4 ギンとヤシチと蜘蛛教官
ギンとヤシチを思う存分もふって毛皮と羽毛の感触を楽しんだあと、二体を作成した目的を思い出して惜しみつつ身体を離す。いや、忘れていたわけじゃないんですよ? ただちょっともふもふの誘惑が強烈すぎただけで。
撫でている間は特に嫌がる気配も見せていなかった二体だが、さすがに時間が長かったのか解放されてほっとした様子だ。
ぶるぶるっと全身を震わせるギンと、しきりに羽づくろいをするヤシチを見て内心で反省する。ごめんよ、スキンシップが過剰すぎて。でもそのうち慣れると思うから、諦めて順応してくれ(反省感ゼロ)。
魅惑のもふもふの感触を頭から追い払いながら、ウィンドウを操作して二体のレベルを上げるのに手頃そうなモンスターを探す。
二体はどちらもモンスターとしては最低位に近いランク2。下手に強いモンスターを作り出して事故が起きても嫌だから、最初は同じランク2のモンスターを相手にさせるのがいいだろう。
ちなみにランク1のモンスターは、ほとんど魔力を帯びているだけのただの動植物で攻撃力らしきものは皆無。戦闘経験を積ませるという意味でも、そのランクのモンスターを使うのはあまり効率がよくなさそうだ。
ランク2のモンスターはウルフ、ホーク、ベアーなどといった攻撃能力を持つ生物や、スパイダー、ワスプ、バタフライなどといった巨大化した昆虫類、それにウィードなどの移動力と攻撃手段を持つ植物類が該当する。
この中で事故が起こりにくく、なおかつ戦闘経験も積ませられそうなものはというと……
いくつか選んだ候補をウィンドウに表示させたまま、ギンとヤシチに向き直る。
事前説明もなしにいきなりモンスターと戦ってくれなんて鬼畜の所行だ。きちんとこれからやろうとしていることを説明して、本人(狼? 鷹?)の承諾を得ておかないと。
「これから君たちには強くなってもらいます。具体的にはモンスターと戦って倒してレベルを上げてもらう。もし嫌だったら強制はしないけど、その時はペットとして主に私の癒しとなる生活が待っています。どちらであっても生活の保障と最大限の愛情を注ぐことは約束します。戦うことに同意するのであれば、右の前足もしくは右の翼を上げてください」
なるべく簡潔になるよう言葉を選んで、一言一言はっきり告げる。言い終わるのとほとんど同時にギンとヤシチ、両者の右前足と右の翼がさっと上がった。
戦う意欲があるのは嬉しいしそのポーズも可愛いんだけど、ペット扱いはそんなに嫌か? もふられる頻度は護衛モンスターでもペットでもたいして変わんないぞ?
ともかく両者とも異存はなさそうなので、画面に表示していた候補の中から一番無難そうなものを選んで作成実行……しかけて重要なことを一つ忘れていたことに気づく。
よく考えたらDPの節約のため命令不能なモンスターを選んでいるので、放っておいたらそのへんを勝手にうろつき回る可能性もある。ギンとヤシチに二十四時間常に見張っていてもらうわけにもいかないのだ。
ええと、扉のある部屋でも設置すればいいのかな……鍵はなくてもいいか。
というわけで10×10メートルの部屋(1p)と出入り口の扉(10p)を設置。うう、思わぬ出費になってしまったがやむを得ない。ギンとヤシチがいてもそのへんを野良モンスターがうろうろしてるのは嫌だ、特に今回のは見た目的に。
小屋から少し離れた場所に作った部屋(外からは白い立方体に見える)の扉を開け、ギンとヤシチを従えて中に入る。
「行くよ」
心の準備をしてもらうために呼びかけ、ウィンドウを操作して作成実行。
スパイダー(ランク2:命令不可能・再生可能・成長不可能):200p
現れたのは全長80センチ程の蜘蛛。覚悟はしていたけど予想以上に凶悪な見た目だ。主にSAN値的な方向で。
灰色と茶のまだらの体表にぶっとい八本の足。大きさのせいで複眼まではっきり見え、その足をわじゃわじゃと動かして動く姿を想像すると……うわあああ駄目! すでに鳥肌が止まらない!
「ギン、GO!」
蜘蛛が動き始める前にとギンに命令を出すと、声に切羽詰まったものがのぞいていたせいか弾丸のような勢いでギンが飛び出す。そして振り上げた前足で一撃。
って一撃で巨大な蜘蛛が吹っ飛んだんですけど! 胴体がちょっと凹んでるんですけど!
ひっくり返った蜘蛛はさすがの生命力でまだ足を動かしている。けどそこに容赦ないギンの追撃。腹の部分に爪で一撃! ついでに頭に噛みつき攻撃!
最後のとどめは、噛みついたまま蜘蛛の身体を高々と振り上げてからの叩きつけ! 二度、三度とくり返しているけど蜘蛛のライフはもうゼロよ! 頭がもげかけてる!
ぴくりとも動かなくなった蜘蛛を前にふんす、と得意満面の顔つきでそびえ立つギン。
ああもう可愛いです。その足下にはモザイク必死の物体が転がってるけど……と思った瞬間蜘蛛の姿が光の塊になって消える。
ほとんど間をおかず、最初に蜘蛛が出現した場所に集まった光が次なる蜘蛛を形作る。第二ラウンドです。
今度はちょっと落ち着いたので、やや後ろに控えているヤシチに余裕を持って声をかける。
「ヤシチ、お願い!」
ばさっと羽を広げて飛び立つのがヤシチの了解の合図だ。なにこれかっこいい。某ご老公のお庭番の名に恥じない渋い仕事人っぷりだ。
飛び立ったヤシチは、出現したばかりでまだ動かない蜘蛛に空中から急襲をかける。
狙いは頭部に並んでいる複眼。一撃で複眼を二つばかりまとめて抉り取り、突進してきた蜘蛛の一撃をかわして再び高く舞い上がる。
次の攻撃目標はぶっとい足の付け根の部分。急旋回して舞い降りるのと同時に、蜘蛛の足がほとんど取れかけるくらい深い傷を受ける。
続けて別の足にも攻撃! 今度は一撃でもげた!何本かの足が傷つけられたところで蜘蛛は完全に動けなくなり、最後に頭の付け根を深く抉られたところで光となって散る。
「偉いよ、二人とも! よくやったね!」
とりあえず一戦ずつが終わったところで両者を抱きしめて誉める。命令に従ったらちゃんと誉めるのが基本だ。
スキンシップも図れて私的には一石二鳥。ギンの尻尾が視界の端でふっさふっさと振られていたり、ヤシチが腕の中でバタバタ羽を動かしながらも満更でなさそうな顔をしているのが可愛い。
ああでも、そうこうしているうちに蜘蛛が復活。仕方なく二体を解放して命令する。
「二人で交替しながら蜘蛛と戦って! ただしどっちかが危なくなった時はもう一方が助けること! あと慣れてきたら色々な戦い方を試して! でも怪我したりするような危ない方法は謹んで、安全第一!」
ギンとヤシチが蜘蛛と戦っているのを横目に眺めながら、ウィンドウを操作して蜘蛛、じゃなくてスパイダーのデータと二体のデータを見比べる。
スパイダー(ランク2:命令不可能・復活可能・成長不可能)
攻撃力:D 敏捷性:C 耐久性:C 生命力:B 知力:E 精神力:E
スキル〈毒〉〈溶解〉
スパイダーはランク2のモンスターの中では比較的弱く、生命力がやや高い以外は能力的に見ても特に突出したものはない。
〈毒〉や〈溶解〉といったスキルを持っているけど、噛みついた相手に注ぎ込むものなので捕まったりしない限りは安心だ。
一応、万が一の事故を考えていざという時には回復薬(最下級:10p)を作成する準備もしておいたんだけどね。
一方、ギンとヤシチのデータは表示が少し変わっていて、
ウルフ(ランク2:命令可能・復活不可能・成長可能)
個体名:ギン レベル1(11) M
攻撃力:B 敏捷性:B 耐久性:C 生命力:C 知力:B 精神力:D
スキル〈疾走〉〈招集〉
ホーク(ランク2:命令可能・復活不可能・成長可能)
個体名:ヤシチ レベル1(13) M
攻撃力:C 敏捷性:B 耐久性:D 生命力:D 知力:B 精神力:C
スキル〈飛行〉〈遠視〉
となっている。増えているのは名前、レベル表示、M……というのはたぶん性別かな。
レベルの隣の括弧が獲得経験値みたいだけど、どれだけ増えればレベルアップするのかは不明。ついでにスパイダー一匹でどれくらいの経験値になっているのかも不明。
うん、あんまり突き詰めて考えないほうがよさそうだ。必ずしも一匹あたりいくらなんて経験値が決まってるわけでもないだろうし、戦い方によって経験値が変わる可能性もある。
で、蜘蛛とじゃれる(婉曲的表現)二体をによによと眺めつつ、ウィンドウのデータを確認しつつで数時間。開いたままの扉の外にうっすら夕暮れの気配が漂い始めた頃合いで、戦闘に勤しむギンとヤシチに声をかける。
「そろそろ今日は終わりにしようか? 今戦ってるのが片づいたら外に出るよ~」
え、もう終わり? みたいな視線が二体から向けられるが、何事もほどほどがちょうどいいのです。
レベルアップはして欲しいけど無理は禁物。体力面でやや劣るヤシチが、時折攻撃をミスし始めているのに気づいてないわけじゃない。
部屋の中はぼんやりした人工的な光に満たされているけど、日が暮れる前に撤収です。
ヤシチが最後の一体(ついに爪で掴んで持ち上げるようになった)を回転付きの逆落としという豪快な技で葬ったところで、二体を促して外に出る。
扉は当然しっかり閉めて。うっかり閉め忘れてて、でっかい蜘蛛に家の周りをうろつかれるとか冗談じゃない。まして部屋の中に入り込まれたりなんて間違っても想像したくない。
何度も何度も、くり返しフルボッコにしてもあんまり心が痛まないってこともあって蜘蛛を選んだんだけど……今ほんのちょっとだけ後悔してます。
夕暮れの草原を二体と並んで小屋まで歩き、出しっぱなしだった椅子を回収して中へ。
二体にも小屋の中へ入ってもらう。専用の小屋なんてないし、この先も作るつもりはありません。DPがもったいないからではなく私の欲望、じゃなかった命を預ける相棒とは一つ屋根の下で暮らすべきという信条ゆえに。
ええ、夢のペットとの同居生活なんて考えてませんとも。
とりあえずギンの居場所はベッドの前として、ヤシチの止まり木は適当なものがないので椅子の背もたれを代用。
そのうち、ちゃんとした止まり木も作ってあげたいなぁ……その場合はギンのベッドも作らないと不公平か。大きめの敷物なんかでもいいかなぁ。
それぞれの場所でくつろぐ二体を眺めながらほんわりそんなことを考え、はたと我に返って慌てて台所へ向かう。いかんいかん、私までくつろぎモードに入ってしまっては!
今日一日頑張ってくれたギンとヤシチに、誕生のお祝いも兼ねてのご褒美をあげないと! ここの部屋にはランプなんて上等なものはないから日が暮れると真っ暗になってしまう!
急いでウィンドウを呼び出して検索……あったあった。表示したのは『生肉(10㎏:1p)』です。DPがもったいないなんて思わない! ギンもヤシチも本当に頑張ってくれたんだから!
なにしろ今日一日(というか厳密には半日以下)で、二体ともレベルは4まで上昇。データ的にも
ウルフ(ランク2:命令可能・復活不可能・成長可能)
個体名:ギン レベル4(144) M
攻撃力:A 敏捷性:B 耐久性:B 生命力:C 知力:B 精神力:C
スキル〈疾走〉〈招集〉〈鋼牙〉
ホーク(ランク2:命令可能・復活不可能・成長可能)
個体名:ヤシチ レベル4(151) M
攻撃力:B 敏捷性:A 耐久性:D 生命力:D 知力:A 精神力:C
スキル〈飛行〉〈遠視〉〈鉄爪〉
と色々成長している。スキルまで増えてるよ! リポップする端からばりばり蜘蛛を倒していたせいか、思いっきり攻撃向きのスキルが生えてきた!
となれば二体をねぎらってあげたいじゃないですか。モンスターもダンジョンの中では飲食不要のようだけど、食べられないというわけじゃない。
明日からのやる気を出してもらうためにもご褒美は必要だと思うのです。
作成実行をタップして生肉を作成。どちゃっと音を立ててテーブルの上に落ちたのは薄紙に包まれた巨大な肉の塊だ。むき出しだったらどうしようかと一瞬思ったけど、一応油紙っぽいものに包まれていてよかった……
食器棚から皿と大きなナイフを出してきて、包装をはがした肉をさくさく切り分ける。
ナイフの切れ味が思った以上によくて、楽しくなって切りすぎてしまったのは内緒だ。あと調子に乗ったところで爪の先を切り飛ばしてしまったことも。
事務作業に支障の出ない範囲とはいえ爪を伸ばしていてよかったです、はい。
適当な大きさに切った肉を皿に山盛りに盛って、ギンとヤシチのところへ持っていく。床に直置きになるのは勘弁しておくれ。
ギンの前には大きな皿、ヤシチの留まっている椅子の下には中くらいの皿。どれくらいの量を食べるかはわからないけど、身体の大きさに合わせて一応量を調節してある。というか、サイズごとにお皿が一枚しかなかっただけなんだけど。
「今日一日本当にお疲れ様でした。明日からも頑張ろうね! というわけで食べてください。君たちが私のところへ来たことのお祝いも兼ねての御馳走だよ!」
食べてもいいの? という顔で見つめる二体に向かって告げる……んだけど、両者とも私を見つめたまま動かない。
どうしたの、食べていいんだよ? まさか肉は嫌いとか生肉は食べないとかウェルダンでソースもかけてとか? 見た目でお肉を選択したけど、リアルの獣とモンスターでは生態が違っていたという罠なんでしょうか?
と思っていたら、ギンがずいと皿を鼻で押して私のほうへ。これはまさか、自分の分はいいから私に食べてということでしょうか?
ヤシチを見ると、ひらりと皿の前に舞い降りて肉を一片くわえて私の前へ。琥珀色の目が私をじっと見つめています。なんかものすごい目力で訴えかけられています!
ああもうこれで勘違いだったとしても別にいい! 後悔なんてしない! という気分で台所へと直行。薄暗くなりかけている台所の食器棚をあさってマッチ箱らしきものを見つけ出す。
見知っているものよりはるかに太くて長いけどこの形状はたぶんマッチだ。
竈の扉を開けて、薪をナイフで適当に削って作った木くずを積み上げマッチで火を付ける。そのあと細めの薪から順に放り込んで火が安定したところで扉を閉め、棚から取り出したフライパンを竈の上に置いて肉の準備。
薪を削ったナイフを包み紙の端で軽く拭い、さくっと肉を切り分ける。私が食べる量なんてたかが知れてるのでほんの少しだ。ついでに脂身を削り取って適当な大きさに切っておく。
残った肉は包み直してとりあえず食料庫らしき箱の中へ。冷蔵機能なんてついてないけど、そのへんに放置しておくよりはいくらかマシだろう。
食器棚から最後に残った皿(一番小さいけどパン皿くらいの大きさはある)を取り出して、フライパンの上に手をかざすと十分温まっているので脂身を投入。
全体に油が回ったところで肉を放り込んでさっと焼き、フライ返しで皿に移す。フォークを探して日時計にしたことを思い出し、仕方ないので穴掘りに使ったナイフ(小)を洗って代用。ええ洗ってあれば問題ないのです!
ここまでおよそ十五分。我ながらものすごく頑張った! でもギンとヤシチを待たせていることを思えば超特急モードになるのも当前のこと。
加速装置が欲しいとこんなにも心の底から願ったのは初めてだ! 薪の竈なんて扱った経験はないけど、そこはネットのサバイバル知識とか想像力とか気合いでカバーだ!! 実際なんとかなった!!
焼いた肉を盛った皿を手に二体のところに戻ると、ギンの尻尾がぶんぶん振られてなんかもう大変なことになっていた。
自分の前のお皿を見つめる目が熱いです。
それを見つめるヤシチ(肉はお皿に戻したっぽい)の目が冷ややかです。
「さぁ、食べようか!」
ちょっと行儀悪いけど、床に腰を下ろして二体に声をかける。と同時にギンが皿に顔を突っ込んだ。はぐはぐと夢中になって食べている。
食べなくても特にお腹が空くわけじゃないんだろうけど、本能的なものなのかな?
ヤシチはなんとなく呆れた様子でそれを見ながら私が食べ始めるのを待っている。おっと、私が食べないとヤシチが食べられないのか。なんという忠義心の厚さ。さすがお庭番。
うっかり唇を切らないよう気をつけながらナイフで肉を口に運ぶ。
そういえばなんの肉なんだろうこれ。ブロックの大きさ的に考えて牛とか?
まぁ異世界的謎肉なので、マンモスとかドラゴンであっても特に不思議はない。いや、ドラゴンはさすがにないかDP的に。
食べられない肉ではありませんように、と内心で祈りながら一口。
すでにギンががっついているけど、人間の味覚とモンスターの味覚が一緒とは限らない。
毒ではないみたいだけど……って、もしかしてギンが食べ始めるのをヤシチが止めなかったのって毒見目的だったりするんでしょうか!?
幸い、肉の味は牛と豚の中間くらいな感じだった。
特に変な臭みもなく味付けなしでも食べるのに苦はない。できれば塩が欲しいところだけどそのくらいは我慢だ。
ヤシチも食べ始めたところで、ふと思いついて立ち上がり台所へ向かう。
竈の下の扉を開け……ようとして、熱くなっているのでシャツの裾を手に巻いて開ける。布巾でもタオルでもいいからなにか布が欲しいなぁ。
竈の中ではさっき点けた火がまだ明々と燃えている。このままでもちょっとした明かりにはなるだろうけど、細めの薪を一本取って火を点けて棚から出した鍋の中へ。
これで簡単な照明代わりにはなるはずだ。
鍋を片手にギンたちのところへ戻ると、二体はすでに残らず肉を平らげたあとだった。
肉の残ってる皿は一つのみ。ただし私用の火を通した肉の載ったお皿だ。
ギンはさりげなくお皿から目を離そうとしているけど、ちらちら気にしているのが丸わかりです。ヤシチは椅子の背もたれに戻り、そ知らぬ顔で羽づくろいを始めている。
ギンがお皿をちらっと見やる度に、すかさず鋭い目つきでプレッシャーをかけているのがおかしい。
そんなに食欲はないのでギンにお肉をあげてもいいんですが、ヤシチの努力と忠義心をむげにするのも悪いのでぱくぱくと急いで平らげる。対して量もないしね。
がーん、と顔に書いてあるギンを見て吹き出しそうになるけどそれも我慢だ。
ささやかな食事会が終わったら、空になったお皿を簡単に洗って洗い場の端に立てかける。フライパンとナイフも同様。洗剤もスポンジもないので油が落ちきっていないが、ないものを求めても仕方ない。でもやっぱり布が欲しい。
室内はすっかり暗くなっていて、鍋の中で燃える薪だけが唯一の光源だ。それも周囲数メートルがなんとか見える程度の明るさしかない。
鍋を盛って窓の近くに歩み寄ってみると、外はなにも見えない真っ暗闇の中。月も星もないのだから当然だけど。というかこの世界には月とか星とかあるんだろうか。
ちょっと薄ら寒い気持ちになってきたので窓を閉め、扉にも閂をかけてベッドの側に戻る。窓は昨日と同じくベッドの側の一つだけ開けて。閂はギンたちが出入りできるように開けておこうかとも思ったけど、なんとなく心もとなかったので閉めておく。
もし外に出たくなった時は私を起こしていいからね。トイレの心配とかはしなくていいとは思うけど。
そこまで終えると、あとは特にやるべきことも残っていないので寝ることにする。
夜更かししても薪がもったいないだけだし。日の出日の入りに合わせた超健康的な生活だ。
念のためにウィンドウを開いてカウントダウンの数字を確認し、『8:17:20:43』とメモ欄に記入しておく。
申し訳程度にコップに汲んだ水で口をすすぎ、服装をパジャマにチェンジして鍋の明かりを手にベッドに向かう。
鍋は床にでも置いておこう。窓も開けてあるし、もしかしたら熱で床が痛むかもしれないけど、その程度なら許容範囲だ。別に賃貸物件ってわけでもないから敷金とか修繕費用の心配もする必要はない。夢の一戸建てマイホームだ。十二畳ワンルーム駅まで?分の異世界物件だけどな、HAHAHA!
……うん、ますます寂しくなってきた。もう寝よう。
「ギン、おいで」
ベッドに横になってギンに声をかけると、尻尾を振りながらいそいそと乗って……こようとしたところでぴたりと停止。
おお、ヤシチが睨んでます睨んでます。暗い部屋の中で目だけがギラッと光っているようです。
「ヤシチもおいで。一緒に寝よう?」
横になったままヤシチにも声をかける。ベッドの上は寝づらいかもしれないけれど、今日は一緒に寝たい気分なんです。
……今日だけじゃなくても一緒に寝たい気分なんです。
ベッドは大人二人が余裕で横になれるくらいのサイズがあるので、狭くて寝られないということはないはずだ。
ばさっ、と羽ばたく音が聞こえて枕元にヤシチが着地。
仕方ないなぁ、という雰囲気を感じさせる仕草で座り込む。あれです、卵を温める親鳥みたいなポーズ。
ほとんど同時にギンもベッドの上に上がり込んでくる。毛布を軽く持ち上げると、ぴったり私に寄り添うような恰好で腹這いになる。
うおぅもふもふが! もふもふが感じ取れるくらいの至近距離ですよ!! なんか幸せすぎて眠れそうにないんですが!!
半分夢心地な気分でギンに毛布を掛け、さりげなく回した手で毛皮の感触を楽しみながら目を閉じる。
手のひらと身体に感じるのはギンの温かさ。頭のすぐ近くに座っているヤシチの体温も感じられる。ついさっき心の奥をかすめた不安や寂しさなんて虚数空間の彼方か、でなければ分子破壊砲で粉々に粉砕されている。
今日はいい夢を見られそうです。
できればこの温かさが、目が覚めるのと同時に夢と消えたりなんてしませんように。
素人がそんなに簡単に竈なんて扱えるかぁ!などと思われるかもしれませんが、ファンタジー世界なので道具や設備に取り扱いの補助ボーナスがついてるみたいな感じだと思っておいてください。