それが恋だと気付いたのは
なんて素敵な人なんだろうと、
初めてあの人を見た時私はすぐに心を奪われた。
生まれてからずっと、どうやって息をしているのかは分からないけれど
私は海の底で産まれて、そこで生きてきた。
きっと陸の上で生きる人間という種族からは幻のように噂されている、人魚という生き物。
それが私だった。
沢山の姉さん達と、優雅な魚達と、静かな海を泳いで戯れる毎日。
それは時の流れを遮断した、ただただ穏やかな日々。
それが幸せだったし、姉さん達に可愛がられて楽しく過ごせていた。
けれどあの日、禁止されていた陸に上がってしまった、あの時から。
私はずっと、人間になりたかった。
幼い頃から、母親代わりのように私を育ててくれた姉さん達が、昔から言い続けてきたたった一つのこと。
それは陸に上がって人と関わってはいけないということ。
その昔、人間にその姿を見られた人魚が、人魚の肉を食べると不老不死になるなどという人間の迷信から根絶やしにされてしまったという悲惨な過去があった。
人とは恐ろしい化け物だ。
人魚にとっては天敵であり、畏怖の対象であると。
それから人魚達は人を憎み、人と関わることを拒絶してきた。
小さな、まだ物心もつかなかった頃からそう言われて育ってきた私は、人間とはただ凄惨な生き物だと思っていた。
ーーーだから、驚いたの。
初めてあの人に会った時、
あんなに優しい目をした穏やかな人間がいるものかと。
禁止されていても、駄目だと分かっていても
それでもあの人を見たくて、一目でもいいから目を合わせたいと願った。
会って、言葉を交わしたい。
その瞳に私を映して欲しい。
手を伸ばして、その身体に触れたい。
堪らなく、胸が締め付けられるように、苦しくて、熱い。
それが恋だと気付いたのは、何回目の生を受けた時だったのか。
それはもう、覚えていないけれど。