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手向ける花

 車を出して、滅多に行くことのない隣の県の、あまり人が踏み入ることの無さそうな山を進む。

 花はいらないと言う。何もいらないのだと言う。彼女は望んですべてを捨て去ったから、今さら何も押し付けたくないのだと。


「こっち」


 ミシェルが指す道が怪談に出そうな細い道で、不安もある。怪談もそうだが、もしかして勝手に私有地に入り込んでいるのではないだろうかという思いも。


 鬱蒼とした森におおわれた道を、そろりそろりと進む。道が狭くてスピードを出しにくい。昼間なのに太陽を木々が遮って、ということではなくても曇り空である。薄暗い。


「このあたりだった、はず」


「お墓参りなんだよね? ここまで集落とか無さそうだったけど、お墓だけあるの?」


「あのこは、ひとのこないばしょがいいって。だから、あのこのともだちが、あっ」


 ミシェルが何かに気づいた声を出すのと同じく、私はブレーキを踏んだ。おそらく、同じものに気づいたからだ。


「今、だれか?」


「みたことある」


「うん。私も見覚えが」


 止まった車の前に、先ほど横切った誰かはふたたび姿を現さなかった。誰か。あの人の種族を私は知らなくて、考えてみれば名前すら私は知らなかった。


「あのこのともだち。いまも、まだ、ここにきてたの」


 ミシェルが言う。ブランカニエベス、彼女こそ、はじまりの銀珠の持ち主。人間なのか、もはやそうではないのか、わからない。


「かえろ」


「いいの?」


「じゃまになる」


 それならと、少し向こうに見える道幅の広いところまで進み、切り返して帰ることにした。ミシェルは一度だけ振り返って、それから前を向いて目を閉じた。

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