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ある夏の思い出  作者: 運河
2/2

八重桜の下で


  2


 八重桜の幹に身体を隠して誰かがこちらを覗いていた。

 マイケルは八重桜の後ろにいる誰かの近くまで歩いて行き、「にゃ~」と甘えた声で鳴いていた。


 「誰だろ?」


 高校生くらいの男の子がこちらを恥ずかしそうに覗いていた。

 髪型は短めで、髪色は銀色をしている。いや、灰色に近いかもしれない。

 ミクは立ち上がって、庭に出ようと考えた。

 庭にあるおばあちゃんの靴をミクが履こうとした時、おばあちゃんが玄関から戻ってきた。


 「お隣の弥生さんだったわ」

 「みくちゃんによろしくねって、蜜柑を貰っちゃった」


 おばあちゃんが両手に持っている籠にはたくさんの蜜柑が入っていた。


 「みく、みかんすき!」

 「じゃあ、夜に食べましょ」


 机に蜜柑の入った籠を置きながらおばあちゃんはいい、座布団に正座をした。

 ミクはこちらを覗いていた誰かのことを思い出して、八重桜の方を振り返った。

 しかし、もうそこには誰もいなかった。

 マイケルだけが八重桜の下で毛づくろいをしていた。


 「どうしたの?みくちゃん?」


 不思議そうにおばあちゃんに尋ねられた。


 「ううん、なんでもなーい」


 首を横に振りながらミクはいった。

 八重桜の下まで行こうかと思ったが、おばあちゃんに話しかけられたのでやめることにした。

 誰かが庭にいたの!といいかけそうになったが、ミクはいわなかった。

 座布団に座り直して、おやつを食べることにした。

 ミクはおばあちゃんに、学校やお母さんのことについてを話した。

 友達のマイちゃんと水泳を始めたこと、お母さんのおなかの中に小さな命が宿っていること。

 とにかくいろんなことについて、たくさん話をした。


 いろんなことについて話をしていると、ミクは時間を忘れていた。

 もう夕飯の時間になっていた。

 農作業をして疲れて戻ってきたおじいちゃんに、夕飯ができるまで将棋を教えてもらった。

 おじいちゃんは昔将棋の名人だったこともある。

 教え方がうまくて、とてもわかりやすかった。


 「こいつが王様で、この王様を他の駒で守るんじゃよ」


 片手に王将の駒を持ちながら、おじいちゃんはいった。


 「これが王様なの?」とミクは訊いた。

 「そうさ、この王様を相手に取られた負けなんじゃよ」


 おじいちゃんはそういって、色んな駒の使い方を教えてくれた。

 ミクは教えてもらっていくうちに、将棋をもっと知りたいと思い始めていた。


 「ご飯できたわよー」


 おばあちゃんがキッチンから顔を出して、座敷に料理を運んできた。

 唐揚げや肉じゃが、煮物やサラダが運ばれてきた。

 もちろん白いご飯とお味噌汁もある。

 特におばあちゃんの肉じゃがは美味しい。

 おかあさんも好きな料理といっていた。


 「こりゃ、豪華だなー」

 「ご馳走にしましょ!ってみくちゃんと決めてたのよ」


 おばあちゃんはミクの方を向いていった。


 「そりゃーいい、酒はあるか?」


 おじいちゃんは手でコップを持つかのようにして、手首をクイクイとしていった。


 「今日だけね」

 「ほどほどにしなさいよ」


 おばあちゃんはいって、日本酒とコップをキッチンから持ってきた。

 私たちはいただきますをして、お夕飯を食べた。

 おばあちゃんのご飯は、とっても美味しかった。

 ミクはご飯を食べた後、少ししてお風呂に入った。

 お風呂から上がるとおじいちゃんに将棋の続きを教えてもらったりした。

 眠くなってきた頃に、座敷の隣にある寝室に向かった。

 そこで布団を引いて川の字に寝た。

 ミクはおあばあちゃんとおじいちゃんの間に挟まれて寝た。

 布団に入って3人でしりとりをした。

 しりとりは楽しくて、いつの間にかミクは眠っていた、、、

 朝、目を覚ますとおばあちゃんとおじいちゃんはもう布団にはいなかった。

 ミクは布団から起き上がり、寝室の古時計を確認した。

 時間は、11時を過ぎていた。

 ぐっすりと寝てしまったようだ。

 ミクは寝室から出ることにした。

 座敷に向かうと、誰もいなかった。

 ミクは座敷を通り過ぎて、キッチンに向かった。

 キッチンには、おばあちゃんがエプロン姿で料理をしていた。

 おじいちゃんはもう畑に出掛けてしまったようだ。


 「あら、みくちゃん、起きたのね」

 「お昼ご飯食べる?」

 「うん」


 ミクは目を擦りながら小さな声でいった。


 「先に、座敷でテレビ見てていいわよ」

 「出来たら持っていくから」


 ゆっくりとした口調でおばあちゃんはいった。


 「わかったー」


 とミクはいって、座敷に戻った。

 座布団に座り、テレビの電源をつけて、リモコンでチャンネルを回した。

 どの番組も面白そうなのはやっていなかった。

 ミクは家から持ってきた絵本を読むことにした。

 絵本は3冊持ってきていた。

 昨日、電車の中で一冊読んでしまったので、二冊目の絵本をカバンから取り出した。

 「烏のパン屋さん」を読み始めた。


 「烏のパン屋さん」を読んでいくうちに、ミクはパンが食べたくなってきた。


 (パンが食べたいなー)


 ミクが心の中で思った。

 その時、おばあちゃんがキッチンからお昼を運んできた。


 「みくちゃん、パンでも大丈夫?」


 「やったー!」


 ミクは嬉しくなっておばあちゃんに飛びついた。


 「あら、そんなにパンが好きだったのね」

 「あのね、いまね、烏のパン屋さんを読んでたの!」


 読んでいた「烏のパン屋さん」の表紙をおばあちゃんに見せた。


 「それでね、パンが食べたくなっちゃったの!」

 「そうなのね」

 「手作りだからおいしいわよ!」

 「うん!」


 ミクはおばあちゃんの手作りのパンを食べた。

 パンは香ばしくて、すっごく美味しかった。

 

 朝食を食べ終え、おばあちゃんにお絵描きしてくるといって庭に出た。

 何を描こうかと迷っていた時に、池のほとりにたんぽぽが咲いているのを見つけた。


 「これにしよ!」


 ミクはスケッチブックに色鉛筆で絵を描き始めた。

 たんぽぽの絵を描いているとマイケルがどこからかやってきて、ミクの近くに寄ってきた。


 「マイケル、邪魔しないでね」


 ミクはマイケルを撫でながらいった。

 すると、撫でていた手から離れて、マイケルは八重桜に向かって行き「にゃ~」と鳴いた。

 ミクは八重桜の方を振り返った。

 八重桜の幹に隠れて、また誰かがこちらを覗いていた。


 (昨日いたお兄さんだ、、、)

 

 ミクはスケッチブックと色鉛筆を芝生に置いて、向日葵を描くのをやめた。

 ミクは立ち上がり、八重桜の幹に隠れている彼に向かって話しかけた。


 「あなたはだーれ?」

 「・・・」

 「おまえ、、僕がみえるのか?」


 八重桜の後ろから出てきて彼はいった。


 「うん」

 「お兄さんはだあれ?」


 首をかしげてミクは訊いた。

 彼に近づいてみようと一歩足を出した。


 「くるな!」

 「それ以上僕に近づいてはいけない」


 両手を胸の前に出して彼はいった。


 「なんで?」とミクは尋ねる。

 「それは、、、」

 「でもだめなんだ、、、」


 何か訳ありのようだった。


 「ふーん、へんなの!」


 ミクは芝生に転がっていた石ころを軽く蹴っ飛ばした。

 石はころころと転がり、池の中にポツンと音を立てて沈んでいった。


 「おまえは、なぜここにいる?」

 「おばあちゃん家だからー」


 ミクはそういって、もう一度近づいてみた。


 「くるな!」


 彼はまた両手を胸の前に出している。

 ミクはその反応が可笑しくて、楽しくなってきた。


 「ねえ、いまから鬼ごっこしようよ!」

 「みくが鬼ね!」

 「は?おまえ、何を言っているだ」


 怪訝そうな顔を浮かべて彼はいう。


 「やめろ、来るな!」

 「やめろ、やめろー!」


 ミクは八重桜の幹の周りをぐるぐると追いかけた。


 「来るんじゃないー!」


 そのまま彼は奥の森に向かって逃げていった。


 「まてまてまてー」


 ミクは笑顔で彼を追いかけながら、茂みをくぐって森の中に入った。

 森の中は静かで、鳥が鳴き、草木がなびく音が聴こえるところだった。

 木漏れ日からは日が差し込んでいた。

 ミクは逃げていく彼を見つけて追いかけた。


 「よーし、つまえてやるぞー」


 草や枝をかき分け、どんどん森の奥に入っていく。

 少しすると広い所に出た。


 「ここどこだろう?」


 ミクは辺りを見渡してみた。

 少し遠くへ来てしまったようだ。

 ミクのすぐ近くに狐の像が2つあるのに気がついた。

 狐の像の向こうには、大きな社がある。

 どうやら神社に来たようだった。

 社に見とれているうちに、ミクは彼を見失っていた。

 

 「あーあ、どっかいっちゃった」


 ミクは追いかけるのを諦めておばあちゃん家に帰ることにした。


 「あれ?どっちから来たっけ?」


 彼を追いかけているうちに帰り道を忘れてしまった。


 「どうしよう、、、」


 ミクの目に水が溜まりはじめる。

 日が暮れてきて、辺りは暗くなりかけている。

 カラスが鳴きながら羽ばたいていく。


 「おい、、人の子。迷子になったのか?」


 見失ったはずの彼が大きな木の枝に座ってこちらを見ていた。


 「う、うう、、あなたのせいよ」


 ミクは涙を拭いながら木の枝に座っている彼を見上げた。

 彼の前髪が風で靡いていた。

 

 「それは悪かった」

 「わかった、僕についてこい」


 木の枝から飛び降りて、彼は歩き出した。

 そして、振り返って彼はいった。


 「送ってやるが、僕に近づくなよ」

 「うん、、、わかった」


 ミクは彼の背中についていった。

 彼の背中は広くて大きな背中だった。

 でも、どこか悲しそうでもあった、、、


 彼について行くとおばあちゃん家の庭に着くことができた。


 「わー、ありがとう!」


 先まで泣いていたことを忘れてミクはいった。


 「もう、迷子にはなるなよ」


 踵を返して、彼は森の中に戻ろうとした。

 ミクは彼を呼び止めた。


 「まって!」

 「私の名前はみく!あなたの名前はなんていうの?」


 「・・・」

 「れん、、、」


 小さな声で囁くように彼はいった。


 「れん、れん!」

 「明日、神社に行くからまた遊んでねー」


 ニコニコしながらミクはいった。


 「ふん、冗談じゃない」


 彼は苦笑いをして、森の中に消えていった、、、


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