(異)世界一のケーキ屋さん
「さーて、今日もいきますかー!」
黒髪を後ろでまとめたポニーテールの女子が声をかける。
「おーけー。パティシエール ミッチー、今日も開店でーす」
パティシエの格好をした赤髪の女子がお店の扉を開ける ――
――☆☆――☆☆――
今彼女は人生で一番至福の瞬間という表情をしている。
宝くじが当たった訳でも、イケメンに声をかけられた訳でも、芸能人と握手をした訳でもない。
「んんんーーーーー」
ほっぺたに手を当てて、目を閉じ、口の中に広がる甘味を全身で噛みしめ、ゆっくり、ゆっくり舌の上で溶かし、ゴクンと飲み込む。鼻へ通る芳醇で甘酸っぱい香り、幸せの塊が喉から胃の中へと流れ込んで行く。彼女は幸せを噛みしめ、うんうんと頷いた後、口を開いた。
「んんんーーーこのラズベリーの芳醇で甘酸っぱい初恋のような味と香り、生クリームの甘さと二段構造のサワークリームとの酸味が口の中で溶け、合わさり、見事な三重奏を奏でている……私はきっと、この三重奏を味わうために、生まれて来たんだわ、きっと」
そう言いながら、次の一口を口にする。
「あんず……あんた、本当幸せそうに食べるよねー。まぁ、作った身としては、そうやって美味しそーーに、食べてくれるのは嬉しいんだけどさ」
パティシエの格好をした赤髪ショートの女子が声をかけた。
「そうでしょーみっちゃん。それに私が居ないと、ここお客さん来ないでしょー? だからこうやって来てあげてるんだから、感謝して欲しいよねー」
みっちゃんと呼ばれた女子ははぁーと溜息をついて答える。
「まぁー、お客さんが少ないのは認めますけど。味は世界一なんだから。私は世界一のパティシエを目指してるの。ここ『パティシエール ミッチー』は、誰もが喜ぶケーキを提供するお店として、世界に名をしらしめるのよ!」
そう言うと、みっちゃんは胸を張る。
「私はみっちゃんのケーキ大好きだよ。ほら、この抹茶のモンブランなんか……はぁーーーー抹茶のこの大人な香りと少し広がる苦み……マロンクリームの甘味との絶妙なバランス……ああ、天秤が水平だわ。
この抹茶モンブラン、バランス平行棒で金メダルが取れるわよ」
「いや、なんで抹茶モンブランがバランス平行棒になるのよ」
「にゃーーー」
「おぅ、おぅ、お前もそう思うかマロン」
縞々模様の茶トラがレジの横に飛び乗り、なでなでモフモフしながら冷静に突っ込みを入れるみっちゃん。
「いやいや、マロンは突っ込み入れてないっしょ。まぁ、金メダルは言い過ぎかもだけど、世界一になれる味は認めるよ。だいたいなんでこーんなど田舎に作った訳? どうせ、世界一目指すんならさ、もっと人通りがいい街に作ろうよ?」
冷静に分析するあんず。
「いや、地元だし、家賃安かったし……親のつてだし……」
ボソっと答えるみっちゃん。
「神様とやらにお願いしたら? もっとお客さんが来ますようにーって。あ、むしろ、お客さんがたくさん来る場所にお店オープンしたいですってさ」
「いくらなんでも、それは無理でしょー」
―― その願い、叶えてあげよう
どこからともなく声がした気がした。
「え? 今なんか言った?」
突然の声に問いかけるあんず。
「いや私は何も? マロン、何か言った?」
「にゃーーーー」
「んな訳ないよねー」
マロンをモフモフするみっちゃん。
「ごろごろごろーー」
マロンは気持ち良さそうにゴロゴロしている。
―― ピカーーーン
刹那、お店の外が光った気がした。一瞬眩しくなったかと思うとすぐに静かになる。
「え? 何? 何?」
「ちょっと爆発?」
慌てて外に出る二人、入口の扉につけていたドアベルがカランカランと音を奏でる。
すると……
突然現れたお店を人……ではない種族の方々が取り囲んでいたのである。
――☆☆――☆☆――
「な、なに? これ?」
みっちゃんが動揺した表情になる。
「わ、わかんない……」
あんずも頭が整理出来ない。
困惑する二人を余所にどよめきが起こった。
犬の顔をした背の低い人型の者。豚の頭をした筋骨隆々の男。兎の顔をしたバニーガールのような格好の女の子。明らかに魔物だろうというような姿のゴブリンっぽい者……
見ればわかる……
「……異世界?」
「伊勢海老?」
「なんでやねん! いやいや、あんず。そこボケてる場合じゃないから! 異世界だよ、異世界。これお店毎転移したパターンだよ!」
「エ……モ……ノ……」
「きゃーーーー!」
突然目の前の狼顔の男が飛びかかって来た! 目の前に突然現れた人間を餌だと思ったのだ。異世界に転移した瞬間、食べられて人生終わり。こんなの冗談じゃない。誰もそんな事頼んでないよ。……そう思い、目を閉じるあんず……
「にゃーーー!」
キーンと狼の牙が何かに受け止められた。猫の顔をした茶色の毛並みの人型の生物だった。思わずモフモフしたくなるような毛並みである。猫の顔の生物は左手の長い爪で狼の牙を見事に受け止め、右手に持っていた何かを狼の口へと投げ入れたのだ。
「これでも食らえにゃー!」
「エ……モ……ノ……? う……ま……い! 旨いーーーーー!」
突然口に投げ入れられた何かを飲み込み、雄叫びをあげる狼男。周囲からもどよめきが起こる。その声を聞いて、目を開けるあんずとみっちゃん。そして、気づく……
「も、もしかして……マロンなの?」
自身の飼い猫の毛並みそっくりの生物を見て、みっちゃんが問う。
「そうにゃー! みっちゃん! マロンにゃーー! みっちゃんと話せるようになったにゃーー!」
「マ、マロンーーーー! お前、助けてくれたの?」
マロンを抱きしめ、思わずモフモフするみっちゃん。
「マ、マロンが人型に……意味わかんないし、それに今何したの?」
あんずがマロンに問いかける。
「みっちゃんのラズベリーケーキにゃー。狼がお腹空いてるみたいだったからケーキを投げ入れてやったにゃー。お前達も、そこで見ているだけなら、順番に並ぶにゃー。この二人はお前達の敵じゃないにゃー。お前達に世界一旨い食べ物をご馳走するために、ここに来たんだにゃー! だからこの二人を食べようなんて思わずに、そこの狼みたく大人しくするにゃ」
見ると、狼男が口についたクリームをペロペロとなめ、いつの間にか尻尾をフリフリしていた。
「うぉおおおおおお!」
気づくと、異世界のとある国の一角、突然現れたお店の前に、ケーキを順番に待つ大行列が出来ていたのである ――
――☆☆――☆☆――
ここからが大変だった。
店にあるケーキは冷凍保存分も含めて二三日分しかなく、新しくケーキを作らなければならない。
が、突然見たこともない世界に転移したせいで、そもそも材料も何もないのだ。
マロンは異世界転移の際、みっちゃんと言葉をかわしたいという望みが叶い、言葉が話せるようになったようだ。人型と元の猫を姿とを自在に変化出来るスキルを身につけていた。
異世界の住人はあんずとみっちゃんを受け入れ、言葉が通じるエルフやコボルト、そして動物の言葉が分かるマロンの通訳を介し、この世界を勉強する事になる。
あんずは日頃の食レポが功を奏したのか、食極者というスキルを手に入れていた。
異世界で、食べられる物の味、香り、人間界の何と似た味を再現出来るか、材料を見ただけで判別出来るスキルだった。
みっちゃんはその名の通りの、菓子職者というスキル。代わりとなる材料を見事にお菓子として再現出来るスキル。魔物を一瞬でさばいてしまうというチートスキルでもあったのであるが、本人はそれを知らない。
こうして周囲の尽力もあり、『パティシエール ミッチー』は、異世界一のケーキ屋さんを目指してオープンする事となった ――
「さーて、今日もいきますかー!」
黒髪を後ろでまとめたポニーテールのあんずが声をかける。
「おーけー。パティシエール ミッチー、今日も開店でーす」
パティシエの格好をした赤髪のみっちゃんがお店の扉を開けた ――
初短編投稿です!
あまーーいお話をふと思いついて書きました。
ケーキ屋をオープンするまでの材料探し、そこに関わる異世界人との出会い、
マロンとのモフモフ、などなど、膨らませそうな展開を持たせつつ、短編にまとめてみました。
お気に召していただけると幸いです(^-^)♪