ヒルガオ
私は元カレとも友達に戻れる人間だ。この男もそういう人間だった。友達だから廊下で会えば立ち話はするし、気軽に連絡も取り合うし、私たちを含めた仲の良いグループで遊びにも行く。2人でお酒を飲みにも行く。
「久しぶりにこんな酔ってるかも」
二次会までお酒が出てくるところに行くのは久しぶりなんだ、と彼は続けた。
彼と2人で飲みに行くのは久しぶりだった。厳密に言えば1年半ぶり。そのころの私たちはまだ恋人同士ですらなかった。そのときに彼に告白されて付き合うことになったことは今でもよく覚えている。今来ている個室の居酒屋で、今のように向かい合って座っていたときだった。
「私もだいぶ酔った。日本酒美味しいな」
おちょこに半分くらいになっていた日本酒を少し口にいれた。一気には飲み干せない。
「前来たのもこのお店だったよね」
彼がツマミの枝豆を手に取りながら言った。お互いに分かっていながら触れなかった話題だった。何故触れなかったか。付き合った時の話で、今は別れているからだ。
「懐かしいね」
私はなんとなくまだ気まずくて、長く言葉は繋げなかった。彼がどこまで話を広げるつもりか察せていなかったのもある。
「......ごめんな」
「え?......なんで?」
急な謝罪に頭がついて行かなかった。謝らせるようなことをされた覚えはなかった。
「いや、俺から告白したのに、これといって何もしてあげられなかったし、結局俺から振っちゃったし......」
「いやいや!私も迷惑かけることばかりで、ごめんなさい」
言葉を続けながら彼はどんどんうつむいて行った。私も彼の心境を察しつつ
、当時を思い出してうつむいてしまった。
別れてほしいと告げられたとき、私はまだ彼のことが好きだった。ただ気持ちが離れているのはよくわかっていたし、引き止められるとも思わなかったから素直に受け止めた。友達としてこれからも仲良くしてほしいと伝えて。
その後、私は彼のことを早く忘れたいという思いで、次に告白してきた部活の先輩の告白を受けた。相手に申し訳ないとは思ったが、好きになれば問題ないと思った。結局相手の気持ちに応えられないと思って、つい先日別れを告げたのだけど。
「結局、あの先輩とは付き合ってんの......?」
少し聞き辛そうに問いかけられた。先輩は共通の知り合いだった。
「あー、別れたよ。付き合ってるなら2人で飲みにこないよ」
笑いながらそう言って顔をあげると、どこか安心したような彼の顔が目に入った。
「そっか」
少し嬉しそうな彼の声色に、私の胸の奥がズッと重くなった。
私はまだ彼のことが好きだった。彼のことが忘れられなかったから、先輩とは別れた。彼が別れてからも付き合う前のように、付き合っている時のように、仲良くしてくれるから、私はどこかで期待していた。そんな思いがあったから、今日も2人で飲みに行こうと誘った。
「きみはその後彼女とかできました?」
聞きたくて、聞けなかったこと。この話の流れで勢いで聞いた。
「いやー、できないねぇ」
よかった。いると言われたら、一気に落ち込むところだった。
もう1回、付き合いませんか
この言葉はかなり酔った今でも口から出せなかった。告白してくれたきみはすごいな。