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石橋系マスターのゆったりダンジョン運営記  作者: ひろねこ
第一章 ダンジョンマスターになりました。なお現地調査はセルフで行うもようです
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2 方針決定したら即行動(休息も行動のうちに含まれる)



 さて色々とショッキングな事実も判明しましたが、現実逃避するのも程々にして限られた時間(10日間)を有効活用していきましょう。畜生。


 まずは行動方針の決定。これは考えるまでもなく『安全第一』だ。

 自分が今いる世界がどんなところなのか、どんな生き物がいるのかもわからない状況で『がんがんいこうぜ』なんて作戦バクチにも程がある。

 リセットボタンもコンティニューもない現在、ここは『いのちだいじに』一択です。


 ただ、安全を追及するためにも周辺状況やこの世界自体についての情報は必要。

 こうすれば安心なんて根拠もなく思い込んで安心していたら、いきなりメ○ドーアみたいな極大攻撃魔法をダンジョンコアに叩き込まれたなんて笑えない事態は避けたい。


 となると、ダンジョンポイント――長いのでDPと略す――の使い道は、安全確保と情報収集の二本柱を目的としたものに絞られてくる、というわけだ。


 そのうち優先度が高いのは当然ながら安全確保。命を失ったら元も子もないわけだし。

 情報収集はあくまでも安全確保のための二義的手段に過ぎない。だからDPも安全確保を優先して割り振りすることにする。

 情報収集を行うにしても、身の安全が確保されていなかったらそもそもダンジョンを開放することができない。


 で、その安全確保の手段は、できるだけこの世界の生き物の強さや技能の高さに影響を受けにくいものとしたい。

 だって考えてもみてくださいよ。現状この世界の情報がなにもないのに、単純な強さや技能の高さで突破できるようなダンジョンは作れない、というか作りたくないでしょ?

 目一杯罠とか鍵とかの難易度を上げたり、強いモンスターを配置したりすれば少しは効果あるかもしれないけど、そうするにはDPがですね……


 ええ、時間と同じくDPも有限なんです。百パーセント効果があるとは限らない罠とか鍵とかモンスターとかに、一点賭けでDPを費やすような度胸は私にはないんですよ! それなら目一杯頭使ってローコストな侵入阻止の手段を考えるよ!


 うん、まぁなんとなくこれからの方針が見えてきたかな。10日間みっちり使って、できる限り防衛力の高いダンジョンと情報収集のための手段を考えて、万が一侵入者がダンジョンの奥までやってきてしまった場合に備えて、最低限身を守るための戦力を確保して。



 考えがまとまったところで、私は座り込んでいた床の上から立ち上がる。

 けっこう長く考え込んでいたみたいで座りっぱなしのお尻が痛い。材質不明だけど石っぽい手触りだしね、この床。


 そこでちょっと気になったのが自分の服装。いや、別に誰が見てるわけでもないからいいんですけどね、パジャマ姿って。それも二年も着ていい感じにくたびれた。

 これって死んだ時の服装だからパジャマ姿なんだろうけど。でもちょっとなんとかならないもんでしょうかね? 防御力ゼロ過ぎて心もとないというか、裸足なのは百歩譲って(足だけに)我慢するとしても下着がですね。

 下はともかく上は付けていない下着レス状態なので非常に胸元がすーすーして落ち着かないというか! せめて同じ部屋着にしても、休日に着てた外にも出られる仕様の服装とかにしておいていただけると嬉しかったんですが!



 と思った瞬間、テレビのコマを飛ばした映像みたいにぱっと服装が変わった。

 現実ではあり得ない出来事に、一瞬思考が止まる。目を疑うなんて甘いもんじゃない。完全思考停止のフリーズ状態だ。


 え? なにこれ今の? イリュージョンですか(ただし手品じゃないほうの)?

 固まっていた脳味噌が再起動したのは一瞬あとのこと。しかし出てきたのは益体もない考えオンリーで、全然冷静じゃないどころか半分パニック状態。

 回し車を全力で回転させすぎて一緒にギュンギュン回ってるハムスターみたいな状態だ。


正常な思考が戻ってきたのはたっぷり数十秒後のことで、私は見覚えのありすぎる自分の服装を見下ろす。

 まぁ、あれだ……人間本気で驚くと、ボケる余裕もなくなるもんなんだね。


 服装は大学の頃から着てる色の褪せたジーンズと、着心地がけっこう気に入っていたネルのチェックシャツ。

 くたびれ加減は先程までとあんまり変わらないというかむしろ年季的には悪化してるけど、インナーを着用してるというだけで私的には十分満足だ。足下にはスニーカーと靴下のおまけまで付いてきてる。


 服装が変わった理由は……イメージというやつなんだろうか? 最初のパジャマ姿は最後に見た服装だから、無意識のうちにそれを選択していたとか。

 まさかダンジョンマスターの特殊能力に『自動着替え』があったりするわけじゃないよね? 音楽付きでリボンやシャボンに包まれたりするわけじゃなくても嫌だぞ、そんなダンジョンマスター。


 試しに通勤に着ていたスーツを想像すると、またもやぱっと一瞬で変わる。

 会社の事務服も同様。ちょっと調子に乗って一張羅のロングワンピースとか、成人式に着た振り袖をイメージしてみたらその時は変化なし。どうやらある程度以上着慣れた服じゃないと、イメージが弱いのか変えることはできないみたいだ。

 最後に最初のジーンズ姿に戻って、思わぬことから始まったファッションショーを終了する。ファッションショーというかむしろ変身ショーだけど。


 まぁ、脱パジャマ姿のおかげで気合いも入ったことだし、安心安全な生活を目指して本気で頑張ってみましょうか! 全力を尽くして駄目だったらその時はその時。

 一度目の人生のオマケみたいなものだったと思えば、たぶんきっと後悔はない!




 そういうわけで、まず最初にダンジョンの地下一層を作ろうと思います。

 いきなりすぎるって? そうは言ってもどっちみち一階層は作らないといけないわけだし、ここは練習も兼ねてどーんと行ってみようかと。作ってみてから気に入らないところや問題があれば、後から修正したり改造したりすることもできるみたいだし。


 目の前に浮かぶウィンドウを見つめて、ダンジョンの階層を頭の中で思い浮かべる。

 すかさず反応して『ダンジョンの階層』に関する情報がずらーっと出てくるのはさすがだ。適当に流し読みしながら気になる単語を拾い、ある程度情報が集まったところでこれから作る階層を頭の中でイメージする。

 同時にウィンドウがもう一つ立ち上がり、イメージした通りの階層の図が描かれる。本当に高性能だな! 便利だからいいけど!


 今回はDPを使う練習も兼ねているので、そこまで複雑な階層を作るつもりはない。むしろシンプル? ただ広いだけでなにもない空間にする予定だ。

 階層の形は円形、広さはダンジョンの領域にできる最大範囲の半径1キロメートル。内部のデザインはプリセットされてるものの中から適当に選んで……


 イメージ図が描かれたウィンドウを睨んで設定し忘れている部分がないのを確認し、いつの間にかウィンドウに浮かんでいた『ダンジョン作成』の文字を指先でタップする。

 あ、つい癖で指を使ってしまったけど普通に反応しました。というかウィンドウに触れるということに今初めて気づいたよ。感触はなんというか、磁石の同極同士を近づけた時みたいななんともいえない柔らかいような硬いような不思議な感じでした。


 それはともかく、タップするのと同時に文字が消えて『ダンジョンの階層:10000p 作成実行しますか?』という文言が出てくる。

 下にはおなじみの『はい/いいえ』の文字だ。ますますパソコンっぽくなっていくなと思いながら、『はい』の文字をタップする。



 同時に、ウィンドウの隅に残り時間と一緒に表示されてた『DP(いつの間にか表記が変わっていた):50000/50000』の左の数字がものすごい速さで減少を始めた。

 思わずどきっとしながら見つめていたら、ぴったり40000になったところで数字は停止する。ちょっと心臓に悪いんですがこれ。止まらないんじゃないかと一瞬思っちゃったよ!


 ただ、目に見えて起こった変化はそれだけだ。ゴゴゴゴと音を立てて床が揺れるとか魔法陣っぽいものが出てきて光を放つとかダンジョンコアが回転しながら部屋中を飛び回るとか、そういう派手なエフェクトは一切なし。

 ちょっと拍子抜けというか、本当にちゃんと階層が作られているのか不安なんですが。



 首を捻っていても仕方ないので、とりあえず隣の部屋に行ってみる。

 ダンジョンコアのある部屋にはなんの変化もなかったから、あるとすればこっちの部屋かと思いながら。

 けれど近づくにつれて、出入り口の向こうに明らかな変化があるのがわかった。

 薄ぼんやりとした明るさは先程までと変わらないけど、向こう側に見えている景色が違う。主に床だった場所が。



 出入り口をくぐった瞬間、一変した景色に私は思わず目を奪われる。


「うわぁ……」


 部屋だったはずの場所に広がっていたのは、青々とした草が一面に生い茂る草原だ。

 それも人工的なものではなく適度に起伏もあれば茂り方にもむらがある。草丈は短いところは足首を覆い隠す程度だけど、高いところでは人が立ったまますっぽり入ってしまいそうだ。

 惜しむらくは視線を上げるとのっぺりした白い天井が見えてしまうことだろうか。

 十分な高さがあるので狭苦しい印象はないが、草原の上に天井が広がっているという光景にはやっぱり違和感がある。草原がいかにも自然な感じだからなおさらだ。


 そこでここは、再度操作ウィンドウ(仮名)の出番なのですよ。きちんと階層が作成できているのを確認できたわけだし、安心して次なる作成に移れるわけですよ。

 そう、単なる草原を作っただけで満足できる私と思うてか! というか、室内の草原なんて違和感ばりばりなものを作るつもりは最初っからないのだ!



 いつの間にか消えていたウィンドウを思考で呼び出し、検索をかけて目当てのものを見つけ出す。さっき調べながら目を付けておいたものだ。


 特殊オブジェクト(疑似太陽):5000p


 先程と同じ手順で作成実行の画面まで進み、最後に出てきた『はい/いいえ』の『はい』を勢いよくタップ!

 あ、いや、引かないで。別に勢い任せでポイントを使ってるわけじゃないよ? ちょっと悪ノリしてるのは事実だけど考えあってのことですから!



 これまたさっきと同じく、ウィンドウに表示されているDPの残り数字が猛スピードで減っていく。止まった数字は35000。消費したポイント以上に減ることはないとわかっていても、そこはかとなく不安になる。

 そしてウィンドウに目をやっている間に、あたりを照らす光の強さと質が変わる。


 ものを見るのには支障ない程度だった明るさが日中の外並みに。どこか均一で人工的な光ははっきりとした光源から放たれる自然なそれに。

 光の温かさに誘われるように顔を上げると、晴れ渡った空の中央でさんさんと輝く太陽が目に入る。足下に目をやれば、さっきまでなかった黒々とした影も落ちている。


 そう、空ですよ! これが『特殊オブジェクト(太陽)』の効果なのだ。

 ダンジョンの階層にしか設置できないかわりに、天井の高さを無視して空を作り出してくれる。これ、見た目だけじゃなく本当の空なんですよ! しかも同期設定をオンにしておけば、本物の太陽と同じように昇ったり沈んだりもしてくれるんです!! 

 これでこの世界の一日の長さがわかる!! 日の入り日の出を見ればだいたいの方角もわかる!!


 おおう、ちょっと年甲斐もなくはしゃいじゃった。でもこれで5000pはお値段以上の価値があると思うんですよ。ダンジョンを出なくても、この世界の情報が手に入れられるわけなんですから。



 さて、お天道様のおかげで気持ちも明るくなったところで次の行動に移ろう。

 しょせん偽物じゃないかって? ダミーだろうが空にあるなら私にとっては本物のお天道様だ。某国のコピー商品じゃあるまいし、別に誰に迷惑をかけているわけでもないのなら本物か偽物かなんてノミの細胞核並みにちっさい問題なんですよ!


 さくさくと草を踏んで草原に踏み出し、適当なところで足を止める。このへんでいいかな、とふり返ると草原の真ん中にぽつんと浮かぶ出入り口。トリック写真みたいだ。

 ダンジョンコアのある部屋はダンジョンのどこにでも設置できるかわりに、扉とか鍵とかを付けることはできない。

 付けたかったら他に鍵の付いた部屋を作って、そこに接続しろということだ。


 トリック写真みたいな風景はそれはそれで面白いけど、不用心なのでウィンドウを操作して一つ部屋を作る。場所は今立っているところ……の真下。最低サイズの10×10の部屋で十分か。DPの消費は1。ローコストなのはいいことだ。



 作成実行するのと同時に目の前の地面に穴が開く。ぼこっと、ではなく地面の一部が生えている草ごと光になって消えていく感じ。

 ダンジョンの構造物ができるところを見るのはこれが始めてだと遅まきながら気づく。相変わらずエフェクトは地味だがなかなか綺麗だ。


 足下から三十センチの位置に開いたのは1×2メートルの四角い穴。うっかり足の下に開けてしまわなくてよかったと内心で冷や汗を流したのは内緒だ。

 というか、よく考えたら部屋の高さ的に梯子か階段が必要なんじゃ……?

 しゃがんで中をのぞき込んでみると、予想通り穴は天井の位置に開いている。壁際なのは不幸中の幸いというべきか。


 とりあえず設置オブジェクトで梯子がないか検索して、上り下りの最中に壊れたら恐いので『梯子(破壊不能):10p』を設置。そして設置したあとで階段を作ったほうがDP的に安く付いたことに気づいた……階段ってそういや破壊不能オブジェクトだったよ畜生。



 軽く凹んだあとで、えっちらおっちら梯子を下りていく。10メートルって意外に高さがあるんだね……だいたい三階の屋根の高さって考えたら当然か。ジーンズとスニーカーという動きやすい恰好をしていたことに感謝だ。

 床に降り立つと、なんとなく両手をパンパンと払ってウィンドウを操作。ダンジョンコアの部屋をこの部屋に接続する。

 位置は梯子を設置した壁の向かい側で、変更を実行してもDPの消費がないのがちょっぴり嬉しい。うっかりミスで余計なポイントを使ってしまったあとだからなおさらに。


 壁に開いた出入り口の向こうをのぞくと、ちゃんとダンジョンコアの部屋になっている。

 心なしかダンジョンコアの輝きも嬉しげに……見えないか。顔色ならぬダンジョンコアの光色を読むスキルは残念ながら持っていない。

 探してみたら本当にありそうで恐いけどね、コアの光色読みスキル! 役に立つ場面がまったく想像できないんですが。



 ともあれ、やるべきことはやったので梯子を登って部屋を出る。

 そういえば、これって部屋の真ん中に出入り口つけたら、どこぞの駄菓子屋の地下みたいな気分が味わえそうだ。

 DPがもったいないのであんな馬鹿みたいに広い部屋を作るつもりはないが。内なる自分と戦うつもりも幽体離脱して死神やるつもりもありませんが。ちょっと○解ワードは言ってみたかったりするけど。


 よっこらしょっと地上に上がると、真上にあったはずのダミー太陽がずいぶん傾いてしまっている。すわ時間の流れが! とか一瞬思ったけど、外の太陽がちょうど今その位置にあるってことなんだろう。

 よく考えたら、太陽の出てない時間帯に疑似太陽を作る可能性もあるわけだし、デフォルトが中天というのは納得がいく。太陽を作ったはいいけど出てこない! あ、今真夜中でした、なんてなったらただのコントだ。

 でも太陽があの位置ということは向こうが西か。なんとも豪快なサイズのコンパスだ。


 そんなことをつらつら思いながら、ウィンドウを操作する。

 まだ本日の予定は完全に終わったわけじゃないんですよ~ やるべきことは予定を前倒しにしてもさっさと片付けておきたい派なのだ、私は。


 検索をかけてウィンドウに呼び出したのは『特殊オブジェクト(小屋):100p』。

 ただの小屋と侮るなかれ。ガワだけでなく、なんと生活に必要な最低限の家具や道具がひととおり揃っているという異世界版レ○パレスだ!

 100ポイントと少々お高めではあるけど、家具や道具をその都度作るよりはずっと安く付く……と思う。


 設置場所はさっき作った地下室の上。出入り口はとりあえず台所の床あたりにしておいて、落ちたら困るから『扉(破壊不能):10p』を付ける。

 あ、台所の床に付けるなら床収納っぽい扉がいいかな。出入り口の大きさも80×80㎝くらいに変更して。


 レイアウトが完成したところで、少し離れた場所に移動して作成を実行する。うっかりその場で作成を実行しかけたら、『設置場所に別のオブジェクトが存在します』というメッセージが出てきて作成中止されたという、ね。

 私はオブジェクト扱いですかそうですか。システムメッセージに文句を付けても始まらないのでそそくさと移動いたしましたよ。


 周囲から集まってきた光の密度が濃くなった、ような感じがした直後透き通ったフレームで形作られた小屋が姿を現す。瞬き一つの間に透明なフレームに色が付き、立体感と質感が出てきたと思ったらもう小屋の完成だ。

 カップラーメンどころか、三、二、一のカウントダウンすら必要ないとは恐れ入る。



 小屋は木製でログハウス風ではなく横向きの板張り。柱などは見えないシンプルな長方形で屋根も板張りの三角屋根。家の絵を描いて、と言われたら十人中九人が描きそうなベーシック極まりない形の家(小屋)だ。


 窓は四つで扉のある面に二つ、その反対側に一つ、右手の狭い面に一つ。

 ガラスの入った窓ではなく、素通しで開け閉めできる板の覆いがあるタイプだ。左手の面には石を積み上げて作ったような煙突が付いている。

 これはあれですか? 中に竈とか暖炉とかあったりするんでしょうか!? ア○プスの少女とか住んでいそうな雰囲気なんですけど!?


 ひそかにテンションを上げながら小屋を一周したあと、入口に戻ってそっと扉を開ける。

 扉は外開きで縦に並べた板を横板で留めた形。ドアノブというか木製の取っ手が付いていて鍵は内側にある閂一つ。複雑な構造の金具はいっさい使われていない。

 小屋の床は総板張りで広さはだいたい12畳。入って右側が寝室、左手が台所兼ダイニングみたいな家具の配置になっている。リビング? それはたぶん部屋全体じゃないでしょうか、という感じのワンルーム構造だ。


 右手の奥の壁に寄せるように置いてあるのは木製のベッドで、残念ながら干し草ベッドではなく単なる木の台に近い形。マットレスなんて上等なものはさすがになく、羊毛を押し固めたようなパットが申し訳程度に敷いてある。

 ベッドの向かいには仕切り板の付いた棚。畳んだ毛布らしきものが一番下の棚に入っている以外は空だ。


 左手には手前に作業台みたいながっちりしたテーブルと椅子が一脚。

 その向こうにあるのは大きな箱で、上に取っ手が付いている。なんだろう? 台所にあるということは貯蔵庫かなにかだろうか?

 箱の左側、部屋の角にあたるあたりには食器棚。こちらもガラスは入っておらず素通しで、皿やコップ(木製)といった食器類が入っている。

 下半分には開き戸が付いていて、なんだろうと開いてみたら入っていたのは鍋やフライパンなどの調理器具だった。フライ返しやお玉、ナイフなんかもまとめて箱に入れてある。


 そして食器棚の左側、ちょうど外の煙突の場所にあるのが腰くらいの高さの四角い箱。

 漆喰みたいな白い塗料で表面を固められ、上には丸い穴が空いている。前には鉄製の扉が付いてて下にはそれより小さな平たい穴。

 ということはあれですね? 似た感じのものを、魔女が黒猫で宅急便やったりするアニメで見た記憶がある。


 竈来ましたよこれ! 煙突を見た時点で期待はしてたけど、調理設備がちゃんと備わってるっていうのは素直に嬉しい!


 その横には木枠を組んだ形の薪ストッカー。三段ある枠には割られた薪がぎっちり詰め込まれている。左手の角には石造りの洗い場があって、隣には大きな甕が据えてある。

 これは水甕かな? と思って蓋を開けてみると中には予想通り満面の水。

 甕の横には水汲み用の桶も置いてあるし、洗い場には排水孔まで付いているという親切設計だ。……というかここから流した水ってどこに行くんだろう?


 竈の前、テーブルとの間の床には地下室への出入り口の扉(床収納風)がある。

 こうして見てみると場所のせいか、本当に床収納にしか見えないという。うっかり玉ねぎとかジャガイモとか放り込んでしまいそうだ。

 10メートル下の床に叩きつけられてとても哀しい光景になるのが目に見えているからやらないけど! 食べ物を粗末にするのはダメ、絶対!



 で、ひととおり小屋の中をチェックしたあと、扉を閉めてベッドに歩み寄る。

 腰を下ろしてみると厚さ5センチほどのパッドは意外と柔らかく、贅沢を言わなければ寝るのには支障なさそうだ。

 シーツとか枕が欲しいとは思うけど、棚の中にそれらしいものは見当たらない。基本セットには含まれていないってことですね、別売りですか畜生!


 まぁ、最低限と銘打ってあることを考えればこれでも十分すぎるくらいだと思う。

 最悪藁のむしろで土間に直寝、という可能性も頭の片隅にあったわけだし。……あれ、想像したらなんか切なすぎて涙が出てきた。


 ぽすぽすパットを叩きながらそんなことを考え、おもむろに立ち上がる。

 開いている窓の覆いを支えるつっかい棒を外し、ベッドの近くにある窓一つ残して他は全部閉める。

 扉の閂も下ろし、棚に入っている毛布を取り出す。しっかりした厚地の生地で表面が毛羽立っており、少しごわついていることを除けば十分温かくて寝やすそうだ。


 毛布を手にベッドに戻り、着ているものをパジャマに戻してベッドに寝転ぶ。

 着替えがイメージ一つで一瞬というのはこういう時本当に便利だ。なんてことを思いながら毛布を被り目をつぶる。


 ……うん。もう今日は本当に疲れたんですよ。なんというか異常現象のオンパレードだし。自分が死んだとかダンジョンマスターになったとか現地情報がまったくゼロとか10日――というか20日のタイムリミット以内にダンジョンを開放しないと死ぬとか、もう頭がいっぱいいっぱいなんですよ。


 というわけで精神衛生のためにも寝る。寝ます。もう寝かせてください。

 外はまだ明るいけど夕暮れも近いっぽいし、寝ても誰も文句は言わないはず。文句を言う誰かもいませんけどねここには私以外! HAHAHA!

 なんか自覚したら胸が痛くなってきたけど、この際無視だ。もしかして:ぼっちなんてことは考えない。考えてはいけないのですよ、イイネ?


 それでは本日はもう寝ます。

 これが全部夢だったらいいなぁ、なんてことを心の端っこで思いつつ。





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