呼吸する絵
仕事帰りにコンビニに寄って、今日がクリスマスイブであることに気づいた。だからといって何もないが、目当ての酒の他に、少し安くなっているチキンを買うことにした。夕食はこれでいいや。
外に出ると、何か降ってきた気がして空を仰ぐ。曇り空。星は見えないが、雲が薄いのか、月がほのかに輝いていた。
愛車の陰に人が座り込んでいる。艶やかな黒髪に隠された顔は美しいものに見えたが、顔色は悪そうだ。知らぬふりをして車を出そうにもその人が邪魔なので、仕方なく声をかけてみる。
「あの、どうされましたか」
人影が私を見上げる。ああ、やはり、美しい。美しい人だ。
「おなか」
「はい?」
「おなか、すいて」
「ああ……なるほど」
こういう場合を、行き倒れと呼ぶのだろうか。そばにコンビニがあるのに、ということは、金銭も持ち合わせがないのだろう。
「食べたいものは?」
尋ねてみれば、切れ長の目がきらりと光る。振り返れば月。
「おこらない?」
私を見上げているその人が遠慮するように問うた。さらりとした黒髪は肩までの長さで、切り揃えた前髪は目にかかるかかからないかというほど。女性のようにも、少年のようにも見える。不思議と、邪険にできない気にさせる。
「聞いてみなければ何とも」
「ち」
「ち?」
ち、チョコレート。おなかがふくれるものか。ち、ちくわ。このコンビニのおでんには無かった。ち、チューハイ。食べ物ではない。ち、チキン。ちょうどいい。
「はい」
「ちがうよちがうの」
買ったばかりのあたたかいチキンを差し出すと、早口で否定されてしまった。元気そうだ。
「ち。ち」
「ち?」
一文字で、ち。
「血? 血液?」
言ってみてから、何を言っているんだと自分で思った。血は食べ物ではない、強いて言うなら飲み物だ。血でおなかが満たされるか。たぷたぷにはなるとしても。
「そう。ち」
「本気で言ってる?」
「……ごめん。でもほんと」
「わかった。待ってて」
コンビニ店内に戻る。募金をしたことがない私でも、他人に優しくできないわけではない。年金を返ってこないもの、寄付として払っているくらいには、器もある、つもりだ。それに、クリスマスイブらしい。ということは、おばあちゃんの誕生日だ。たまには他人に優しくしたっていい。