病まぬ雨
カッターナイフとミネラルウォーターと絆創膏を買って、車に戻った。その人はおとなしく私を待っていて、私と目が合うとホッとしたようにかすかに笑った。
「お待たせ。ここでいい? 雨が降りそうだから、車に乗る?」
「くるまよごすかも」
「あー。じゃあ、うち来る?」
「いいの?」
「おなかすいて、お金も無くて、帰れないなら。とりあえず」
「ありがと」
「じゃあ、乗って」
鍵を開けて、助手席を示す。運転席と助手席しかないので、迷うこともないだろう。
車に乗り込んだその人に、買ったものを押し付けて、私も運転席に座った。エンジンをかける。
そのまま車を出そうとしたところ、その人が嫌そうな顔をしていたので、チキンの袋だけ受け取ってドアのポケットに入れた。窓も開けた。これで匂いは大丈夫?
「大丈夫?」
「うん。にわとりきらい」
「ああ、鶏か。てっきり、にんにくがだめなのかと思った」
「さいきんたべた?」
「これ食べたら三日ぶりかな。でもたまごは今朝食べた」
「たまごへいき」
私がチキンを食べた後だったら、私の血はいらないと言われていたのだろうか。ここにないもしもを考えても意味がないので、今は家に帰ることにしよう。
助手席に誰かがいるのは、普段と違って、慣れない。見える視界が違う。左のミラーが見にくい。この車はきっと設計ミスだ。見た目買いした私も私か。
車内は静かだった。名前を聞いていいのか、名乗るべきか、迷っていた。雨が降りだした。