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その群青に沈めよ

 何もない。

 仮に旅に出ると想定して、何を持っていくか考えて、ここには、私の家には、私を私でいさせる何もないことに気づく。こだわりがない。執着がない。お金さえあれば旅先で買えば済むと思うくらい、何もなかった。


 もう若くはないのに。何もない。私は何も手に入れてはいない。肌は水を弾くけれども、一般的に人生の将来が確定させられる年齢を過ぎて、私は、何も。


 二十歳までに死んでいるつもりで生きてきて、三十路までに死んでいるつもりで生きている。後悔はないし、反省もない。ただ、生きている。希望はなくて。


「ぼんじゅー」


「ミシェル?」


 明るい声色の珍しいあいさつに驚いたが、振り向けばさらに驚きが増した。ミシェルの髪が。服装が。雰囲気が。いつもと違う。


「どうしたの、ミシェル。髪、切ったの? それに、なんか全体的にマニッシュ……」


「きらい?」


「ううん、かっこいいよ」


 首を傾げた様が可愛らしくて安心したのは黙っておく。甘さのないショートカットに、流した前髪。スタイルももちろんいい。胸がなければ男性に思われそうなのは、やはり顔立ちの中性さゆえ。群青色のシャツが似合う。かっこいいというか、きれい。きれいな人はどうしたってきれいだ。


「よういした?」


「あ、旅の? 待って、まだ全然。行く場所考えた?」


「ひとつ、かんがえた」


「そうなんだ。そこから行こうか。荷物はどのくらい要るかな」


「すぐちかく。ひがえり」


「うん? 旅じゃないの?」


「おはかまいり?」


 にこにこと明るい色の笑顔で、ミシェルは謎の答えを返した。旅に出る話をしているのかと思ったら、お墓参りの話だった?


 群青色のコートに腕を通して、広げたままの荷物を置いて家を出る。そのうち本当に家を出る話を家主にメールして、少し先で待っているミシェルを追いかけた。

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