あの時、大切な人達の言葉を守っていたなら
「…サラ、貴女、言いつけを破ったわね。」
私の母親代わりであり、一番落ち着いていながらも誰よりも厳しい1番目の姉、ライラは射抜くような目をして私を見ていた。
「…なんのこと?」
「惚けても駄目よ。ここ何日も、泳いでくるとは言って、陸に上がっていたことは分かっているの。誰よりも甘いもの好きな貴女が、お茶の時間も割いて泳ぎに行くなんて、私がおかしいと思わないとでも?」
バレてしまった。
あの人に心奪われてしまい何度も何度も陸に上がっていたことを、一番バレて欲しくない相手に暴かれてしまった。
気まずげに視線を逸らした私を見て、それが姉さんの怒りを更に助長してしまったのか、非難するような説教が続いていく。
「貴女が幼い頃から、私は何度も言ってきた筈よ。陸には決して上がるなと。その理由も伝えてきた。
ーーなのに、どうして、約束を破ったの?」
私はこの一番上の姉さんの、正しすぎる位真っ直ぐで、貫ぬくような言葉と瞳が、ほんの少し昔から苦手だった。
彼女の言う言葉は、いつだって正論で、だからこそ、人間に心を奪われたなどと口が裂けても言えなかった。
そんな私達の緊迫した雰囲気を和らげるように、心配そうに見守っていた他の姉達の内、見兼ねて声を掛けてきてくれたのは2番目のレイラだった。
「ライラ、そんなに強く言わなくても。それでは言いたいことも言えなくなってしまうわ。」
彼女は穏やかで、おっとりした雰囲気を持っているせいか、いつも喧嘩の仲裁役や他の姉妹を諫める役回りをしていた。
側にいるだけで安心する。女性らしいとは、彼女のようなことを言うのだろうと、いつもそう思っていた。
レイラが声を掛けてくれたことにホッとしたのも束の間、
「でも、…今回のことは私も簡単には許してあげられないわ、サラ。」
いつも穏やかな顔で優しい言葉を掛けてくれるレイラから、硬い声を掛けられたのは初めてで、
驚いたように顔を上げれば、そこには他の姉さん達も勢揃いしていて、皆困ったような、怒っているような、そんな顔をしていた。
「馬鹿な子ね、サラ。人間に見つかりでもしたら、殺されてしまうかもしれないのに。」
非難するように吐き捨てたのは5番目の、私と最も産まれた年の近い姉、ユラ。
「そんな事をする子だと思っていなかったのだけれど、年頃になったせいかしら。」
呆れたように眉を下げて溜息を吐いたのは、3番目の姉、キサラ。
「……。」
沈黙したまま、ただ他の姉と自分の言葉を待っているのは4番目の姉、ララ。
皆が一様に私を責めている。
いつも優しく、可愛がってくれていた姉からの言葉に胸が痛み、ついホロリと涙が溢れてしまっていた。
「泣いても、駄目。
どうして陸に行ったのか、話すまでは私は貴女を許してあげる事は出来ないわ。」
ライラは冷たくそう告げる。
「…言ったら、姉さんは私を軽蔑するわ。
信じられないって、そう言うもの。」
涙を拭いながら私は弱々しくそう返す。
人間の男に会いたかったのだなどと、そう告げては本当に姉達に嫌われてしまう。
それが怖かった。
「どうしてそう思うの。私が軽蔑するような事をしている自覚があるのね。」
「……ごめんなさい、」
「謝って欲しい訳じゃないわ。理由が聴きたいだけなの。言わないという事は後ろめたいことがあるからなのね?私に、家族に言えない事があるのね?」
ライラの言葉に唇を噛み締めながら耐えていると、暫くの沈黙の後、私が言葉を発しない事に諦めたのか、彼女は深い溜息を吐いた。
「…もう、いいわ。貴女、頑固な所は姉妹の中で一番だものね。このまま問い質した所で言わないつもりでしょう。」
「ちょっと、ライラ姉さん、それで許すの?」
ライラの言葉に眉を上げるユラを制して、ライラは私に罰を与えた。
「いいえ。…サラ、貴女は暫くここで私達に見守られながら過ごすの。一人の時間は与えない。また陸に上がられたら困るもの。いいわね?」
彼女の口から出た、絶望的な言葉に私は更に涙を零した。
姉さん、お願い、それだけは許して。
あの人に会えなくなってしまう。
声を交わさなくてもいい、
瞳を交わし合いたいとも願わない
だから、お願い、遠くからあの人を見つめる位は
それだけの自由は許して。
なんて、そんな事を口にすることも出来ずに、私は暗い海の底で閉じ込められるように過ごす日々を与えられた。
でも、今ならばあの時の姉の言葉が
どれ程大切で、どれ程私の為を思って言ってくれていたのか
何度も過ちを繰り返した後で、ようやく分かった。