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石橋系マスターのゆったりダンジョン運営記  作者: ひろねこ
第二章 同業者仲間ができました。できた途端にヘルプが飛んでまいりました
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12 にぎやかな晩餐と新たな情報



「ミコトさん、ちょっと思ったんですけどもう少し他の言い訳ってなかったんでしょうか? 皆さんに本気で同情されすぎて、なんかもう申し訳ないというか、良心の呵責に耐えられないというか……」


 昼食のあと、ハルちゃんを休ませてあげたいと言って宿の二人部屋を借り(お値段は二人で一泊3ズィルでした。ちゃんと採算が取れているのかちょっと心配だ)、部屋に入った途端にハルちゃんが我慢できないといった様子で言った。

 気持ちはものすごくわかる。わかるけど……こればっかりは頑張って慣れてくれと言うより他にない。

 騙すのが心苦しいという気持ちよりも、身の安全のほうがずっと大事なのだ。



「……ハルちゃん」

 ベッドに腰を下ろしたハルちゃんの肩に手を置き、間近に顔をのぞき込んで告げる。


「私も通ってきた道だから。大丈夫、そのうちみんな気にしなくなるわ。ほんの何日かの辛抱よ」

「……同じ苦しみを味わえ、なんてこと思ってませんよね?」


 半眼で告げるハルちゃんの舌鋒はなかなか鋭い。私への変な遠慮もなくなってきたようで、実にいい傾向だ……微妙に本心を抉ってくれさえしなければ。

 いやいや、そんなこと思ってませんよ? 自分が辛かったからって人を巻き込むなんて……他に方法がなかったというだけのことダヨ? ホントウダヨ?


 磁石の同極同士のように、合わせた視線がじりじりと外れていく私をしばらくの間無言で見つめ、ハルちゃんはやがて深く長いため息をついて口を開く。


「まぁ、なにからなにまでミコトさんに頼りっぱなしのわたしに、偉そうなことを言う資格はないとわかっていますけど。でも、同じ嘘をつくにしても、もうちょっと穏当な嘘はなかったのかって思いますよ。多少怪しまれることになったとしても、この村の人たちだったらそんな心配はいらないと思いますし……」


「……うん、この村の人たちが相手だったらね」

 私の口元に浮かんだ少しだけ苦さを含んだ笑みに、ハルちゃんが言葉を止める。

「多少素性がうさんくさくても、積極的に敵対するようなそぶりを見せなかったら受け入れてくれたと思う……冒険者にも色々な人がいるからね。ただ、この村に最初に来た時はそこまで村の人たちのことが信用できなかったし、なるべく受け入れやすいカバーストーリーを作っておこうと思ったのよ」



 船が沈んで流れ着いたなんて突拍子もない話、普通だったら簡単には信じられないだろう。

 ただ、突拍子もないからこそ「わざわざそんな嘘をついてどうする?」という逆の方向で信用してもらえる可能性があったし、別の大陸の出身だと言っておいたおかげで、私がこの世界の常識に疎くてもさほど不思議には思われなかったのだ。


「あ……そうですよね。どんな人がいるかなんて、来るまでわからないから……」

「まぁ、前調査もしてあったから、極端に排他的だとか悪人ばっかりってわけでもないことはわかってたけどね。というか、そんな村だったらそもそもやって来てないし」

 ダンジョンで引きこもり生活一直線でしたよ。あるいは、ここの村が特殊なケースであるという一縷の望みにかけて他の村を探したか。


「私のカバーストーリーにハルちゃんまで巻き込んだのは申し訳ないとは思ってるけど、そうするのが一番自然で無理がなかったんだよね。ほら、人種的にも同じだから、まったく無縁の人間だって言うより出身が同じって言ったほうが納得してもらえそうでしょ?」

「それは、確かに……」


「それに、この村の人たちはともかく、この世界に住んでいるすべての人が善人ってわけじゃないから……私たちの世界と同じで、いい人もいれば悪い人もいるわけよ。そういう人たちに変に目を付けられないためにも、できるだけ怪しまれる要素はなくしておきたかったの。万が一にも、私たちの正体がばれないようにね」


「正体って……ダン」

 言いかけたハルちゃんの口元に指を当て、それ以上の発言を遮る。


「他に人がいないところでも、できるだけそれは口にしないでおこう? 盗み聞きされているとは思わないけど、つい人前でもポロッと口に出しちゃいそうだしね」

「あ、はい……」


「ばれたらどうなるか、今のところわからないけど……でも、あんまりいいことにはならない気がするんだよね。持っている力が力だから。ただ、だからこそお仲間の情報を集めたいとも思うのよ。もし協力できるならよし、そうでなくてもこの世界で私たちがどう扱われているかわかれば、この先の方針も決めやすくなるでしょ?」


 例えばダンジョンマスターが人間と取引している例があれば、それを踏襲して交渉を行うという選択肢もあり得る。

 逆に、ダンジョンマスター死すべしという考えが多数派を占めているのなら、なにがあっても隠れ抜くのが最大の目標となる。


 ハルちゃんはいま一つぴんときていない様子で首をかしげていたが、やがて納得したようにうなずいて言った。


「つまり、当面の目標は変わらないわけですね? 他のダン――じゃなくて、同じ境遇の人を探して、協力できるならお互い協力できるようにする、と」


「……うん」

 理解したというより、わからない部分は思考を放棄したといったほうが近いかもしれない。

 まぁ、ちょっと前まで中学生だった女の子にそこまで考えろというのも酷か。

 大人が一緒にいればよけいに……自分であれこれ考えるより、大人の人の指示に従っておいたほうがいいと思うよね。


「あと、この世界の人たちと私たちの関わりも調べて、もし協力できそうならそれも考える。無理そうだったら絶対に正体や本拠地がばれないようにする……当面、できるのはそれくらいかな? 後者の場合は、本拠地の防衛力をさらに上げる必要もあるかもしれないけど」

 私の解説に、ハルちゃんは軽くまばたきをしてああ、と呟くように声を洩らす。


「で、それまでは正体は徹底的に隠す方向で――ハルちゃんのステータスにも〈偽装〉をかけてるし、そう簡単には見破られないとは思うんだけどね。ただ、ハルちゃん並みに〈看破〉が使える人間がいないとも限らないし、怪しまれる要素は極力減らしていきたいわけ」



 そう、〈偽装〉は自分のステータス以外にも使用することができたので、ダンジョンを出る前にハルちゃんのステータスに対して使っておいたのだ。

 なので現在、ハルちゃんのステータスは表向き、



 ハル 人族(Lv.1)F

 攻撃力:F 敏捷性:F 耐久性:F 生命力:F 知力:A 精神力:B

 〈探知〉Lv.12 〈身体強化〉Lv.3〈騎乗〉Lv.3


 となっている。ちなみに偽装前のステータスはというと、



 ダンジョンマスター(ランク-)

 個体名:ハル レベル:1  F

 攻撃力:F 敏捷性:F 耐久性:F 生命力:F 知力:A 精神力:B

 〈看破〉Lv.8〈探知〉Lv.12 〈伝達〉Lv.5〈身体強化〉Lv.3〈騎乗〉Lv.3


 〈伝達〉スキルを非表示にしただけであんまり変わっていないけど、ダンジョンマスターと表示されないだけで大分違うはずだ。

 なお、〈看破〉は相手の同意があれば、普通にステータスまで開示できるもよう。同意なしだとまったく見えないから、自分より高いレベルの〈看破〉を持っている相手のステータスは見えないでFAなのだろう。


 おかげで〈偽装〉の存在価値が微妙になりましたが……いや、普通の人間を装えるという点では重要なスキルだ。〈偽装〉を使った上で私がハルちゃんを〈看破〉で見たら、普通に上のステータスが表示されたからね。



 そうそう、かく言う私の現在のステータスは、


 ダンジョンマスター(ランク-)

 個体名:ミコト レベル:1  F

 攻撃力:F 敏捷性:E 耐久性:F 生命力:F 知力:B 精神力:B

 〈伝達〉Lv.18〈視野借用〉Lv.17 〈看破〉Lv.5〈暗視〉Lv.6〈身体強化〉Lv.9

 〈騎乗〉Lv.12〈帰還〉Lv.7〈翻訳〉Lv.6〈解体〉Lv.8〈偽装〉Lv.6


 ひっそりと表示されている個体名に注目だ。ええ、間引きとか準備とかでわたわたしている中、久しぶりにチェックしてみたらいつの間にか表示されてましたよ!


 村に行って名乗ったのが鍵だったのか、ハルちゃんに対して名乗ったのが鍵だったのか結局不明だが、名無しの権兵衛よりは一歩進化したみたいです。にしても、けっこう頑張ったはずなのに伸びてない〈解体〉ェ……

 あ、ダンジョンを出る前に私も〈偽装〉でステータスをいじっているので、



 ミコト 人族(Lv.1)F

 攻撃力:F 敏捷性:E 耐久性:F 生命力:F 知力:B 精神力:B

 〈伝達〉Lv.18〈視野借用〉Lv.17 〈暗視〉Lv.6〈身体強化〉Lv.9〈騎乗〉Lv.12

 〈翻訳〉Lv.6〈解体〉Lv.8



 表向きはこのステータスが表示されることになる。まぁ、〈鑑定〉とか〈看破〉スキルの所有者に会わずに済むのが一番なんだけどね。特に後者はマジで。



 ……ちょっと思考がずれたけど、とにかく自分たちの正体を隠蔽することと他のダンジョンマスターの情報を手に入れることが、現在の最優先課題ということだ。


「あとね、ハルちゃん……こう言ったらなんだけど、どんなカバーストーリーにしたところで見た目の年齢的に、ハルちゃんが同情を買うのは避けられないと思う。どう見ても親の保護が必要な年齢の子が、一人で魔物だらけの土地をさまよってたって言ったら……どんな事情でも普通同情されると思わない?」


「え……えええっ? 本当にいくつだと思われてるんですか、わたし!?」

「ちなみに、私は最初実年齢マイナス十歳と思われておりました。特に童顔でもないこの私がです……」

「十歳!? ええっ、わたし十歳引いたら幼稚園の生徒になっちゃうんですけど!?」


 目を白黒させるハルちゃん。うん、さすがに体格的にそこまで下には見られていないと思うけど……ぎりぎり二桁とかじゃないかな? たぶん、きっと、メイビー。


 そっと目を逸らす私に、ハルちゃんはショックを受けたのか目をまん丸に見開いたまま硬直している。

 それも私が通った道だよ……日本人の固有スキルって本当に恐ろしいね。


「ま、まぁ……私の年齢もそのうち信じてくれるようになったし、同じ人種だから見た目より若く見えるだけってわかってくれるわよ! それに若く見られて損することなんて強いお酒が飲めないとか、その程度のものだし!」

「若いんじゃなくて、幼いって見られてるのがショックなんですよ……やっと、私服でも小学生に間違われることがなくなってきたのに」


 なにやらトラウマがあった様子。うん、最近の小学生は発育がいいからね。高学年だったら中学生どころか、高校生くらいの身長の子もたまに見かけるし。

 別にハルちゃんが子供っぽいとかそういう理由ではないと思うよ? というか、最近は中学生くらいでも普通に化粧したり髪を染めていたりするから、なにもしてない子が相対的に年下に見られたりなんてこともあり得るし。



 しょんぼりしているハルちゃんを保存用のバッグに入れておいたクッキーでなぐさめたり、村の人たちについての詳しい話をしたり(ついでにテーボたちの酒癖の悪さも教えておいた)してるうちに、ちょっと元気が出てきた様子なので外に出ることにする。


 ハルちゃんには部屋で休んでいてもいいと言ったが、少しでも早くこの村の人の顔と名前を覚えたいとのことで一緒についてきた。

 村から出るわけではないので、ギンとセバスは部屋で休んでいてもらうことにする。ちょっと顔出しがてら挨拶してくるだけだし、ぞろぞろ大勢で歩き回るのもどうかという気がしたし。


 なにしろギンの図体ときたら、二、三人分くらいのスペースを占拠するからね……外を歩く時はまだいいにしても、屋内に入る時はどっちみち外で待っていてもらうことになるのだから置いていっても大差はない。


 というわけなので、大人しく留守番していてね。……すでにベッドの前でごろ寝の体勢に入っているから、特に心配いらないか。

 ヤシチの目がすでに諦めの境地に達しているのが、なんとも印象的でした……いつも苦労をかけてすまないねぇ。




 ハルちゃんを連れて村の中を見て回り、道具屋に立ち寄って(今日はショウさんがちゃんと店に出ていた)挨拶とちょっとした雑談を交わす。

 話をしている間に奥からラッカさんが出てきて、ハルちゃんに干し果実なんかを押しつけてきたのが事件といえば事件だ。


 ヨーコさんに続いて涙ながらに抱きしめられたハルちゃんが、「本当によく頑張ったねぇ」の一言でこらえきれずに泣き出したのは、私も経験があることだけにあえて見なかったことにしておいた。……不意打ちなだけにもろに涙腺にくるんだよ。


 さすがの貫禄でラッカさんは泣き出したハルちゃんが落ち着くまで抱きしめ、鼻をぐすぐすいわせながらハルちゃんがお礼を言った時には「いいんだよ、子供が大人に甘えるのは当然のことさ!」と豪快に笑い飛ばしていた。

 途端にハルちゃんは微妙な表情になったけど……相変わらずの無自覚ハードパンチャーっぷりだ。


 隣でちょっと目を潤ませながら見守りに徹していたショウさん、ハルちゃんが泣き出した時にはおたついてまったく役立たずだったことには目をつぶりますから、奥さんの最強の右ストレート(精神限定)をなんとかしてくださいませんかね……?



 途中で行き会ったエッダたちと立ち話をしたり、その足で食堂に行ってグリンさんに果ての森の調査結果(主にハルちゃんの〈探知〉で作成したもの)を渡したりしているうちに、いい時間になってきたので宿にギンたちを迎えに行って夕食にする。


 宿に行って戻ってくるだけだから、と言ってハルちゃんにはヤシチのボディーガード付きで食堂で待っててもらったんだけど、ヨーコさんが目を光らせていてくれたおかげか質問責めにされたり絡まれたりしてる様子はなかった。

 むしろ、私と入れ替わる形で帰宅したらしいヒヨちゃんに懐かれて、嬉しそうに相手をしていたくらいだ。



「ヨーコさん、また厨房借りるね~」

 一言断りを入れて厨房でギンたちの食事の支度をして、外で待っているギンとヤシチ、ハルちゃんのテーブルで待っているセバスのところへ運ぶ。


「あ、ミコトさん! 言ってくれれば手伝ったのに……」

「いいのいいの、ヒヨちゃんの相手してたんでしょ? ヒヨちゃん、久しぶりね~!」

「ミコトお姉ちゃん! あのね、ハルお姉ちゃん、面白い遊び教えてくれたの! こうやって歌いながら手を合わせてね……!」


 実演付きでヒヨちゃんが披露してくれたのは、日本国民お馴染みのア○プス一万尺の手遊びだ。よくこれだけ短い時間で覚えたもんだ。教えたハルちゃんがすごいのか、ヒヨちゃんの記憶力が飛び抜けてるのか……私、結局最後まで覚えてないもんなぁ。


 にしても、歌の歌詞ってどういう風に伝わっているんだろうね? そう思ってヒヨちゃんに聞いてみたら「なんかおどったりしてるのはわかったよ? でもいちまんじゃくってなに?」という答えが返ってきたので、一応言語チートははたらいているようだ。


 そんなことをしている間に、ヨーコさんが料理を持ってきてくれたので遊びはお終いにしてテーブルに向き直る。

 ああ、待ってるだけでご飯が出てくるなんてなんて贅沢。実家のような安心感……というか、家に帰ると待ってましたとばかりに私にご飯を作らせる母親がいるため実家よりもはるかに待遇がいいくらいだ。


 各人の前にお皿が並んだところで、いただきますと手を合わせてフォークを手に取る。

 今日の夜メニューは塩とハーブをすり込んで焼いたらしき塊肉の切り落としと、ボウルたっぷりの葉野菜のサラダ、それにちょっととろみのついた野菜と魚のスープ……って魚? 魚が出るのはこれが初めてじゃないだろうか?


「ヨーコさん、これって……!」

 思わずヨーコさんを呼び止めて聞いてみると、沼地に狩りに行った冒険者のパーティーが襲ってきた魚系の魔物を返り討ちにして、その場でさばいて肉を持ってきたらしい。

 たくましいなぁ冒険者……いや、私もその端くれだし似たようなこともやってるけど。


「お魚ですか? うわぁ、こっちに来てからお魚なんて初めて食べます……!」

 嬉しそうにハルちゃんが目を輝かせる。実はお魚スキーでしたか? 今時の若い子にしては珍しい……そうでもないか。最近の調査じゃ若い子よりもお年寄りのほうが、肉好きだったりするみたいだし。

 ただし「好きな料理」が「寿司(中トロ)」とかいう子供は、正直あんまり可愛くないと思います! むしろ育てた責任者出てこい!


「私も久しぶりよ。ギンたちもいるし、森の中ばっかり歩いてるとどうしても肉に偏りがちになっちゃうものね……あ、美味し」

 口に入れた途端にほろほろ崩れるお魚は、もとが魔物だったなんて信じられないくらいだ。あっさり淡泊な味は白身っぽいけど、噛み締めるとじわっと旨味が染み出てくる。

 スープにもよく出汁が出てるし、これは実にいい食材だ。思わずギンに狩ってもらえないかなとか考えてしまいましたよ。



「本当ですね! こっちのお肉も美味しいです! 野菜も……本当にミコトさんの言っていた通り、ここの料理はなにを食べても美味しいですね」

「でしょ? できれば、もっと早くここの料理をハルちゃんに食べさせてあげたかったな……最初に食べさせたのが私の手抜き料理で、ちょっと申し訳ないくらい」


「そんなことないです! ミコトさんの料理もすごく美味しかったですよ! それまでがそれまでだったから、よけいに……」

 慌てて首を横に振ってみせるハルちゃんに苦笑して、料理がこぼれちゃうよと指摘する。


「絶賛してくれるのは嬉しいけど、誉めたってなにも出やしないよ? ほら、追加注文の酒とお茶」

 そこに食後のお茶とアルコールを運んできたヨーコさんが、笑いながら言葉を投げ入れる。

 テーブルの上に置かれたのは湯気と芳香を放つ木のカップと、ほんのりアルコールの匂いを漂わせる金属のコップだ。


「美味しいものを誉める言葉は惜しまない主義だから、私。あと美味しいものを作ってくれる人に対する感謝の言葉も」

「そりゃ立派な信条だ。うちの村の男どもにも見習ってもらいたいもんだね」


「おかあさんのごはん、わたしも大好きだよ! わたしも大きくなったら、おかあさんみたいなおりょうりつくる人になるの!」

 ヨーコさんが笑ったところで、ヒヨちゃんが大きく手を上げて所信表明したため、その場の空気が一気にほんわりしたものになる。くっ、可愛すぎるぜヒヨちゃん。


 ついでに耳元をほんのり赤く染めながら、笑み崩れるのを我慢しようとしてしきれないヨーコさんも。お母さん、お母さん、今いったいどんな気持ちですか?



 なごんだ空気が周囲にまで伝播し、他のテーブルから向けられる温かい視線に耐えきれなくなったようにヨーコさんは足早に去っていく。「ああもう、忙しいったらないね!」と言いながら、ヒヨちゃんの頭をこっそり撫でていったのを私は見逃していない。ええ、わざわざ突っ込むような野暮な真似はいたしませんが。


 そうしてる間にも食堂には次々と客が訪れ、馴染みの顔や見慣れない顔でいっぱいになってくる。グリンさんは魔物の分布状況を確認するため、パーティーの仲間と一緒に村の外に向かったそうだ。私の報告が原因ですね、わかります。


 でも報告通りの地域に魔物がいるようなら、移動はだいたい落ち着いたものと判断できるということなので、大移動の予兆ではないことがこれではっきりするだろう。

 真相は闇の中ですが……いいんだよ、ちゃんと後始末も済ませたから。



 馴染んだ顔の中にはエッダたちのパーティーもいたため、軽く手を上げて挨拶したらなぜか予備の椅子を持ってテーブルに押しかけてきました。……おい、定員オーバーなんですが? そりゃ詰めれば座れないこともないけど。

「相席頼むぜ! ここんとこ、調査だなんだで村出てたパーティーが多くて、休みが被っちまってるんだ! コテージや宿で自炊してる連中もいるみたいだけどな!」


「……いや、あんたたちもコテージ組の一員でしょ? 自炊するという選択肢は?」

 どっかと腰を下ろしたクロウに、答えの半分予想できている問いを投げてみる。途端に目を逸らしたあたり、ソラに炊事を任せっきりにしてることを恥じる気持ちはあるようだ。


「ほら、村にいる時くらい美味いもん食いたいって思うのは当たり前だろ? ソラだってたまには休ませてやらないと!」

 無理に作った笑顔で返すけど、その答えは私的にはアウトだ。ヨーコさんのご飯が美味しいことは認めるが、人に作ってもらったご飯が美味しくないと言わんばかりのコメントはいただけない。


「ふーん、あたしの作ったご飯は美味しくないと言いたいわけ? だったら、今度からはもうクロウの分の食事は作らないでおこうかな」

「え? いや、そんなこと言ってないだろ! ただ、村にいる時しかここのメシは食えないから、休みの時くらいこっちで食いたいって言ってるだけで……」

「だったらそう言えばいいでしょ! よけいな一言が多いのよ、あんたは!」


 うん、自業自得のクロウは放っておくことにして。セバスの隣にちゃっかり座ったエッダと狭そうに席に着く年長者組に視線を移す。

「なにも狭いところにわざわざ来なくても……私たちはもう食べ終わってるし、席を空けましょうか?」

「いや、このくらいは普通だし、気にしなくていい。他のテーブルにもまだ余裕はあるしな」


 トランの答えに食堂内に目を向けてみると、確かに一人で食事をしてるテーブルもちらほら見える。にもかかわらず、三人プラス一体の先客がいるテーブルにやってきた理由は……


「……うん、わかった」

「……ああ」


 お皿に盛った野菜スティックを両手で掴んで食べているセバスを、にっこにこと笑顔で見守っているエッダを見てうなずきあう。

 今この瞬間、言葉に頼らずして分かり合うという希有な体験をした気がするけど、ちっとも嬉しくないのはなぜだろう。相手がトラン(泥酔して裸で踊り出すマッチョ)だからだろうか。

 それともモフラーに振り回される一般人の悲哀を、つぶさに目にしてしまったためだろうか……


 ちなみに、私はもふもふは大好きだけどモフラーじゃありませんよ? ギンたちはもふもふだから大事なのじゃなく、大事な仲間にもふもふが付いてきているだけなのです。ええ、説得力がないのは百も承知ですが。

 でももふもふに心奪われて我を忘れるような行動は取っていないと……断言できなかった、そういえば。


 いやいや、ギンたちに初対面でいきなり抱きついてしまったのは、スキンシップを兼ねてのことだからノーカン、ノーカンですよ! セバスだって思わず抱きしめたくなるくらいのもふもふだけど、ハルちゃんの使役モンスターだからちゃんと自制してるし。

 ギンに同乗している時、至近距離で毛皮の感触を楽しんだりしたのは役得……じゃなかった、不可抗力だから特に問題はないよね?



 なんてことを考えているうちにエッダたちは注文を済ませ、すぐに私の夕食と同じメニューが運ばれてくる。

 他にも何種類かの定番メニューや日替わりメニューがあるけど、一番時間がかからないのでそれにしたんだろう。なお、宿代に含まれない場合は一食3クップ。その他にお酒やおつまみの料理などを頼んで、一食7~8クップくらい使うのが宿に泊まらない冒険者の平均的な食事代らしい。


 コテージの料金がいくらか知らないけど、ちょっと使いすぎなんじゃ……この村に来た晩に酒代でその倍くらい払った私の言うことじゃないかもしれないけど! アルコール度数の高いお酒は本当に高いんですよ!

 まぁ、それ以上に飲んだ量が量だったんですが……もうあんな失敗は二度としないぞ!



 内心で(酒で失敗する度に割とよくする)決意を固める私の横で、ハルちゃんはエッダの懐から出てきたルドルフを触らせてもらったり、ちょっと遠慮気味の質問に言葉少なに答えたりしている。

 私の時に比べたらずいぶん態度に差がある気もするが、保護者が必要な年齢の子供だと思われてるんだったら仕方がないことだよね。


 常に私の後ろに隠れるような態度だったから、人見知りする子だと思われていそうだし……実際、家族以外の年長者(特に男性)に対しては若干苦手意識があるそうだ。

 学校の先生とかどうなんだろうって思ったら、教師は八割近くが女性(そのうちの三割がシスター)だったとのこと。


 おう、そういえばあの学校ミッション系だったっけ……床を磨くのにミルクを使ったりすることがあるのか、思わず聞いてしまったよ。さすがにそれはなかったらしいが、古文の授業で平家物語をシスターに習ったりしたそうだ。なんというミスマッチ……



 ややぎこちないながらもハルちゃんがエッダやソラと会話を交わしているのを横目に、私はトランやクロウと魔物の調査の成果についての情報交換をする。

 クロウたちが調査に向かったのは北の村に近いエリアで、同じように魔物の増加に気づいて調査を行っていた冒険者たちと話をする機会があったらしい。


 北の村はこちらよりもあとに作られたもので、規模はやや大きいかわりに冒険者の出入りが激しいそうだ。

 向こうのほうがランクの高い魔物を狩れる狩り場に近く、貴重な魔物の素材を手に入れて大儲けする者がいる一方で、一攫千金を夢見てやってきたはいいが力量が足りず、去っていく者も多いためらしい。

 引き際を見誤って大怪我をしたり、命を落としたりする者も少なくないというから、無傷で去れる人間はむしろ運がいいのだろうけど。


 ただ人の出入りが多い分、別の地域の情報などもこちらの村よりも入ってきやすいそうだ。

 サルサーギ村にも情報は入ってくるけど、あくまでも経由地なので冒険者が長く留まる北の村のほうが詳しい情報が手に入りやすいとのこと。

 

で、一緒に野営したりなんだりしてる間に、首都や他の地域のことについて色々話を聞いたところ……



「……新しいダンジョンが見つかった?」



 ちょっと聞き捨てならないことを聞いてしまいましたよ。ハルちゃんも驚いたように会話を止めてこっちを見ている。私の顔に浮かんでいるのも同じような表情だろう。

 それって、もしかして……私たちのお仲間がいたりするんじゃないでしょうかね?




またもや中途半端なところですが、第二章はここで終了です。


ちょっとしたトラブルがありまして、書き貯めが全然できていないため(というか、全面書き直しが必要になりそうです)長めにお待たせすることになってしまいそうですが、気長にお待ちいただけると幸いです。

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