人と、人魚と
謹慎と言う名の罰を受けてから、何日経っただろうか。
あの人の姿をもう暫く見ていないのに、それでも込み上げてくるこの胸の熱さは、冷めるどころか更に焦がれて。
薄れるどころか鮮明に頭に蘇るあの人の、面影と佇まい。
どこか憂いを帯びたあの面立ちは、男の人というには余りにも美しくて。
あれが姉の言う、化け物だと思っていた人間であり、未知であった男の人なのだと。
気付いたのは、暫くの間その人を見つめていた後だった。
習慣なのか、毎日海で佇むあの人は決まって寂しそうに海を見ていた。
どうしてそんな顔をしているの。
何を思っているの。
そう、声を掛けれたなら。
その寂しげな瞳に私を映して、笑ってくれたなら。
そんな事を思うようになったら、会いたいという気持ちは止まらなくて。止めたくても、止まってくれなくて。
だから罰を受けているのだけれど、
それでもあの人のことを考えてしまう。
自分はおかしくなってしまったのだろうか。
「…随分と、悲しそうな顔をしているのね。」
私の想いが顔に出ていたのか、そう声を掛けてきたのはレイラ姉さんだった。
「陸に上がれないのが、そんなに辛い?
何が貴女をそんなに地上に惹きつけているのかしら。」
隣に腰を下ろして眉を下げながら笑う彼女は、罰を受けている私にも、やっぱり優しかった。
「…私達はね、ある一定の年齢になったら海の上に上がる事が出来るの。姉妹の中では、そうね、私とライラだけかしら。地上を見た事があるのは。」
人魚はある一定の年齢になれば海の上に上れるというのは、人間が人魚を害する前の話だった。
だから私や、レイラの下の姉達は地上の景色を知らない。知ることすら、許されていない。
「あんな事があって、私達が人間を恐れるようになってからは上へ上がる事は許されなくなったのだけど。
…でも、そうね、海の上は確かにこの暗い場所とはまるで違ったわ。」
どこか懐かしそうに目を細めるレイラは、昔のことを思い出しているようだった。
その横顔は大人びていて、どこか哀愁があって、やはり姉は姉なのだとそう思う。
その表情が何を思ってのものなのかまでは分からないけれど。
「太陽が照り輝いて、周り全てが光に満ちて、水がそれを反射して地上を照らす姿に、目を奪われたわ。砂の上の地上では、人間達が楽しそうに笑い合っていた。私達にはない二本の脚で砂の上を駆けている姿に驚いて、思わず声を掛けそうになったわ。」
レイラの口から人間の話が出たことに驚いて目を丸くすれば、彼女は悲しげな顔をして笑った。
「…でもね、駄目なの。人間に声を掛けては、駄目。彼らは私達とは違う。私達にとってそうである以上に、彼らにとって、私達は異質に映る。」
その形のいい唇から紡がれる言葉は、重くて、深い。
「彼らは私を見た瞬間、驚き、悲鳴を上げ、指を指して罵った。何だあの化け物は、おぞましい、捕まえてしまえ。…今でも覚えている。その言葉が酷く私の胸を突き刺したから。」
胸を突かれる言葉だった。
種族が違うだけで、畏怖の対象であり、阻害するべき要因となってしまうなんて。
「だから私は人間が怖い。ただ、怖いの。だからね、サラ。貴女にはそんな思いをさせたくない。私達の我儘かもしれないけれど、この海の中で静かに暮らしていて欲しい。他の姉さん達も、皆貴女が大切だから、そう思っているのよ。」
やさしく姉の指が私の髪を撫でる。
言い聞かせるようなその優しい声は、厳しく非難されるよりも、ずっと胸に響いて。
私は何も返さずにただ、俯くことしか出来なかった。
人とは、恐ろしいものだ。
畏怖すべき天敵だ。
そう、分かっている筈なのに、
あの人が頭から離れてくれない。