまりの男。


「ヴァンパイアと心中しようとして失敗した人が、あなた以外にもいるの。何だか意外」


「そうか? 心中未遂なんか、よくある話だろうが。私みたいにあいつの尻拭いしたくないなら、ヴァンパイア殺しは止めとけ」


 ハンターは駐車場の車止めから立ち上がり、食べ終えたすべてのカップラーメンの残骸を捨てに店へ向かった。あと箸とか。


 あいつ。はじまりの男。おそらくキリエさんの言っていたはじまりの銀珠の持ち主。もはやヴァンパイアを殺す力無く、傷つけ苦しめるだけの。

 一緒に死にたかったはずの誰かに置いていかれた気持ちなど、私にはわからない。わかりたくない。やっぱりそうだ。私が死ねないなら、ミシェルも殺さない。

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